肩慣らし

福岡市博多区、その海沿いに位置するデパートには、今日も大勢の観光客と子連れの家族達が買い物を楽しんでいた。

どんな話声も雑踏と雑音に消え、新たに喜びの歓声が上がっては消える。


そんな場所が───。


『グギギギィ!喜べ餓鬼ども、この俺様に殺されるんだからなァ!!』


「きゃぁぁあ!!?」


「早く!早く逃げなさい!」


「おとーさん……どこ?」


突如として現れた怪人によって、デパートは混乱の坩堝に陥ってしまった。なんの前触れもなく、ただ害を振りまいていくその姿はまさに災害ディザスターそのもの。

大王具足虫に似た外骨格を背負った怪人は、小さな羽をはためかせながら周囲の人間を無惨になぶり殺しにしていく。


甲冑にもみえる外骨格は怪人の腕や足にも付いていて、その一つ一つが鋭利かつ頑強。人間の身体に目掛けて振り下ろすだけで、必殺にもなりうる強力な一撃と化す。


あるものは腕、あるものは胴体、またあるものは足を潰された。一撃で頭を吹き飛ばされたものは幸運だ。なぜならそれ以上苦しむことなく逝けたのだから。


「ヒーローは!?ヒーローはまだなのか!?」


「あがっ……ぅぁ、たす……けて……」


「うでがぁぁぁ!!!俺の腕がァァァ!?」


『グギ、いい悲鳴だァ。なぁ下等生物共、もっと俺にその悲鳴を聞かせろよォ』


人々の雑音入り雑じるデパートは、いつの間にか悲鳴の木霊す地獄へと変貌していた。だから人々は求める───ヒーローの存在を。殺され続ける者達を救う、正義の象徴を。


だが、その魂胆を怪人───『剛殼怪人』“ルギガム”は見通していた。出現した瞬間に建物全体をその剛腕で揺らし、出入り口を塞いでいたのだ。

故にいくらヒーローを呼ぼうと、彼が残虐な行いを堪能するまで到達することは出来ないだろう。


そう考えて、ルギガムは一人ほくそ笑む。


目の前の助けを求める人間達が、希望の星であるヒーローの到着が遅れると分かったらどんな反応をするのか。

泣き崩れるか?それとも喚いて逃げようとするか?いや、この際どっちだっていい。“殺していい”人間は沢山いるのだから。


『グギギ、少々やりすぎたかァ?』


ルギガムの出現から五分が経過した。

依然としてルギガムは逃げ惑う人々を殺し回っていたが、数え切れないほどいた人間達が数えられる程度までしか残っていなかった。


デパートもルギガムの攻撃によりあちらこちらに建物の破片がこぼれ落ち、いつ倒壊してもおかしくない。


『面倒だ、もう纏めて殺すとするかァ?』


「ひぃ……誰かぁ、誰かぁ!!」


「おとーさん……おかーさん……どこ、いつたの?」


ルギガムの言葉がデパート内で反響し、逃げ惑う人達に更なる絶望を叩きつける。もう逃げられないと悟った人は、怪人に惨たらしく殺される前に死のうと、拳銃を取り出した。


もはや、全滅は必至。誰もがそう思った。


その時だ。


「あの……わたしのおとーさんとおかーさん、しりませんか?」


一人の幼い少女が、怪人に向かって歩き出す。その声色は震えていて、何が何だか分かっていないようだった。幼いが故に、ただ純粋に両親の居場所を聞こうとしたのだ。


「きみぃ!?こっちに戻りなさい!!!殺されるぞ!!」


「あ、あの子……もうだめだわ」


その後ろには女の子を助けようとするも、恐怖で足が竦んで動けない大人たちが十数人。彼らも人の子だ。目の前の子供が殺されそうになっているのに見過ごす訳にはいかない……が、動けない。

彼らの逃走本能が、正義心を上回ったのだ。


『んん?お父さんとお母さんか……そうだなァ、俺は知っているぞォ』


「ほ、ほんと!?じゃあおしえて!」


『教えて欲しかったらこっちへこいィ』


「うん!」


怪人は近付いてきた少女を面白そうに眺めると、嗤いながらその言葉に答えた。少女は嬉しそうに怪人に近づいていく。あそこまで近づかれてしまっては、大人たちにもはや止める術はない。


