百合の花香る美少女

『速報です。先程デパートを強襲した怪人を撃退したアンチヒーローですが、事情聴取に応じなかっため、『日本連合ヒーロー団体』から非難の声が上がっています』


うるさい。


『アンチヒーローだっけ、ああいう似非ヒーロー私嫌いなんだよね』


だまれ。


『助けるだけ助けて、後は放置……被害者が可哀想と思わないんでしょうか?怪人が増えている昨今に、身勝手だと思わないんでしょうか?』


いい加減にしてくれ。


『アイツなんかヒーローじゃない!戦い方も恐ろしかったし……寧ろアイツこそが怪人だ!』


……頼むから。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「……あ、あぁ。悪い、ちょっと体調が悪いみたいだ」


ご飯を食べていた渚に心配された俺は、付けていたテレビの電源を消した。どのチャンネルを付けても、アンチヒーローに対する批判ばっかり。助けたことは賞賛されず、悪かった点を叩き続かれていた。


まぁ、そりゃそうだ。

アンチ“ヒーロー”と名を売ってるんだから、ヒーローらしい事をするのは当たり前だと思われているんだろう。


でもそれは違う。

怪人はヒーローが倒すのが当たり前みたいになっているが、俺みたいな一般人でもヒーローに頼ることなく怪人を倒すことが出来るということを知らしめるためにアンチヒーロー《ヒーロー要らず》を名乗っているだけだ。


とは言っても、どこまで行こうがそれはヒーローの真似事でしかない。例年と違って怪人の出現が“頻繁”に起こっている世間はヒーローを欲している。

だがそれはヒーローであってアンチヒーローではない。


「俺の作った飯は美味しいか、渚」


「うん!お兄ちゃんの作るハンバーグとってもおいしい!」


「そうか……それなら良かった」


そして俺は、こんなにも優しい笑顔を向けてくれる少女の両親を助けられなかった。もし俺が真のヒーローなら、この笑顔は俺じゃなく両親に向けられていたことだろう。


俺だって、ヒーローに憧れていた身だ。だからこそ、自分の救える人は救いたいと今でも思っている。

でも俺は───ヒーローにはなれない。


もう一度言おう。

アンチヒーローは、ヒーローではない。


俺はそう結論づけ、自分で用意した夜食にありついた。

とにかく今は何でもいいから、口に入れておきたかったから。自分の救えなかった人たちのことを、今だけは考えたくなかったから。


だが渚はそんな俺をよそに、楽しそうに話しかけて来た。


「お兄ちゃん、ヒーローなんだよね?」


その言葉に、箸を進めていた手が止まる。


「ッ!……いいや、ヒーローじゃない」


「そう、なの?」


「あぁ……今はそんなことより、渚のこれからのことを考えないとな」


雑な話題転換だが、それでも渚はそれ以上追求するなく話に乗じてくれた。デパートを抜け出して家に猛スピードで帰った後、俺はイデアに連絡して色々と手続きを進めてもらっていた。


どうやらこの少女、小学二年生らしい。

俺が保護するという話にイデアが祖父や祖母の家に預けるという案を出したが、渚が嫌がったため結局俺の家に落ち着いた。

既に個人情報も変更されているらしく、俺は渚の義兄ということになっているとのこと。


決して舐めていたわけではないが、この短時間でそこまで済ませてしまう情報屋の凄さを改めて思い知った。


その代わりと言ってはなんだが、イデアにショッピングに付き合って欲しいと言われたため、二つ返事で了承したのは間違っていないだろう。

渚の服を持っていないだろうから、沢山買うのに付き合ってくれるということだろう。


流石イデアだ。ここまで来たら、イデアの写真を飾って拝めた方がいい気がしてきた。


ちなみに服についてだが、姉さんの幼い頃の服が見つかったのでそれを拝借している。どうせ使う機会のないものなのだから、姉さんも文句は言わないだろう。

それにお風呂に入ったおかげで、建物の半壊で汚れ気味だったのが、『百合』の花香る美少女に大変身である。


「新しい小学校楽しみ!」


「家から結構近いから、一緒に場所覚えようか」


「うん!」


学校も変更になり、うちの近所に近い小学校になったのだが、当の本人は実に楽しそうである。

だが、流石に俺一人で渚の世話をするというのは難しい。


ということでここで登場するのが俺の友達、リオだ。通話ボタンをタップしてワンコールで出たリオに要件を話した。


「もしもし、子供が出来たんだけど一緒にお世話してくれないか?」


「───はぁ!?だ、誰との子供……?」


「ん?誰とのって……孤児だが」


「……わかった。取り敢えず今すぐ家行くから待っててね」


とこの調子で家に来てくれるらしい。

流石は俺の友達。持つべきものは友達というが、正直感謝してもし足りないので部屋にリオの写真を飾っておこう。その横にイデアも並べて拝めば完璧である。


とはいえイデアの写真なんて持ってないため、取り敢えずスマホの壁紙にしているリオの写真に向かって拝むとしよう。


「な、何してるのお兄ちゃん」


「あぁ、これはリオ大明神さまに捧げるお祈りなんだ。渚もやってみるか?」


「渚は大丈夫かなぁ……」


残念。どうやら渚にはあんまり受けなかったようだ。

ドン引きしたような眼差しを向けられたので、見ないふりをして拝み続ける。何の効果があるか分からないが、良い効果があるといいな、というおまじないのようなものだ。


と、暫くして入口のドアが開く音がした。

リオに合鍵を渡してるので、間違いなくリオだろう。


「急いで来たよ!その子はどこに……って何してるの?」


「お兄ちゃんね、リオ大明神様に祈ってるんだって」


「……来てくれてありがとう、待ってたぞ」


「……取り敢えず、拝むのをやめてくれない?」


どういうことだ。

全くおまじないの効果がないんだが。

死んだ母さんは、「尊敬する人や恩がある人には、写真を立てて拝むといいわよ」と言ってよく分からない人を拝んでいた。


だから俺も真似させて貰ったんだが……どういうことだ母さん。全く何の効力も発揮しないんだが。むしろデメリットじゃないか?

