第3話
イヴァンカ達が旅に出てから十日が経った。
既に王都に入っておりイヴァンカは西部の迷いの森や近くの町とは違った景色や多い人並みに驚いてステラやイラリアに尋ねたりしていた。御者台にて馬を操るユーリは複雑ではあった。
何故か色よい返事はまだもらえていない。ふうとため息をつく。やっぱりイヴァンカに告げた時期が悪かったか。もっと待った方が良かったかも。
ユーリはイヴァンカの翳りのある琥珀色の瞳を思い出した。自分だけを見てほしい。だが、いずれ第一王子ー王太子殿下と恋敵になる。そうなったら彼女はどちらを選ぶのか。それはまだ誰にもわからなかった。
ユーリは空を見上げて決意をする。よし、イヴァンカが王子を好きになったら潔く身は引く。が、文句の一つは言ってやるからな。もし自分を好きになってくれたらカルダ様に許しをもらって迷いの森の奥で二人で静かに暮らす。
そんな穏やかな未来の為にも頑張るんだ、俺。ユーリは密かに決めてグッと握り拳をあげた。パカパカと馬の蹄の音とユーリのよしっという声だけが辺りに響いたのだったーー。
王都の宿屋に着き、既に習慣となりつつあるステラとイラリアの様子見が終わってからイヴァンカは馬車を降りた。実はこの宿屋、アレクシスが王都に寄った際によく泊まっているらしい。なのでアレクシスが一人で主人と話して宿代を通常の値段より安くしてもらっていた。
それでもイヴァンカとイラリア、ステラの三人で二部屋必要だしユーリとゾーイも一部屋、アレクシスも一部屋で合計すると四部屋は必要だ。六人連れだから仕方ない面がある。
「……イラリアさん。いつもあたしと同じ部屋だと退屈になりませんか?」
「何を言い出すかと思えば。別にあたしは退屈だなんて思っていないわよ。イヴァンカちゃん、そんな事を気にしていたの」
「だって。いつもはお師匠様がいたから。今は一人だし。ステラさんやイラリアさん達には迷惑を掛けているなと思っていたの。あたし、ただの平民なのにアレクシスさんやイラリアさん、ステラさんは凄く親切にしてくれるからどうしてなのか不思議で」
「……イヴァンカちゃん。まあ、侯爵様の命令もあるけど。今はあたし、あなたの事妹みたいに思っているわよ。ステラさんもね放っとけないんだと思うの。アレクシスさんもね。ユーリ君とゾーイ君の幼なじみっていう事もあるからなんか他人て気がしないのよね」
イラリアは今にも泣き出しそうなイヴァンカの頭を撫でた。もう十八歳になろうとしているが。イヴァンカは不安で仕方ないのだ。イラリアは無理もないと思った。イヴァンカはたった六歳で呪いをかけられて引きこもり同然で過ごしてきた。だから、人との接し方や世間の事がわからないでいる。
いわゆる世間知らずで引っ込み思案な少女なのだ。まあ、素直な一面もあるのだが。これからゆっくりとでも良いから世間の事を教えてマナーや作法を身につけさせてあげれば、イヴァンカも大人の一員になれるだろう。
立派な大人の女性としての自覚を持たせてあげる事が今の自分達にできる事かもしれない。イラリアはそう思った。
イヴァンカは乱暴に目尻に浮かんだ涙を拭うとイラリアに笑いかける。
「……ごめんなさい。今は弱音を言っている場合じゃないですよね。じゃあ、お風呂に行きましょう」
「そうね。ステラさんとアレクシスさんが待っているはずだから。行きましょう」
イラリアとイヴァンカは互いにお風呂に必要な物を持つと部屋を出た。お風呂に入りに行ったのだった。
翌日、イヴァンカ一行は王宮に向けて出発する。王宮の一角に術士塔があった。イヴァンカ達が来ることはカルダから連絡があったらしい。門の前でアレクシスがヘンリック侯爵の名前を出すと衛兵が門を開けた。
イヴァンカ達を乗せた馬車は王宮の門をくぐり中に入る。意外と簡単に入れたのでイヴァンカは呆気に取られた。
術士塔まで来ると三人ほどの男性達が応対に出てくる。三人の内、真ん中の男性が自分は術士団の副団長だと名乗った。馬車からイヴァンカ達に降りるように言ってきた。
仕方なくステラとイラリアが先に降りて挨拶をした。ユーリが御者台から降りてイヴァンカの手助けをする。自分でも降りられるがステラ達はユーリに目配せをしていた。なので三人の目にはイヴァンカがどこかの貴族の令嬢のように見えていたようだ。
