ヒーロースーツ
「君たち、さすがにやりすぎよ?」
「うっ、すまん……」
「ハハハ!いいじゃないかイデアくん。男同士の語らいの結果なんだ、少しくらい大目に見てくれても……」
「何か言ったかな?」
「……ぼ、暴力は良くないね、うむ」
戦闘が終わって各自治療が終わったあと、俺とおっさんはイデアに正座させられていた。「なんで?」と言おうとしたが、イデアの放つあまりの覇気に身体が萎縮してしまった。
決してビビっている訳では無い。断じて。
「ふん、まぁいいよ。お姉さん優しいから、今回は許してあげる」
「優しい……?」
「ノア君?お姉さんちょっと、肩凝っちゃったなぁ……」
「お揉みします、はい」
そう、決して俺は怒られてビビっている訳では無いのである。
兎も角として、今日は新しい収穫を得られた。双対の姉妹拳銃ブランと、おっさんのような自分より強い敵に対する対抗策だ。
これから先、俺の身体能力じゃ解決できない問題も出て来るだろうから、今のうちに知恵を身に付けるとしよう。
……あぁそれと、一つだけ問題があった。
「なぁイデア、俺ってアンチヒーローとして活動する時はマスクかなんか付けた方がいいのか?」
それは“顔”。
ぶっちゃけ今まで大っぴらに怪人を倒してなお顔が割れなかったのは、イデアが俺の詳細情報を制限していたからだ。しかひ何時までもイデアの情報規制能力に頼っていたら、イデアに返しきれない恩が出来てしまう。限度もあるだろう。
ならばやはり、俺の顔を隠すマスクか何かが必要になるはずだか……。
「あぁそうだ、すっかり伝え忘れちゃってたね。実は、マスクの件については既に解決してるんだゾ?」
「うむ、これを見てもらおうかアンチヒーロー君」
そう言っておっさんから手渡されたのは、やや灰色がかった皮の感触がするベルト。
「ん?これは……普通のベルト、なわけないよな」
じっくり観察して見てもただのベルトにしか見えない……が、ベルトのちょうど真ん中。バックルの部分が普通のベルトとは少し異なっている。
通常ならばベルトに空いた穴で長さを調節するための機構が備わっている筈が、なぜが指紋認証の機構が入れこまれていた。
徐に手を翳すと、機会の駆動音のようなものがベルトから響いた。
───指紋認証中、確認しました。
おっさんがブランを箱から取りだした時と全く同じ音声が流れると共に、光る小さな粒子が身体を包み出した。
「お、おいこれ大丈夫なのか!?」
「……あ、あぁ!大丈夫だとも!」
「お姉さんの推測通りか……」
「ホントかよ!?」
目の前の頼りにならない大人二人を尻目に、体を包む光はどんどん強くなっていく。やがてその光が身体中を覆い尽くし、眩い光によって目が開けられなくなったかと思えば……光が止んだ。
「……終わった?」
恐る恐る目を開けて自分の体を見てみれば、薄いミリタリーベストが胴体を包み、その上から脇と胸を囲うようにベルトが付けられていた。脚はブーツとカーゴパンツが一体化したような形状になっている。
腕にはプロテクターが取り付けられいて、銃を取り扱うことも容易なフィンガーレスグローブが手を守っていた。脇はぽっかりと空間が空いていて、動きやすそうだ。
頭から被っているように見える大きなフードは、目深に被れば顔を隠せる。
基調は白で、そこに赤と金色が折り曲げられている色彩で非常に好みだ。
……なんだろう、心の中で燻っている中二病心が熱を出しそうだ。まぁ、俺はまだ中学一年生の糞ガキだから中学二年生なんてもう少し先なんだけどな。
「これ……もしかしてヒーロースーツか?」
「ご名答。私が頼んで彼に作って貰ったってわけさ」
「うむ、流石にこれを作るには骨が折れたがね。だがお金に糸目はつけないと言われてしまったら作る他ない。私が言うのもなんだが、中々いい出来だろう?後は……これを掛けてくれ」
「ん、これは眼鏡?……けど、ただの眼鏡じゃないんだろ?」
「ふふ。さぁ、掛けてくれ」
手渡された何の変哲もないない眼鏡を、促されたとおりに掛けてみる。
だが掛けた瞬間に視界をモヤのようなものが遮った。目を凝らしてみるが、眼鏡を掛けない時の方が遥かに見えやすい。
「……なんか、見にくくないかこれ?」
「それはそうだ。敢えてそうしているのだから」
「なんでだ。見やすい方がいいだろ」
「見えすぎるというのも問題なのだよ。君のように見えすぎる場合、日常生活だとかなり不便だ。故に、中和するためにわざと見にくい仕掛けを施している」
説明を受け、思わず納得する。
元々俺はそんなに目がいい方ではないのだが、死線をくぐりぬけて来たおかげがかなり視力が上がっている。むしろ上がりすぎて、少し酔ってしまうくらいだ。
おっさんの言う通りなら、少し見にくい方が逆にありがたいのかもしれない。
「でも、戦闘時は?」
「ふふふ、もちろん考えている。眼鏡の側面を二回タップしてみてくれ」
そう告げられ、言われた通りにメガネのフレーム部分をタップする。
すると、二対あったレンズがスライドするように一つに重なり、モノクルメガネのような形状へ変化。
また、
「これが……俺のヒーロースーツか」
「うむ、よく似合っているよ!我ながら素晴らしいッ!……あぁそうそう、着脱に関しては変形した時と同じようにすれば元に戻るからね。君の持っているブランも小指くらいのサイズのバッジに変形できるから、怪しまれることもない……完璧だな」
「八桁……いや、九桁は下らないね。お姉さん、今日から明細を見るのが怖いゾ!」
イデアが冗談のような口調で告げるが、あの真っ青な顔を見るに九桁というのは、あながち間違いではないだろう。
なぜ俺のために部外者の彼女がここまでしてくれるのか?
