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中野はる。

【12/4(水)】

 時刻は午後4時を少し過ぎたところ。西日が差す廊下を歩く。

 トイレ掃除が終わってうーんと背伸びをするとついでに欠伸もしてしまう。ふわぁ。これで帰れると思うともう一つ欠伸。ふぁ。

掃除が終わって教室に入ると、あたしの机の上に飴が3つちょこんと置かれていた。

 黄色、赤、黄緑。ツンとつつくとあたしは椅子に座って鞄に教科書やらノートやらを詰める。

 最近、隣のクラスの彼氏から貢物をされている。

 今日は飴玉、昨日はグミ、一昨日はハイチュー、その前は何だっけ…?

 毎日、あたしがトイレ掃除をしている間にクラスに来て、そっとお菓子を置いて自分のクラスに帰っていくみたい。

 うーん、何でだろう? 匠くんがやることはよくわからないや。

 疑問に思いながら黄色の飴をパクリ。パイナップルの味が口いっぱいに広がった。

 あ。おいしい。あとで匠くんにどこで買ったのかきいてみよう。

 そんなことを考えていたら、匠くんが教室に入ってくるのが見えた。リュックを右肩にだけぶら下げて、上履きのかかとをつぶしてペタペタ音を鳴らしてあたしを呼ぶ。

「真奈ー。」

「はーい!」

 よいしょと鞄を背負って匠くんの所に向かう。20cmの身長差にあたしは匠くんを見上げて言った。

「匠くん、今日は飴ちゃんありがとうね!」

 別に…と匠くんは照れくさそうにそっぽを向いて言った。


【12/5(木)】

「あれ?」

 トイレ掃除から帰ると、あたしの机の上には何にも置かれていなかった。

 つまんないと少し残念に思いながら匠くんが来るのを待つ。

 灰色の雲が空を覆っている外を見ると温かい教室の中にいるのに少しだけ背筋が震えた。

「真奈。まーなー。」

「うわっ!」

 目の前にいきなり匠くんの大きな掌がひらひら揺れる。驚きすぎてビクッと両肩を震わせると匠くんがぎゃははと笑った。

 そんなに笑うことかな、とあたしは少し頬を膨らませる。ぷくぅ。

「ほら、寒いから早く帰るぞ。」

 匠くんはマフラーを巻いて両手をコートのポケットにしまって少し先を歩いた。やっぱり今日は何もくれない。

 もう飽きちゃったのかな?

 上履きからローファーに履き替えて一歩外に出たら冷たい風があたしのほっぺを撫でていった。

「わっ! 寒いね!」

 はーっと両手に息を吹きかけるあたしの掌を見て匠くんがあれ? 首を傾げた。

「真奈、手袋は?」

「昨日モモちゃんが目を離した隙にガシガシ噛んじゃって駄目にしちゃったんだー。」

「あのわんこ……。」

「今はモモちゃんのお気に入りのおもちゃです。」

 あーあ、お気に入りだったのになぁ。

 新しい手袋を買いたいんだけど、今月マンガをいっぱい買っちゃったからお小遣いがもうないんだよね。

 両手に息を吹きかけたり、さすってみたり、ポケットの中に手を入れてみても、やっぱりちょっと寒い。

 また痛いくらい冷たい風がひゅーっとあたしの両手を掠めた。

「ちょっと待ってろ。」

「え?」

 ポンとあたしの頭を軽く叩いた匠くんは自販機の前に立ってポケットから小銭を取りだした。

 喉かわいたのかな?

 チャリチャリ音を立てて自販機と向かい合いながら匠くんは少し考える。あたしはそんな匠くんをじっとみる。何を買うのか決まったのか匠くんはポチッと自販機のボタンを押した。

 ガコンと自販機から吐き出される音がした。

 腰を曲げて吐き出されたそれを匠くんが取りだすと、また少し考えて小銭を入れてボタンを押す。

 二つも買うほど喉かわいてたの?!

 後ろでみているあたしはえぇ!? と目を真ん丸にした。

「真奈、やる。」

 匠くんがあたしの少し赤くなった両手に掴ませたのはあったかいミルクティーだった。

「とりあえず、カイロ代わりにもっとけ。」

「え?! いいの? 匠くんありがとー!」

 にっこり笑って言うと、匠くんはやっぱり少し照れながら一緒に買ったカフェオレを一口飲んだ。

「あったかーい。」

 匠くんがくれたミルクティーを両手で持ってちびちび飲みながら、あたしはぬくぬく帰っていった。


【12/6(金)】

 お弁当の中身はきれいにあたしのお腹の中に納まったお昼休み。いっぱい食べたら、少し眠たくなって欠伸が漏れる。ふわぁ。

「眠そうだね、真奈。」

「んー…。ところで奈月ちゃん、そのから揚げ残すの?」

「うん。もうお腹いっぱいだから、あげるよ。食いしん坊真奈に。」

「やったー! ありがとう!」

 しまったばかりのお箸を取り出して奈月ちゃんのお弁当から一つだけ残っているから揚げをひょいっとさらう。

「真奈、いるー?」

 匠くんの声が聞こえた。

 どこだろう? 教室を見回すと前のドアから顔をのぞかしている匠くんと目が合った。

 ごっくん、から揚げを飲み込んだあたしは「匠くーん!」と手を振った。

「珍しいね、匠くんがお昼休みに来るなんて。」

「まぁな。ほれ、ポッキーやるよ。」

 近づいてくる匠くんはぽいっと私にポッキーを箱ごと投げる。

 慌てて受け取ると、ナイスキャッチ! と笑顔で匠くんが言った。まったく、落っことしたらポッキー折れちゃうじゃんと思いながらも、甘いものもらって嬉しいから思わず笑みがこぼれる。

