第4話
イヴァンカはアンドラから説明を受けた後、早速花の精霊王が住むという北部の森を目指す事にした。
アンドラは花の精霊王が好むという水の魔石を持たせてくれた。海亀の甲羅をお礼に手渡すとすごく嬉しそうにしていた。
「ありがとうございます。本当に海亀の甲羅が手に入るなんて」
「はあ。お師匠様が持たせてくれたので。お礼はそちらに言ってください」
「わかりました。でも実際に持ってきてくれたのはイヴァンカさんです。だからお礼を言ったまでですよ」
アンドラはそう言いながら海亀の甲羅を撫でる。イヴァンカはそれではと言って団長室をお暇することにした。
その後、イヴァンカ一行は王都のとある宿屋で泊まる事にした。実はアンドラの紹介だったりする。
海亀の甲羅の礼だと彼女は言っていたが。イヴァンカは何が何やらという気分だった。
この宿屋は高級宿らしくイヴァンカとステラ、イラリアの三人が中くらいの値段の部屋に通された。ユーリとゾーイ、アレクシスも中の上といえる部屋で寝泊まりすることになった。
「……というか。ベッドが大きいから二つだけでも何とかなりそうだわ」
ステラが言うとイラリアも頷いた。イヴァンカもベッドの大きさに驚いている。確かにクイーンサイズだから女性が二人で寝てもまだ余裕があるのだが。
「本当だね。でもどっちで寝る?」
「……とりあえず、イヴァンカちゃんは一人で寝ていいわよ。ステラさんとあたしは二人でこっちのベッドで寝るから」
ステラとイラリアは右側の窓から遠いベッドをイヴァンカに譲る。二人は左側の窓に近いベッドに近づく。
荷物を置いてまずは湯浴みだ。最初はイヴァンカが入って次にステラ、イラリアの順番になった。イヴァンカは手早くシャンプーやコンディショナー、石鹸、タオルに着替えを持って浴室に向かう。
髪をほどいてから靴下を脱ぐ。足には醜い痣があった。ふうとため息をついた。そうしてから服を脱ぎ始めたのだった。
湯浴みをすませるとイヴァンカはステラに声をかけた。既に簡素な夜着を身に纏っている。
「あ。イヴァンカちゃん。湯浴みが終わったのね。イラリア、髪とか頼むわね」
「わかった」
ステラの言葉にイラリアは頷いた。何のことやらとイヴァンカは首を傾げる。するとイラリアがこっちにと手招きをした。言われた通りに行くとベッドの端に座るように言われる。端に座るとイラリアはブラシを手に持ってこちらにやってきた。ちなみにブラシはイヴァンカの私物だ。
「……イヴァンカちゃん。髪を乾かして香油を塗りこむわね。お手入れはしないと」
「え。いいですよ。イラリアさん、湯浴みがまだなのに」
「とりあえず、黙っていて。髪を精霊術で乾かすから」
イヴァンカは仕方なく黙ってされるがままになった。イラリアは手早く無詠唱で熱と風の精霊術の応用で濡れた髪を乾かした。心地よいくらいの温風で髪が乾くとイラリアは香油をスカートのポケットから取り出した。それを塗り込みながらブラシで梳かしていく。イヴァンカはイラリアの手際の良さに驚く。
そして完全に香油を塗りこむとブラシで髪をしばらく梳いた。終わる頃にはイヴァンカの髪は艶々になっていた。
「はい。終わったわよ」
「ありがとうございます。イラリアさん、慣れてますね」
「……まあ、伊達にメイドをやってないわ。イヴァンカちゃん。湯冷めしないためにも。早めに寝てよ」
わかったとイヴァンカは頷いた。仕方なく右側のベッドに行き、シーツと毛布を捲る。ベッドに上がると横になった。シーツと毛布を掛けて目を閉じた。すると不思議なことに眠気が来た。そのまま、寝てしまったのだった。
翌朝、イヴァンカはステラに起こされた。
「イヴァンカちゃん。起きて」
ステラがイヴァンカを揺り起こす。既にイラリアは起きていて部屋の片付けをしていた。
「……ん。おはようございます。ステラさん」
「イヴァンカちゃん。とりあえず、これは歯磨き粉と歯ブラシね。タオルも渡すわ。洗面所は浴室の隣だから。歯磨きとか先にすませてきて」