そもそも、なぜ友達にこんな凍てついた眼差しを向けられないといけないんだ、と俺は訝しんだ。


「祀られて喜ばないのか?」


「祀られて喜ぶような奴だと思ってる?」


「……あぁ」


「よし、表に出ようか」


リオが俺の服をグイグイと引っ張って外へ出そうとする。


「って力つよ!?」


だが鍛え上げられし俺の肉体は微動にしない。単純に筋肉が増えて重くなったのもあるが、重心を頭から股関節まで芯のように真っ直ぐすることで動かないようにしているのだ。


「ふふ、だろ?」


「なんでドヤ顔なの……」


これはイデアが気絶から冷める前に、おっさんからちょこっと教えてもらった技である。あの怪人───ルギガムの攻撃を容易く受け止めて反撃出来たのも、実はこの技術のお陰だ。


「はぁ、まあいいよ。兎も角として、その子が君の言ってた孤児?」


「あぁそうだ。『汐留 渚』、小学二年生らしい」


小学生という単語を聞いて、僅かに目尻を下げて怪訝な顔を浮かべるリオ。


「……ふーん。誘拐?」


「真面目に聞け。この子の両親が……その、遠くに行ってしまったから、俺が代わりに面倒を見ることになってよ。けど俺一人だけじゃ厳しいかもしれないから、“親友”のお前を頼ってる。そういう状況だ」


敢えて親友という単語を強調して、リオに協力を申し出る。アンチヒーローとしての活動を話す訳には行かないから、おかしい説明になっているのは分かる。だがそれでも、この子を放っていくわけにはいかない。


身勝手と罵られても構わない。渚の未来と天秤にかけたらそんなの屁でもないからな。


「そうなんだ……まぁ、親友として頼られたなら返事は決まってるよ。複雑な事情とかもあるんだろうから、詳しくは聞かないでおいてあげよう」


「っ、そうか!!それは助かる!」


「ふふん。当然さ、だって君の唯一無二の親友だからね、気も効いちゃうんだ」


薄く笑いながらパシパシと俺の肩を叩くリオ。


「ま、元々頼られた時点で断るつもりもなかったよ?それに……どんな子か“確かめたい”し」


「確かめるって……何をだよ?」


「んふふ、ひみつ♡」


そう言いながら、渚へ近寄っていくリオ。心做しか怒っているようにも見える顔だが……アイツなら酷いことはしない、そう確信しているからこそ俺はリオを頼った。

何をするか分からないが、リオを信用すべきだろう。


───


少し心配そうな顔を浮かべているノアを尻目に、リオは眼下で不思議そうにこちらを見つめている少女に視線を合わせ、優しく語りかけた。


「君は……“どこ”から来たの?」


「んー、わかんない!でもおとーさんとおかーさんのことは覚えてる!」


朗らかな笑顔で告げる渚だが、対照的にリオの顔は曇っていく。背後にいるノアは何を聞いているのか気になっている様子だが、聞くのも野暮かと視線を逸らして聞かないようにしていた。


「質問を変えよう。君は、一体“何者”なの?」


「えーと……どういう意味なの?渚はふつーのおとーさんとおかーさんの子どもだよ?」


不思議そうに首を傾げて答える渚。

何でもないように、当たり前のことを言うように微笑む顔からは、純粋さが溢れ出ていた。


「……そっか、ごめんね変な事聞いて」


「んーん!」


そんな顔に毒気が抜かれたのか、リオはつられて微笑んだ。変なことを聞いた謝罪とばかりに、よしよしと頭を優しく撫でている。

渚の方も嫌がることはなく、嬉しそうに頭を撫でられていた。傍から見ればまるで姉妹のようにすら見えてしまう。


「欲しかったんだ、妹」


「確かに。お前兄弟が年上ばっかりで“六人”もいるから嫌気がさすって言ってたな」


「あ、いたんだねノア」


「……お前は友達だと思ってたんだが、どうやら違ったみたいだな。遂に俺もソロプレイヤーか」


もういい頃合だと思ったのか、当然のように会話に割り込むノアに対して驚いた反応を見せるリオ。勿論お互い冗談の上で話しているが、渚は何が何だか分かっていない様子だった。


「お兄ちゃんって友達いないの?」


「アハハッ!小学二年生に心配されてるよノア!今どんな気分?」


「リオに食わせる飯が無くなったぞ、良かったな渚!これで腹一杯食べれる!」


「……それだけはやめよ?」


容赦して下さいと顔に書かれていそうなほど辛い表情を浮かべたリオを笑いながら、俺は余分に作っていたハンバーグを皿に出してリオに手渡した。

途端に目を輝かるリオが、ハンバーグを美味しそうに平らげた渚と重なって再び笑ってしまった。


願うのなら、この束の間の幸せを噛み締めたい。


「怪人の急激な増加に、孤児……そろそろだね」


「ん?どうしたリオ」


「いーや、ノアの作るハンバーグは美味しいなって」


「まだ食ってねぇじゃねぇか」

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