手遅れ

「……片付いたか」


白目を向いてぶっ倒れた怪人を眺めながら一息つく。

周りを見渡せば、あらゆるところに血溜まりが出来ていた。どうやら、俺はかなり遅れたらしい。


ちぎれた手足や頭部が散乱しているが、生きている人間がパッと見で三十人程度。つまり、もっと大勢の人間がこの怪人に殺されたという訳だ。


「くそっ、レッドに偉そうに言ってた癖に……俺も人のこと言えねぇじゃねぇか」


思い出すのは記憶に新しいケプラー戦。命からがら何とか打ち倒し、目に見える範囲内で花を手向けていた最中にやってきたレッド相手に「怪人が出現してかなり時間が経ってる……なのに今更来たのかよ、アンタ」と吐き捨てた。


なのに俺はたくさんの犠牲が出た後にノコノコとやってきた。普通に考えて、怪人が出現するなら多くの人が助けを求めているはずなのに、だ。

肩慣らしだ、とワクワクしていた数十分前の俺を殴り倒してやりたい。


「ねぇおにいちゃん。もう、目あけていい?」


「あぁ、ごめんなお嬢さん。ところで、何で飛び出したんだ?危ないところだったぞ?」


腕の中で抱き締めていた少女を離し、話を聞こうと視線を合わせて屈む。


「あのね、おとーさんとおかーさんがどこかにいっちゃったの。だからかいじんさんにね、きこうとおもってたの」


「お父さんとお母さん?」


そう言われて、デパートの隅に固まっていた生存者たちに視線を向ける。だが、返ってきた反応は芳しくない。みな視線を逸らし、頭を横に振るだけ。


つまり、つまりだ。


「ねぇ、おにいちゃん」


この子の親は。


「わたしのおかーさんとおとーさんしらない?」


もう既に……あぁ、駄目だ。そんなことを考えたらいけない。

もしかすればまだ生きているかもしれないし、捜索してみよう。


「……俺と一緒に、君のお母さんとお父さんを探そうか」


「探してくれるの!?ありがとう!」


俺がそう言うと、花が咲いたように喜ぶ少女。まだ希望はあるはずだ。

瓦礫まみれの道を歩ませる訳にもいかないので、抱き抱えて歩き出す。少女は腕の中で精一杯声を張り上げながら、何度もお父さん、お母さんと呼び続けた。


だが残念なことに、思ったよりも早く少女の両親は見つかった。


「おとーさん!おかーさん!どこー!?……あ、あの服の色。おかーさんだ!」


「アレ……か?」


見えるのは瓦礫の下から覗く服の色のみ。

俺は一縷の望みに賭け、足早に近付いて───足を止めた。少女がじたばたともがいて抜け出そうとしたので、力を緩めると一目散に駆け出す。


やはり“アレ”が両親のようだ。


デパートの欠けた柱の三メートルはありそうな破片に、人が押し潰されていた。しかも二人だ。なぜ押し潰されているのに二人とわかったか、それは破片の下から四本の腕が生えていたから。