寝ぼけ眼(まなこ)で頷いた。ベッドから降りて手渡された洗顔セットを持って洗面所に行った。ステラは付いて来てドアを開けてくれる。中に入ると閉じられた。イヴァンカは持っていた洗面セットを鏡の近くに置く。そのまま、水道の蛇口をひねって水を出す。このナスカ公国も街中であれば、上下水道があり蛇口をひねれば水が出た。
イヴァンカは備え付けのコップに水を入れて口をゆすいだ。歯ブラシを手に取って水にちょっとだけ浸す。歯磨き粉をつけた。歯磨きをしながら自分の顔や髪を見た。はっきり言って顔はちょっとむくんでいるし髪はボサボサだった。昨日に香油を塗りこんでブラシで梳いてもらったのに。台無しだ。
はあとため息をつく。歯磨きを一通りしてからまた口をゆすいだ。それを何度か繰り返してから水気をタオルで拭き取る。
そして水をもう一度出して洗顔もした。何度かすると次第に眠気もなくなってきた。イヴァンカはタオルで再び水気を拭き取って使った歯ブラシを洗い、コップも同様にした。
全てが終わると歯磨き粉が入った容器の蓋も閉めて洗面所を出る。
「ステラさん。イラリアさん。歯磨きと洗顔終わりました」
声をかけるとステラが気づく。洗顔セットを受け取るとステラはカバンにしまったりした。その間にイラリアが昨日と同じようにイヴァンカを呼んだ。
「髪を梳くからそっちに座って」
イラリアはイヴァンカを椅子に座らせると香油を塗りこみ始めた。ブラシでまた丁寧に梳いていった。梳くのが終わると上半分の髪を編み込んでハーフアップにする。髪紐で括るとイラリアにとって納得のいく仕上がりになったようだ。頷いて終わりだと告げる。
手鏡を渡されてイヴァンカは映る自分の姿を凝視した。
「……これ。イラリアさんがやってくれると全然違うわね」
「褒めてもらえて嬉しいわ。イヴァンカちゃんの髪はサラサラしているからちょっと纏めるのが大変だと思うの。香油を後であげるから自分の家に戻ったらそれで手入れをしてみて。使わないのとでは大違いよ」
「わかりました。ありがとうございます」
イヴァンカがお礼を言うとイラリアは嬉しそうに笑った。ステラがそれを微笑ましく見守っていたのだった。
身支度ができると一階の食堂にてイヴァンカ、ステラが隣り合ってイラリアが向こう側の席に座った。後でユーリとゾーイ、アレクシスがやってくる。
「おはよう。イヴァンカ達は早いな」
「おはよう。昨日はよく眠れたかしら。ユーリ君」
ユーリが声をかけてきた。答えたのはステラだ。
ちょっとして宿屋の厨房担当の女性がオーダーを聞きに来た。
「……お客様。うちのおすすめはサンドイッチとコーヒーのセットですよ。今ならゆで卵とサラダ、デザートが付いてきます」
「へえ。じゃあ、俺とゾーイはそれを頼もうかな。アレクシスさんは何にしますか?」
ユーリがきくとアレクシスはそうだなと考え出した。
「……私はそうだな。カフェオレと蜂蜜とバターのトースト、それからトマトのサラダ、オムレツを頼む」
「わかりました。若いお兄さん方がサンドイッチとコーヒーのセットで。アレクさんはカフェオレ、蜂蜜とバターのトースト、トマトのサラダ、オムレツですね」
「ああ。後で女性方の注文も聞いてみてくれ」
女性は元気よくはいと答えると一度厨房へ行った。主人や女将さん達に注文したメニューを一通り伝えた。すぐに戻ってイヴァンカ達の注文も聞きに来てくれる。
「そうねえ。私はアレクさんと同じくカフェオレとイチゴジャムのトースト、レタスのサラダをお願いするわ」
イラリアが言うとステラも注文した。
「私は。コーヒーとフレンチトースト、デザートで木苺のタルトを頼むわ」
「あたしはイラリアさんと同じでカフェオレと。くるみとあんずのパン、キャベツとベーコンのサラダ、オムレツをお願いします」
「……はい。イラリアさんがカフェオレとイチゴジャムのトースト、レタスのサラダで。ステラさんがコーヒーとフレンチトースト、木苺のタルト。こっちのお姉さんがカフェオレとくるみとあんずのパンに。キャベツとベーコンのサラダ、オムレツですね。じゃあ、少々お待ちください」
