終章
砂時計の砂は、落ちていった。何度も、何度も。
老人は墓の前に立った。その墓石に彫られている名前を、指でなぞる。
「新屯環」
「八十九歳まで生きてくれたなんて。どこぞの、スイス生まれの愚かな数学者と同じじゃないですか」
バルトは、この地で天寿を全うしようと決めていた。愛する人の最期まで、愛し続ける事ができたこの地が好きだったから。また、この地が、愛する人の全てである小さな世界だったから。
「僕は、あなたによく似た、あの人と同じ年齢で眠りに就きそうです」
彼は、ある有名な寺社に墓を作らないかと誘われていた。しかし、断った。愛する人の隣で眠りたかったのだ。
(僕は一度、あなたの手を離してしまった。あなたの不器用はわざとではないと知っていたのに。それでも、どうしてもあの時、許せなかったのは、あなたが大好きだったからだな。何度も後悔して、僕があなたを離さなかった未来を想像した。想像して苦しんだ。神はサイコロを振らないと思っていたから)
今度は離れない。同じ歴史は繰り返さない。
左手を差し出す。薬指にはリングが光る。ムードなどお構いなしに手渡された指輪。そっぽを向いていた愛しい人は、最後まで器用で、不器用だった。
『ニコラ、これを』
『サイズは……よかった。間違いないね』
『私が作ったんだ。気に入らなかったら、返品してくれて構わない』
「これが本当の、ニュートン
彼に似て素朴な宝石には、虹色の環が浮かんでいた。
ここからは、作者しか知らないお話。
「っ、」
新屯は声を抑える。あまり声を上げると、バルトが嬉しそうに舌を強める事を知っていた。
「ああ、良いですね。我慢してる先生も良い」
バルトは、新屯の喉仏が好きだった。であるから、いつも彼の喉仏が、まず的にされる。
「ここ、アダムズ・アップルって言うんですよ。知ってます?」
「しら、ない……っ」
熱い舌が喉仏を這う。
「アダムがリンゴを喉に詰まらせたんですって。そんなに急いで、何を待てなかったんでしょうね」
強く、唇に吸われる。
「ぅあ、」
「もっと鳴いて? せんせい……」
何回致しても、鼓動は早まる。新屯はいつもバージンのような反応をしてしまう。それが恥ずかしい事を知られたら、もっと恥ずかしくなるのだろう。
「え?」
バルトの視界が回転する。
「ふ……ぅ」
新屯は何とか腕の力を使い、バルトを組み敷いていた。逆転成功だ。
「たまには私にも。いいだろう? ニコラ」
赤色のリボンが、儚く解かれる。
「ニュートン先生……」
ニコラの美しい髪は今夜、ニュートンによって乱されるのであった。
アイザック・ニュートンからプリンキピアを取ったら何が残る ていねさい。 @simulteineously
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