「おかーさん!おとーさん!なんで岩の中にいるの!?」


少女は両親の腕にしがみついて、必死に呼びかける。

その小さな体躯で大きな破片を押して、両親の顔を見ようとしているのだ。


だがきっとその破片の下には……もう、判別がつかないくらいに潰れている少女の両親が……。


「おにいちゃんも手伝ってよ!」


「……すまない、俺にはできない」


「なんで!?さがしてくれるって言ってくれたじゃん!」


「……ごめん」


直感だが、俺はきっとあの大きな破片を持ち上げることができるだろう。だがそれで、認識出来ないほどに変形した両親の顔を少女に見せることなんて、俺にはできない。


───全部、俺のせいだ。


もっと早く駆けつけていれば。もっと早く怪人を止めていれば。

そんなタラレバを想像して止まない。


「おとーさん、おかーさん、おきて!なんで、?なんで返事してくれないの!?」


「おねがい!わたしが……『なぎさ』が悪いことしたならあやまるから!もうわがままもいわない!おとーさんとおかーさんの言うこと聞く!だから返事して!?」


「なんで……?なんで……?なぎさはここにいるよ?だからでてきてよ!」


「……おかーさん………おとーさん……なんで?」


少女の慟哭がこだます。

幼いが故に、“死”という概念を理解出来ずにただ泣くことしか出来ない少女が、幼い俺の姿と重なる。


気付いた時には、俺は駆け出していた。


「ごめん……ごめんっ!!!おれが、俺がもっと早く助けられれば……君の両親は……」


「……ねぇ、おにいちゃん。おとーさんとおかーさん、出てこないの。なぎさ、わるいことしちゃったから、おこっちゃったのかなぁ?」


「ごめん……ごめんね。君は、何も悪くない」


「ちがうよ?おにいちゃんはわるくない……たぶん、なぎさが悪い子だから……でも、なぎさがいい子になったらおとーさんとおかーさんも出て来てくれるよね!」


声を震わせ、笑顔で微笑む少女。

俺はそんな彼女を後ろから抱き締め、謝罪することしか出来なかった。

何がアンチヒーローだ。何が否定するだ。

目の前の少女すら助けられずに、大層な望みだけを掲げる中学生の糞ガキが、何宣ってんだ夢見てるんだ


「……なぁ、君。名前は?」


「わたし?なぎさ!『汐留シオドメ ナギサ』!」


「渚か、いい名前だ。君のお父さんとお母さんはね、少し遠いところに行ってる。俺の父さんと母さん、姉さんも渚の両親と同じ場所に行ってる。暫く帰ってこないかもしれないけど……いつか、きっと帰ってくるよ」


「そーなの!?お兄ちゃんのかぞくも一緒なんだ!……でも、渚はどうすればいいの?」


涙の流れた白い跡を浮かべながら朗らかに笑う少女、渚に視線を合わせながら俺は話を続ける。

これは俺なりの罪滅ぼしだ。もし彼女が大きくなってこの真実を知った時に、俺を恨めるように。そして、彼女の両親を安心させるために。


「俺も近くに家があるんだ。少し狭いけど、渚くらいなら広々暮らせるくらいの空間が───どうだ、俺の家に来てみないか?」


「おうち……?うん!行く!」


「フフッ、そうか……じゃあ、帰るとしよう」


渚を抱き抱え、俺が進んで来た道を頼りに戻っていく。

すると生存者たちがヒーローを呼んでいたようで、既に救出作業が始まっていた。

みんな安堵した表情を浮かべ、怪我した箇所を治療して貰っていた。


俺はそれを確認し、突き進む。


「そこのヒーロー、止まってください。事情聴取のご協力をしてもらいますよ」


すると、警察官のような身なりに白衣のような格好をしたヒーローから待ったを掛けられた。進んでいた足が思わず止まる。

……今は勘弁して欲しい。一刻も早く、この場から立ち去りたいんだ。


聞こえなかったフリをして、俺は歩みを進める。

しかし肩をがっしりと捕まれ、無理矢理視線を合わされた。自分より幾つか背丈が低い女性ヒーローは、イライラした口調を隠さずにこう言った。


「待ってください。その場に居合わせたヒーローには、状況を報告する義務が伴います」


「そうか。それなら周りの生存者たちに聞いた方が早いぞ」


「ダメです!怪人がどんな攻撃をするか、どんな特徴をしているかしっかりと断定しなければいけません!」


どうやら話さないと離してくれないらしい。渚は泣き疲れたようで、コクンコクンと目を閉じて相槌を打ってる。早くぐっすりと寝られる場所で寝かせた方がいいだろう。


このヒーロー達に預けた方が話は早い……が、怪人被害による孤児は飽和状態だ。か弱い少女に万が一のことがあれば、少女の両親に顔向けすることが出来ない。


「怪人の特徴なんているか?」


「はぁ、当たり前ですよ……逃げ出した怪人を追わないといけないんですから」


「……逃げ出した?生存者たちから話を聞いてないのか?」


「今その真っ最中です」


このヒーローたちの間では、既に怪人が逃げ出したことになっているらしい。確かにそれならば、早く情報を引き出さなければならないのはわかる。だがまぁ、もうその怪人については既に終わっている話だ。


「なら話は早い───その怪人は、俺がした」


「っ!?は、はぁ!?どういうことですか!?」


「それじゃ、後は生存者たちから聞いてくれ」


「ま、待ちなさい!何故、事情聴取に応じないのですか!?それでも貴方は本当にヒーローですか!?」


立ち塞がる女性ヒーローを押し退け進もうとしたが、その声にまた足が止まる。やはり彼女は勘違いしているようだ。

まぁ、そもそも俺が何も言ってないのが悪いんだが……いい機会だ。ヒーローか聞かれたついでに答えるとしよう。


「ハハッ、俺がヒーローだって?いいや違うね」


「……では、貴方は一体何者なんですか?」


そう問われて、俺は何も言わずに足を進める。寝息を立てる渚を抱え、ただ家に帰るために。

俺が本当のヒーローなら、彼女の問いかけに応じて快く快諾していただろう。何なら、手遅れになる前に怪人を退けていたのかもしれない。


しかし、助けることが出来なかった。

そんな俺がヒーローなんて一体どの口が言ってるんだ。ヒーローを名乗る資格なんてあるはずがないのに。


だから俺は───。


「俺はヒーローじゃない───ただの、アンチヒーローだ」


───その言葉を残して、踵を返した。

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