それはわからない。
しかし彼女のために出来ることなら、俺は何だってしよう。
「そこまでなのか、コレ……なぁ、イデア。俺、アンタに協力できることなら何でもする。きっとこの恩は返しきれないけど……頑張るよ」
「ふふっ、もう!まだ子供の君がそんな顔しちゃダメだゾ?それに私は頑張る男の子が大好きだからね!……それに君が持つ情報から得られる利益は、そのスーツなんかよりも価値がある。だから気にする事はないよ」
俺の目をしっかりと見据えながら、お金のことなど気にしていないと微笑む。その“温かさ”に、失った家族から与えられた愛情を思い出してしまった。
父さんは家族を大切にしてくれる人だったらしい。休みの日にはピクニックに行ったり、俺の欲しいおもちゃだったりを買ってくれたのを朧気ながら憶えている。
母さんは愛情深い人だったらしい。俺が転んで膝を擦りむいても、優しくあやしてくれた。俺が何か悪いことをしても、なぜ悪いことをしてはいけないのかを、優しく説いてくれる人だったのを憶えている。
姉さんは元気な人だった。いつでも明るくて、朗らかで、俺が落ち込んでいる時には遊びに誘って、無理矢理にでも笑顔にしてくれたのを憶えている。
そう、“憶えている”んだ。まだ憶えている。
だがこの思い出がただの記憶となり、ただ“覚えている”だけになってしまったら……やめよう。今は考えたくない。
兎にも角にも、このヒーロースーツの肩慣らしが必要だろう。
「なぁイデア。早速なんだが、直近で怪人の出現情報はないか?」
「あらら、もしかしてヒーロースーツの性能を試したいのかな?」
「……そういう訳じゃないが」
「ふふふ、男の子だね」
なんだろう。微笑ましいものを見る様な眼差しを向けられている気がするんだが。俺が少し睨むと、イデアは冗談冗談と笑いながら手元のiPadを操作し始めた。
「ん、一応あるゾ?あと数十分で港の方に出現するっぽいね」
「おし、ならちょうどいいな。場所を案内してくれないか?」
「そのモノクル眼鏡に情報を送るから、場所は自動でナビゲートしてくれるはずだよ」
「まじか!?すげぇなおい!」
数秒ほど待つと、イデアの言った通りモノクル眼鏡にナビゲートが写った。拡張現実空間のような視界が、より鮮明に辺りの情報を知らせてくれる。
どうやらこのモノクルは、普通の状態の眼鏡と違って俺の視力を上げてくれるらしい。少し気持ち悪くなりそうだか、それ以上に戦闘時に役に立ちそうだ。
「おやおや、もう行くのかね?」
「あぁ、肩慣らしをしねぇとな。それと───俺のためにこんないい物を作ってくれてありがとう、おっさん」
「ハッハッハ!たかが趣味で作ったものだ。感謝を告げる必要はないぞ、アンチヒーロー」
「そうか?……そう言ってくれると助かる」
俺は、まだ子供だ。
周りの大人たちに助けられているだけの、生意気な餓鬼。だがそんな俺に期待してくれている人達がいるなら、俺はその想いに応えるべきだろう。
掲げる目標は、ヒーローと怪人を否定すること。
それはヒーローを取り巻く群衆を対象だ。
現代社会のヒーローの重さと怪人の脅威、ヒーローに頼りきりの市民たち。俺という存在は、言わばその
故に、
「じゃあ行ってくるよ、イデア。おっさんもありがとうな」
「あぁ───アンチヒーロー君。すまないが、少しだけいいかな?」
「なんだ?」
「そのスーツは、実はまだ完成していない。羽化する前の蛹……いや、“
「なるほど、スーツを過信するなってことか」
だが逆に言えば、醜い幼虫でも美しい蝶になるように、この未完成のスーツがどのように羽ばたくかは俺次第だ。
「わかった。助言をありがとう」
「気をつけるだゾ?」
「スーツの調子が悪ければまた尋ねてくるといい。無料で修理してやろう」
「あぁ……それじゃあ、“行ってくる”」
ノアが消えた部屋の中。
それぞれ暗い顔をした二人の大人は、自然とため息をこぼした。
「行っちゃったか……しかもありがとう、なんて。まだ中学生くらいの子に行ってらっしゃいとしか言えない私の方こそ……怪人なんかよりもよっぽど酷いのかもね」
「ふむ、そうかもしれない。だが、彼はまだ間違える事が出来るし、誤った道に進めば、我々大人が正せばいい。彼には───未来があるのだから」
イデアは『
ただの情報として処理されてしまうだけの、彼の生きた悲しい人生を調べて記憶しただけだ。
しかし、それでも何故かイデアは彼に興味を抱かざるを得なかった。
正直、親が怪人に殺されるというのはありふれた話だ。
だが何の“因果”か、彼はアンチヒーローとしての道を歩み始めた。その結末が果たしてどうなるか神のみぞ知ること。
「未来ね……私、不確定要素は嫌いなんだ」
未来、ひいては神。
彼女は幼い頃からそういったものを毛嫌いしてきた。なぜなら、神はいつでも残酷だから。
残酷なまでに平等を装い、吐き気を催すほどに公平を好むから。だから彼女は神を信じない。祈ることもしない。
「それにノア君、変身できちゃったよ?」
「あぁ、残念だがな。恐らく彼は───」
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