第5節 独立
独立して新たに建てた研究所では、弟子や助手たちが出入りしていた。単純に彼のファンだった者、元教え子、彼の才能に魅せられた者、などなど。
「新屯さん! 見てください!」
弟子の一人である波林は、大きな画面を新屯の前に差し出す。新屯は、目を見開いた。
『宇宙の彼方に新たな光を発見!? パーセクどこじゃないぞ、新種の天体だ!』
「新屯さんの説が、証明されるかもしれません!」
ずっと、十五年以上、追っていた研究だった。馬廊教授や会長、蓮、晴丘、樫荷、そしてバルト。様々な科学者たちの協力を得て、今、新屯は立っていた。
腹の底から燃え上がる興奮が、新屯を震わせる。
「やったぜ!」
思わず、叫んだ。
有力な説を、とうの昔に導き出していたという新屯の発想力と計算力に興味を持った人々からの資金はどんどん集まり、研究は進んだ。そんなある日、彼の中で閃きがあった。
「裏流動率5型を光速に用いて、次の衛星発射時に装置を共に飛ばしてもらおう。地球で観測するよりも、宇宙で観測するデータの方が、実際の宇宙間での差異がより少ないはずだ」
(上手くいけば、宇宙の一空間で光の例外が見つかるかもしれない!)
彼はチームの仲間たちに提案した。
「いいですね。確か、樫荷さんのとこが、次に向けて準備しているはずです!」
「よし」
樫荷の後を継いだ彼の息子に協力を申し入れると、息子は快く頷いてくれた。
『父上が尊敬する新屯さんに協力できるのなら、こちらも嬉しい限りです!』
新屯は、これが最後の大仕事になるだろうと分かっていた。
数年後、新屯たちの夢を乗せた衛星は無事に飛んだ。しかし、軌道に乗って三週間後、異変が起こった。新屯はそれを、助手たちのバタバタで知った。
「故障!? どうなってんの!」
「あわわわ、でも、衛星自体は順調に動いてるよ」
「急いでシステムインしたから、詰めが甘かったんだ」
「もっとちゃんとしたメーカーに発注するんだった……」
彼らの会話を聞いているだけで、何が起こったのかは分かり得た。
新屯は、ゆっくりと腰を下ろす。
「問題ない。軌道には乗っている。つまり、データが送られてこなくなっただけだ。待ち続ければ、そのうち地球に帰ってくる。事故さえなければ」
彼の心は、夕方の海のように凪いでいた。
「しかし、衛星が帰ってくるまでに四十年はかかります。しかも、法則に置き換えるにはいつまでかかるか分かりかねます。その時は、新屯さんは、もう……」
新屯はこの時、還暦を過ぎていた。
「いいんだ」
助手たちは、彼に注目する。
「更にはこの先、私が亡くなってから新たな説が提唱されようと、そちらが有力になって私の説が埋もれようと構わない。大切なのは名を残す事ではなく、真理を見つける鍵を後世に受け継いでいく事だ」
この場にいる、一人一人の顔を眺める。
「それが、科学なのだから」
かつて独りぼっちだった科学者の目は、今までにないくらい光に溢れていた。その輝きは、一等星にも負けないほど。
「――それって、宇宙の話じゃなくて、人の話だよねー?」
老齢になって授かった子は、可愛らしい頬をぶーぶーと膨らませた。
人工知能でないこの老いた頭は、いつの間にか、話が「宇宙」から「宇宙の真理を求めた人間」に移り変わっていた事に気づいた。話が本題から外れてしまうのは、自由奔放な生き物の癖かもしれない。
「僕が若かった頃にね、こんな科学者に出会ったんだよ。繊細で、真面目で、一筋縄ではいかない人だった。後世に語り継がれるほど大きな功績を残した人ではなかったけど、僕にとっては偉大なお方だったんだ。まるで、アイザック・ニュートンからプリンキピアを取り除いただけのようなお方だった。家族も子孫も残さなかった彼を世間が忘れようとも、僕は死ぬまで忘れたくない」
「カン、僕が彼の話をしたのは、新屯環という人物を、誰かの中に生かしたかったからかもしれないね。世の中にごまんといる中で、たった一人の輝く星を」
その子の頭を撫でながら言う。“カン”と呼ばれた子供はゴロゴロ言った後、変化が解けてしまった。
「あ、戻っちゃった。パパみたいにできないよー」
三角の耳と長い尻尾を揺らし、化け猫の子は悔しそうに飛び跳ねる。我が子が今日も元気そうで、思わず笑ってしまう。
これで心残りなく眠りに就けると、安心した飯振なのであった。
ここからは、僕しか知らない物語。
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