それもそのはず、ステラとイラリアはイヴァンカの髪を結い上げて簡素なドレスを着せている。侯爵からの指示でもあった。
「……ふむ。そちらのご令嬢はどちら様で?」
副団長が顎を撫でながら尋ねてきた。イラリアが前に出て答える。
「こちらはヘンリック侯爵家の親戚のアルデンテ伯爵家の方です。ただ、訳あって火の精霊から呪いをかけられていて。そのためにカルダ様の助力を受けていました。カルダ様も手を尽くしてくださいましたが。やはり自分だけでは解呪は難しいとのことでこちらの団長、アンドラ様に協力をお願いしてはと勧められました」
「成る程。カルダ様が。先代の団長の勧めとあらば、応じない訳にはいきませんね。ではわたしが団長の元まで案内しましょう」
「ありがとうございます」
いきなり伯爵家の方とか言われたイヴァンカは話が違うとイラリアを見た。ステラもイラリアも口元に笑みを浮かべている。イヴァンカにだけ分かるように目で合図した。ご令嬢の真似をしなさいよと口の動きだけで伝えてきた。イヴァンカは軽く息をついて小さく頷いたのだった。
術士塔の中に入るとイヴァンカとアレクシス、ステラにイラリアの四人だけが通された。何故かと四人は首を傾げる。が、副団長と部下二人は何も説明せずに塔の中を進む。イヴァンカはこれからアンドラに会うのだと思うと緊張していた。口の中が乾いて唾を呑み込んだ。
「ご令嬢、名前を伺ってよろしいですか?」
副団長がおもむろに名を尋ねてきた。驚きながらもイヴァンカは答える。
「……イヴァンカと申します」
「イヴァンカ様とおっしゃいますか。だが、その名はわたしは聞いた事があります」
「え。聞いた事があるんですか?」
「ええ。確か先代の団長ーカルダ様の弟子だった少女の名だったかと。当代最高の術士になると周りは期待していたのを覚えています」
淡々と言う副団長に見据えられてイヴァンカはどくんと心臓が嫌な音を立てるのを感じていた。冷や汗が吹き出して握った手が震えた。
「副団長。イヴァンカさんがその後どうなったのかご存知なんですか?」
そう尋ね返したのはアレクシスだった。心配そうにイヴァンカを見ている。
「……知っていますよ。イヴァンカは火の精霊王の怒りを買い、呪いを受けた。その後、カルダ様が団長を辞めて西部の迷いの森にイヴァンカを連れて隠居をしました。イヴァンカは精霊術士としての力と資格を失い、ただの人として暮らしているようですね」
冷たい口調と眼差しにイヴァンカは侮蔑されているのがわかった。ステラとイラリアがイヴァンカを隠すように立った。
「副団長。ちょっと言い過ぎですよ」
そう声をかけたのは副団長に付き添っていた精霊術士の内の一人だった。副団長は彼を冷たく睨みつける。
「黙っていなさい。イルア」
「イヴァンカさんは何もしていないでしょう。副団長はどうして彼女をそこまで嫌うのですか?」
イルアという青年はやんわりとした言い方で詰めよった。
「……イヴァンカは愚かだからだ。たった6歳で高位精霊術を使おうなど。3歳の幼子でもわかることだ」
「副団長。いえ、ルノー様。イヴァンカさん本人を前にして言い過ぎです。気を悪くしているでしょう」
「なっ。そこのご令嬢がイヴァンカ本人なのか?!」
副団長ことルノーは今更ながらにイヴァンカを凝視する。イルアという青年はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「普通、気づくでしょうに。ルノー様、わからなかったんですか?」
「わ、わかるわけないだろう。私はイヴァンカ本人に会った事はないからな。まあ、失礼な事は言ったから謝る。悪かった」
副団長ことルノーは怒りながらも最後には謝った。イヴァンカは驚きながらもいえと返事をする。
「いえ。あたしの方こそすみません。こんな変装していたらわかりませんよね」
「いや。それを言いたいんじゃない。イヴァンカ殿、もしかしてヘンリック侯爵に会ったか?」
「はい。王都に行くために馬車やメイドさん、護衛の方を付けていただいたりしました。後、旅に必要な道具類の面でもお世話になって」
イヴァンカが答えるとルノーはやっぱりなとため息をついた。
