第44話 水の主

 初めて見る形態の生き物に僕らは衝撃を受けた。ついでこれに気づいたクマデが慌てて

「おい、シー距離を取れ! 」と僕に叫んだ。

巻いた殻のようなオパール色の大きな生物が現れた。 

触覚が湖上から何本も突き出し、やがて長く長く天にスルスルと登って行くように伸びていった。

ピンク色の光を浴びて、紫色に光り、また金色にも光った。

まるで天に祈るように手が何本も付き上がるように見える。ずっと見ていると祈りの手が登って行くように錯覚する。僕らはこの生き物の全容が見たくてその場を離れられなかった。

段々本体部分の上部が見えてくると付近から紫色の細長い鳶烏賊とびいかが何百匹も周囲を飛び跳ね出した。

僕らはバイクを後退させながら距離をとった。殻の大きさだけで20メートルはあるか、大きい。

すぐバイクのハンドルを切って迂回して湖の岸へ走らせれるように構えた。

湖の辺りにいる生徒はこちらを指さしている。表情まで読めないが、慌てたり、逃げろと支持しない様子だ。

そのままバイクを湖のほとりの方向へ移動させながらこの生き物の正体を人に聞きたくて岸へバイクを走らせた。

藍色の鳶烏賊が僕のバイクに並走して飛び上がって数メートル飛行した。すぐに湖に飛び込み、また飛び上がる。

走らせながらずっとあの生き物を僕らは見続けた。

やっと人に声が届く距離までバイクを近づけると僕は大声で聞いた。


 「あれ、何? 」

「あれは、ここの主だよ。1日に一度くらいああやって湖上に上がって姿を見せるよ。光合成してるんだと思う」岸辺にいた彼は僕の驚きに満ちた声とは正反対にのんきで明るいトーンで答えた。

「光合成? あの触手で? 」動悸が止まらない僕はまた大きな声で尋ねた。

「せっかくそれがあるのにもっと近くで見たら? 人は襲わないよ。穏やかな生き物なんだ」岸辺の彼は、二藍フタアイという瓶に入ったエナジードリンクを持ったままの手で指さしながら言った。

「光合成であんなに大きくなるの? 」

先程より触手が多くなって更に天空に上がって行く。殻のような体躯が湖上に半分姿を表した。


 湖の岸からみるとまるで……

「まるで、湖の命だ」上手く言葉で表せれない。もっと全体を良く見てみたい。

「何かいいものを見た気がする」


 同じくクマデが先程から岸にバイクを寄せて、降りようとしている。地面に立ちながら目線はあの湖の主をずっと見入っている。

湖上に現れたときより、さらに数メートル長く触手が空へ伸びていた。赤色矮星へ祈りを捧げるように。

「湖の一番深い場所にあれがいるんだよ」

「湖中の深い処には古木がいっぱいあってね、小さな森みたいになってる」

「その森の中が住処らしくて、日中は触手を周りの木のように湖底の土に張り巡らしてる。自分を木だと思ってるじゃないかな? 」

「誰か潜ったことあるの? 」

「毎年3、4人は潜って探検してるよ」

「そんな深い処にどうやって? 」

「ちゃんとダイヴ用の装備があるよ。まぁ、ここに来たら他のスポーツの方が楽しいんでみんなそっちに夢中になるんだけど」

湖畔の宿舎内もそれ以上に設備が整っていそうだ。時々建物内から人の楽しむ歓声が聞こえる。

僕とクマデはあの湖の主の正体が分かって、再び湖畔へポッドバイクを走らせた。

紫鳶烏賊がバイクに並走するように近寄ってきて飛行し始めた。

海の主はまだ祈りを続けていた。

僕の地球のお土産のキーホルダーが風に揺れてその反応でネオン色の文字が変わっていった。

「大気」

遠くで走るクマデのポッドバイクがやはり鍵の部分のキーホルダーが風で揺れてネオンカラーが目についた。

ピンクゴールドの景色とこのネオンカラーのキーホルダー色はその後何年も僕の幸せの光景として記憶になった。








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