女性は小走りで行ってしまう。その後、ユーリ達三人の朝食が出来たらしく女将さんと女性の二人がかりでお盆に乗せて持ってきてくれた。それぞれの前に置かれる。ユーリやゾーイは早速、食事を始めた。アレクシスもゆっくりと食べ出した。
「いいわね。食べる事ができて。私もうお腹ぺこぺこよ」
「まあまあ。ステラさん。私も一緒だから。そんなに怒らないで」
二人はそういう風に喋りながら注文した食事が来るのを待つ。
イヴァンカもちょっと遅いなと思いながら厨房の方を見る。
しばらく経って女性陣の食事も来た。イヴァンカ達の前にほかほかと湯気の立つパンなどが置かれた。まず、ステラはコーヒーを一口飲んだ。ソーサーにカップを戻す。そしてナイフとフォークを持ってフレンチトーストを切り分けた。口に運ぶと幸せそうな顔をする。
「……やっぱりここのフレンチトーストは美味しいわあ」
「ステラさん。本当に甘い物には目がないわよね」
「まあね。私にとって甘い物は生きる糧そのものよ。これがないと目が覚めないし」
ステラとイラリアの会話にイヴァンカはくすりと笑う。そうしながらもカフェオレを飲んだ。確かに美味しい。くるみとあんずのパンも外はカリっとしているのに中はふわふわしている。くるみとあんずの味がいいアクセントになっていた。くるみの甘みと香ばしさ、あんずの甘酸っぱさがちょうど良くて頬が落ちそうなくらいの美味しさだ。サラダもシャキシャキしていて食べやすい。オムレツもふわふわでバターの風味が良い。
「……美味しい」
「気に入ってもらえたようで良かったよ」
イヴァンカが言うとアレクシスが答えた。
「あの。昨日といい、その前といい。何から何まですみません」
「謝らなくていいよ。お嬢さんが気に入ってくれたのならそれで十分だ」
アレクシスの言葉にイヴァンカはちょっとくすぐったいような気持ちになる。
「でもアレクシスさんやイラリアさん。ステラさんがいなかったら王都まで行けなかったかもしれません。ありがとうございます」
「……いいってことよ。お嬢さん。あんたは良いお師匠さんに出会えたな」
その言葉の意味にイヴァンカは少しして気づいた。はにかみように笑った。
「はい。アレクシスさんの言う通りです。本当にお師匠様は良い方です」
「そうだな。あ、話し込んでたら料理が冷めちまう。早く食べよう」
はいとイヴァンカは元気よく返事をしたのだった。
宿屋で朝食を終えると馬車にイラリアとステラ、イヴァンカは乗り込んだ。すぐに馬車は動き出す。
「ステラさん。甘い物が好きだったんですね」
「実はそうなのよ。イヴァンカちゃんはあんずとくるみが好きみたいね」
「はい。お師匠様が時々、くるみとあんずのパンを作ってくれていて。それが好きなんです」
「へえ。お師匠さん、パン作りが好きなの?」
「……そうですね。卵で作ったカスタードクリームのパンとかイチゴジャムとバター入りのパンとかを作るのが好きみたいですよ」
ステラとイヴァンカはパンの話で盛り上がる。イラリアはふうんと聞いていた。あの精霊術士にもそんな趣味があったとは。意外に思う。
「イヴァンカちゃん。カルダ様って意外と家庭的なところがあるのね」
「意外とは余計ですよ。お師匠様も料理やお洗濯、掃除は自分でしてますよ」
「……そうなの。カルダ様もそういうところは人と一緒なのね」
何が言いたいんだとイヴァンカは思う。イラリアはふうんと頷いた。ステラはそんな二人をどうしたものやらと心配そうに見ていた。
ガラガラと馬車は走る。三人は黙ってしまう。先程までの和やかな雰囲気は無くなった。イラリアはカルダと昔に会った事を思い出した。その当時はカルダを人間離れした精霊に近いものとして見ていた。けど今は違うらしい。窓の景色を眺めながらそっとため息をついたのだった。
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