「ありがとう!」

「おう。ちゃんと飯食ったか?」

「うん!あと奈月ちゃんからから揚げももらった!」

「よかったなぁ。」

 そういって匠くんは私の頭を撫でた。

 銀色の袋を破ってポッキーを一本取り出すと、いいことを思いついたとあたしは匠くんに笑いかける。

「せっかくだから、ポッキーゲームやろうよ!」

「バ、バカ!しねぇよ、んな恥ずかしいもん!バカ!」

 その後も何回かバカバカ言った後に匠くんは顔を真っ赤にして、教室に戻る! とちょっと大きな声で言った。

 出て行く途中、何回か机にぶつかって、最後にドアに足をぶつけていたけど、早く教室を出たかったみたいで、痛そうにゆらゆら揺れながら出て行った。

「匠くん顔真っ赤だったねー」

 もぐもぐポッキーを食べながらあたしは言う。

 リア充爆発しろ。そう奈月ちゃんがつぶやいてポッキーを一本さらっていった。


【12/7(土)】

 夕方のニュースが流れ始めたころに、インターホンが鳴った。

 モモちゃんが横になっていたあたしのお腹の上でピクリと動いて、何だ?何だ?と玄関の方を見る。

「宅配のお兄さんかな?」

 よいしょっと最近重たくなったモモちゃんを柔らかいラグの上に乗せて、ぺたぺた短い廊下を歩く。

 ガチャッとドアを開けると、そこにはニット帽にマフラー、コートを羽織って、両手をポケットに突っこんでいる完全防備の匠くんがいた。

「あれ?匠くん、どうしたの?」

「ん。」

 答えになっていない返事をすると匠くんは背負っていたリュックを肩から下ろしてごそごそとその中を漁りだした。

 あれ?珍しいな。匠くん、いつもどこか行くときはポケットにお財布とケータイを入れるだけで鞄は持ち歩かないのに。

「ほい。誕生日プレゼント。」

「え?! え?! えぇ!!」

 匠くんがリュックから取り出したのは、赤いリボンが結ばれたプレゼントだった。

「匠くん、去年、プレゼントくれなかったから今年もくれないと思ってた!」

「去年は付き合いだしたばっかだし、何渡していいかわからなかったんだよ! それに真奈が初めての彼女で、その、なんか恥ずかしかったし……」

 照れ隠しでぷいっと横を向いた匠くんのほっぺは真っ赤で、全然照れ隠しになっていない。

 嬉しい! 嬉しい、すっごく嬉しい! 日付が変わったと同時に匠くんから誕生日のメールが来たけど、でもそれで終わりだと思ってた! 嬉しい!

「開けてもいい?」

「……いちいち聞くな」

「ありがとう!」

 気にしていないようでしっかり気にしてる匠くんの視線があたしをそっと追い立てる。ドキドキしながら赤いリボンをシュルシュル解いてプレゼントの中身を覗くと、そこには真っ白でふわふわなマフラーと手袋が入っていた。

「かわいい! 匠くん、すっごくかわいい!うわぁ! マフラーふわふわだ!! 手袋、モモちゃんが噛んでダメにしたの覚えてたんだね! ありがとう!」

「最初はマフラーだけだったんだけど、真奈の手が寒そうだったから昨日買ったんだ。」

「ありがとう、匠くん! 本当ありがとう! すっごくあったかいよ!」

 マフラーと手袋をはめて笑顔で言うと、匠くんもにっこり笑ってくれた。その笑顔が本当かわいくってあたしはますます笑顔になる。

「ちょっと待ってて! 匠くん!」

 え? と驚いている匠くんを家の前に残して、家の中に入るとコートをひっつかんで台所にいるママにちょっと匠くんと出かけてくる! とだけ言って、また外に飛び出した。

「匠くん、せっかくだし少し散歩しよう!」

 そういうと、匠くんの返事も聞かずに、パッと匠くんの右手をつかんで歩きはじめる。

 この前の帰り道はミルクティーで両手を温めていたから手をつなげなかったけど、匠くんがくれた手袋があるから今日は匠くんと手をつなげる。

 手袋越しだけど匠くんと手をつなげることが嬉しくて仕方がなかった。

「そういえば匠くん、なんで最近あたしにお菓子いっぱいくれたの?」

「それは、その、去年プレゼント渡せなかったからって言うのもあるけど、この前、プレゼントを英単語で見た時、preとsentに分けられるなぁって思って…それで本当のプレゼント渡す前に、ちょっとしたプレゼントあげようかなぁって……思っただけっていうか、なんていうか……」

 とにかく真奈の笑った顔をいっぱい見たかったんだ。

 ぽつりと小さな声でつぶやいたその言葉であたしの顔は匠くんと同じ真っ赤に染まった。


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