「……イヴァンカ殿。君、侯爵の思惑には気がついていないみたいだな」
「え。どういう事ですか?」
イヴァンカが聞き返すとルノーはため息をついた。
「ヘンリック侯爵が君に協力したのは精霊術士としての能力を持っている事と後は王子殿下の婚約者にさせたいからだよ。いずれ、見返りにイヴァンカ殿に王子殿下の妃になれとせっついてくるのが目に見えるようだ」
ルノーの言葉に一番驚き動揺したのはユーリとゾーイだ。イヴァンカとアレクシス、ステラにイラリアも驚いてはいた。が、ユーリとゾーイ程ではない。
「え。それは嘘でしょ。イヴァンカが王子殿下の妃候補に?」
「残念ながらあり得るんだよ。あ、君は名前何て言うんだい?」
「ユーリです。まさか、こいつが手の届かない存在になるとは……」
「ユーリ君。仕方ない事だよ。諦めたまえ」
ルノーは肩を竦めながら言う。ユーリは見るからにがっくりと肩を落とした。
こうしてイヴァンカ達はアンドラが待つという術士塔の団長室に向かったのだった。
団長室は術士塔の四階にあった。幾つかの廊下を曲がりやっとたどり着く。
術士の一人であるイルアがドアをノックする。中から女性の高めの声で返事があった。
イルアがドアを開けてイヴァンカ達にも入るように促した。アレクシスが先頭になって入った。
イヴァンカも入る。団長室の薄い黄緑色の壁紙は蔦草模様が入った凝ったもので絨毯も同じような色の毛足の長い上等な品だ。なかなかに調度品もバランスよく配置されていて居心地いい上品な部屋だった。
少し奥まった所に大きな執務机が置いてあり飴色に磨き上げられている。付属の椅子に一人の女性が座っていた。
淡い金色の髪に翡翠色の瞳が印象的な艶やかな美女だ。その人はにこりと笑ってイヴァンカ達に声をかけた。
「遠い所からご足労様でした。わたくしが当代の精霊術士団の団長でアンドラ・ソロモンと言います。あなたがイヴァンカさんですか?」
「……そうです。初めまして、アンドラ様」
「ええ。初めまして、イヴァンカさん。お師匠のカルダ様からは手紙をもらっていますよ。何でもわたくしに聞きたい事があるとか。呪いの件についてですね?」
単刀直入にアンドラはきいてくる。イヴァンカは頷いた。
「その通りです。お師匠様は花の歌と精霊について聞くといいと言っていました。アンドラ様は何かご存知ですか?」
「まあ。花の歌ですか。あれは言い伝えで残っているだけで実際に聞けるかどうかはわからないのですよ。でもそうですね。わたくしも一通りの事は知っていますので。お教えしましょう」
「ありがとうございます」
イヴァンカがお礼を言うとアンドラは皆にソファに座るように促した。が、アレクシスとユーリ、ゾーイの三人は丁重に辞退する。代わりにイヴァンカとステラ、イラリアの三人が座った。
副団長のルノーや部下のイルア、もう一人の術士はアレクシス達と同じように壁際で控える。
「では、まず精霊についてお話しましょう。この国では光や闇、木火土金水に花と八つの属性を持つ精霊がいるのは知っていますね。その上に精霊王がいて神が一番上の立場になります。イヴァンカさんに呪いをかけたのは火の精霊王。もし呪いを解きたいのであれば、花の精霊王や水の精霊王の力を借りないといけません」
「お二方の力を借りないといけないんですね。水の精霊王はわかるんですけど。何故花の精霊王の力も借りないと駄目なんですか?」
「……あなたの呪いはかなり強いんです。水の精霊王だけでも解くことはできますが。花の精霊王は癒しと共に呪いを打ち消す歌を知っています。もし水の精霊王だけの力で解くとなると。時間がかかり過ぎてしまうのです。光の精霊王の協力も必要になりますから花の精霊王にも手助けしてもらった方がやりやすいんですよ」
「なるほど」
「花の歌についてですが。精霊王は自分に会いにきた者に歌を聞かせてくれる事があります。その内、特に癒しと解呪の歌は精霊王が得意としています。だからカルダ様はあなたに勧めたんでしょうね」
アンドラはそう言うとふうと息をつく。
その後、アンドラから色々と説明をしてもらったのだった。
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