第2話 ハートを奪うための根回し
翌日の昼休み。
昨日小森さんと一緒に帰ったものだから今日は朝から彼女が絡んでくるだろうと思っていたが小森さんは話しかけてこなかった。いつものように自分の席に着いて本を読んだりスマホをいじったりしていた。入学当初のように彼女の周りにクラスメイトが集まる光景はやはりなかった。
そして昼休みになり、俺はパンを買いに購買部へ向かうため教室を出た。すると小森さんがトートバッグを右肩にして立っていた。
だから俺は避けて通ろうとしたのだが彼女は俺の前に立ち塞がった。再度避けて歩こうとしたが小森さんはまた俺の前に。
そんな俺たちの横を通った眼鏡の男子はあからさまに不機嫌そうな顔をしてすれ違った。
「えっと、小森さん? 俺になにか用かな?」
「ええ、そうよ。お弁当を作って来たの。よかったらどう?」
そう言って小森さんは俺にトートバッグの中を見せてくれた。そこには二つの巾着袋が入っていた。
「ありがとう、小森さん。でも今日はパンの気分で……」
我ながらもっと上手な断り方がないかと思う。
「そう……」
小森さんは分かりやすく肩を落とした。
そんな態度をとられてしまうと罪の意識を感じるもので――。
「分かった。そういうことなら一人で食べるわ。自分の席で、二つのお弁当箱を出して。そう、まるで一緒に食べる約束をしていたかのように。そうしたら誰かに聞かれるかもしれないわね『そのお弁当どうしたの?』って。それで私はこう答えるわ。『海浦君と約束していたのに彼は購買部のパンを優先したの』って」
「はぁ……分かったよ、そのお弁当ありがたく頂戴します。でもせめてひとけのない所で食べよう」
「それは賛成。私も注目を浴びるのは好きじゃないもの」
こうして俺たちがやって来た所は図書室である。
「ここで飲食してもいいのか?」
「大丈夫よ」
「根拠は?」
「……」
「……」
「……出入口の対角線上にあるテーブル席なんだけど、本棚の位置の関係で受付や他のテーブル席から死角になっているの。それにそこの本棚に収められている本はこの学校の歴代のアルバムや町の歴史をまとめた書籍ばかり。そんなの誰も興味ないでしょう? 故に誰も来ない。そこらの空き教室よりもこの一角だけひとけがないわ」
確かに連れて来られたテーブル席は本棚に囲まれていて、周りから中の様子が見えないようになっていた。こんな配置をこれまで誰も不思議に思わなかったのだろうか。いや、おそらく気づいても配置を変えようとしなかったのかもしれない。なぜなら変えるならまず本棚の本を出して、席と棚を移動。そして本を棚に戻す必要がある。おまけに動かす棚は席を隠すように囲っている棚だけではなく近くの棚も動かす必要がある。面倒だ。俺なら見て見ぬふりをする。
向かい合うように座り、小森さんに渡された弁当箱を開ける。するとそこには唐揚げや玉子焼き、プチトマトなど入っていて色鮮やかだった。おまけに――。
「エビフライも入ってるじゃん!」
そう、エビフライもあった!
「昨日帰りの道でそれが好きだって話をしたでしょう? だから作ってみたの」
「おおっ! そうなのか! ありがとう!」
「…………別に」
小森さんは早く食べろと急かす。
だからさっそくエビフライを食べてみる。
「ど、どうかしら」
「美味しい! 美味しいよ! しかもこれは……カレー風味だ! 俺、エビフライカレー好きなんだよ!」
「それはよかったわ。ちなみに隣のそれはバジルを、そのまた隣はピザソースとチーズを衣の下に忍ばせているの」
「天才かよ……」
俺はあっという間にお弁当をたいらげた。エビフライだけではなく他の料理も美味しかった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「小森さんがこんなに料理が上手なんて知らなかったよ」
「ふふっ、海浦君に私のこと知ってもらえて嬉しいわ。どう? 私にハートを奪われてみない?」
「いや、それは別の話」
「あら残念」
肩をすくめる小森さん。けれど表情は残念そうではない。どこか楽しそうな……。
「海浦君ってどんな人がタイプなの?」
「そうだな……まずは年上で――」
「ダメよ」
「ダメってなにが」
「年上には絶対なれないから」
「すごい理論だ……その、自分で言うのも恥ずかしいけど小森さんは俺の好みの女子になろうとしてる?」
「本当に恥ずかしい質問ね。まぁ、否定はしないわ」
「そういう堂々としたところは好きだよ」
「ホント!?」
パッと目を輝かせる小森さん。だがすぐに咳ばらいをして呼吸を整えるといつものような真顔になった。
けれど俺は喜びに満ちた彼女の顔を忘れることができなかった。それからいろんな話をしたけれどほとんど覚えていない。あのときの彼女の笑みはその日頭から消えることはなかった。
そして放課後になる。
昨日のように彼女は靴箱で俺を待っていた。逃げようにも逃げられない。なぜなら小森さんは俺の靴を持っていたからだ。
「……一緒に帰ろうか、小森さん」
「あら、そんなに私と帰りたいの?」
クスリと笑うと彼女は俺に靴を返してくれた。そして右の靴を履き、左の靴を履こうとしたときだった。
誰かの視線を感じた。だから手を止めて振り返ったのだがそこには誰もいない。気のせいだろうか。俺は首を傾げた。するとこの様子を見ていた小森さんがどうしたの、と話しかけてきて……俺はなんでもないと答えた。
「なんでもないのに首を傾げたの?」
彼女はまっすぐに俺を見つめる。逃してくれなさそうである。だから正直に誰かの視線を感じたけれど気のせいだったことを明かした。
「ふもしかしたら海浦君のファンかもしれないわね」
「そうだとしたら嬉しいね」
「そうだとしたらその人を懲らしめるわ」
さて、小森さんはどんな風に懲らしめるのだろうか。仮にほ俺たちが付き合ったとして絶対に浮気はしないようにしよう。
俺はそう誓って小森さんと帰路に着くのであった。
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