これから起こる惨状を想像して、顔を逸らす人間もいた。


「来たよ?」


『あぁ……すぐ同じ場所に送ってやるよォ!』


眼前まで近づいた少女。

彼女はきっと、両親に再会できるのだろう。今から振るわれる怪人の魔の手によって。


きっと再会できる……そのはずだった。


『───な、にィ!?』


「か弱い少女に向かって攻撃するなんて……いい度胸じゃねぇかおい」


振り下ろされたルギガムの一撃を庇うように、大人というにはやや小さな背丈が少女の前に躍りでる。そして、ルギガムの剛腕を片手で容易く受け止めたのだ。


しかもそれだけではない。

一部の怪人を除いてかなりの強度を誇るルギガムの外骨格に覆われた腕に、ピシリと罅が入った。

対物ライフルすら受け止めることが可能な外骨格が、である。


「へ?おにいちゃん、だれ?」


「いいから目瞑って捕まってな」


『き、貴様ァ!!!よくも俺の腕を……よくもォ!!』


自慢の一撃を受け止められた挙句、罅まで入れられたルギガムは怒りに満ちた表情でもう片方の腕で追撃を行う。もちろんそんなのは、自分の一撃を片手で受け止められた人間相手に通用するはずがない。


だが、そうなってしまうのも無理はないだろう。

かの怪人は狩る側に回りすぎた。言わば、数多くの人を殺して調子に乗っていたのである。


だから間近に迫る自身の死の気配に気付くことが出来なかった。

それが、ルギガムの敗因だ。


『オァァァ!!』


裂帛の方向を放ち、腕を振り下ろすルギガム。


「軽いしおせぇよ!」


反対に女の子を抱きながら、鋭い蹴りで迎え撃つ何者か。背丈は小さいはずなのに、背中は見た目以上に広く感じる。

格好はヒーローのようにも見えるが、それにしては雰囲気が違う。普通ならば避難誘導を先に行い、その後に怪人討伐をするはずだ。


普通のヒーローではないのか……?という疑問が飛び交うさなか、ルギガムと何者かの攻撃が接触した。あまりの衝突の威力に、白い波のように可視化された衝撃波が群衆を過ぎ去っていく。


そしてこの時点で、既に決着はついていた。


『……ばか、なァッ!』


「ハハッ、すまねぇな。前なら危なかったが、どうやら俺は成長期らしい」


驚愕に目を見開く怪人と、小馬鹿にしたように嗤う人物ヒーロー。見れば怪人の腕は粉々に砕かれており、対してヒーロー(?)の方は正確にルギガムの剛腕を撃ち抜いていた。

そしてついでとばかりに罅が入った腕を掴むと、凄まじい腕力でルギガムの剛腕をひねり潰そうと力を加え始めた。


『やめろ!!離せ下等生物が!』


「やなこった!てめぇはその下等生物とやらにこのまま握りつぶされるんだよ!」


メリメリ、ビキビキと音が鳴ってもなお怪人の手を掴んで離さないヒーローと、無理矢理にでも振りほどこうとするルギガム。

だが、その抵抗は無意味と化した。


ルギガムの外骨格がヒーローのあまりの腕力に悲鳴をあげ、完全に砕けきったからである。


「これで無防備だなぁ。腕がない気分はどうだ?」


『き、ききっ、貴様ァァ!!!』


激昂し、理性の感じさせない目でヒーローへ襲い掛かる怪人。しかし、ルギガムの目的はヒーローではなく、抱き抱えられている少女だ。がっしりと離れないように捕まっているが、ルギガムからすればそんなのは些細なことに過ぎない。


もはやルギガムは生きることを視野に入れていないのだ。怪人が望むのはただ一つ、この余裕ぶっこいたヒーローに一泡ふかせること。

理性がないように見えるのも全て演技。きっと目の前で自身の助けた少女が殺されるところを見れば、苦痛に満ちた顔を浮かべてくれるだろう。


自分が死ぬのはその後だ。


『さァ!死にさらせェ!』


心の奥底で愉悦を浮かべながら、ヒーローの死角から少女を蹴りあげる。恐らくこのままいけば少女は即死。対応も不可能な速度だ。

それゆえ、貰った!とルギガムは確信し、油断した。


「捉えろ───“ブラン”」


その油断が運の尽きだ。

いつ構えたすら分からないほどの超スピードで、怪人に噛み付かんと唸りをあげる純白の拳銃から銃弾が放たれた。


誘われたのだと、ルギガムは直感的にそう思った。


『俺の……ま』


負けと口にする間もなく、頑強な外骨格をものともせずに核を貫かれたルギガムは死に絶えた。遺言を残すことすら許されず、物言わぬ骸となって地面に倒れる。

自分より弱い存在を虐殺し、愉悦を感じていた怪人に相応しい最期だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る