タネ明かし

「勝負といこうぜ、おっさん」


俺はその言葉とともに、全速力で駆け出した。上手く力が入らない左腕が少々邪魔だが、あっという間におっさんの間合いへ入り込む。


瞬間、おっさんの鋭い蹴りが顔面に飛来した。膝を曲げて辛うじて回避……が、いつの間にかおっさんの拳が頭上に叩き込まれようとしていた。

蹴りからの拳骨落としという、普通ではありえない攻撃速度。しかも、蹴りなら腰を回す、拳骨なら腕を振り上げるという予備動作が“一切ない”。


俺は避けきれず、その拳を頭に叩きつけられることになった。


「ッぐ!?」


トラックかと見紛うほどの衝撃インパクト。かろうじて歯を食いしばって耐えるが、チカチカと視界が明滅し、思考がなおざりになる。

そこへ再びおっさんの連打が降り注いだ。


「ァガッ!?」


背中、腰、首、顎、頬、耳、鼻の至る部位に痛みが押し寄せ、身体を守る骨がミシミシと限界を告げる。一撃一撃が失神しかねないほどの壮絶な痛み。


だがそれを、俺は耐えていた。

俺の望む瞬間が訪れるまで、俺はおっさんの連撃を全て受け止めていた。


「ほれほれほれ!威勢は口だけかね?」


俺とこのおっさんには、天と地ほどの差がある。それを埋めるためには、才能と努力が必要不可欠だ。しかし、それは一朝一夕で補完できるものでは無い。

なら、どうすれば俺はおっさんに勝てる?


それは頭脳だ。

俺は決して自分の頭が良いとは思えないし、テストでも平均の域を出ないくらいだ。運動神経も良い方ではあるかもしれないが、怪人と戦うヒーロー達と比べたら下の下の下。


では勝てない?───まさか。

弱点のない生き物なんて存在しない。


どんな強者でも、必ず弱点があるものだ。ならば、今俺が戦っているおっさんにも何かしらの弱点があるはず。

そして、その強者とは得てして───。


「残念だアンチヒーロー君。これで最後だよ」


───トドメをさす時に隙を見せる。


「あぁ、おっさんこそな」


ドパッ。


響いた銃声は、俺の右手から発せられた。

おっさんのラッシュを喰らってなお、手放さかったブランをゼロ距離でおっさんの土手っ腹に放つ。


「ぬうっ!?」


「ちっ」


その代償として、俺の左腕はほとんど機能しなくなった。おっさんの攻撃の囮にしたからだ。まだ指はギリギリ動かせなくないが、ほとんど力が入らない。

時間が経てば、もう使い物にならなくなるだろう。


まだ左手には使い道がある、決着を急がねぇとな。


「なぜ、私に銃弾を当てられた?」


ヨロヨロと後ろに下がりながら、信じられないという顔で問いかけるおっさん。その腹には浅くであるが、弾丸がめり込んでいた。

……やはり、俺の予測はあっていたらしい。


「おっさん。あんた、自分の行う動作を省略、もしくはゼロにする能力だろ?」


「ッ!そこまで見抜かれていたか」


動作を省略、ゼロにする能力。名前の通り、自身が動いた際に行っている動作の途中が省くものだろう。簡単に言えば、パンチをする時には腰を回して腕や拳を前に出す動作が必要だ。

だがこの能力は、パンチをする時に腰を回す過程、拳を押し出す過程を省いて、パンチしたという現象のみを引き起こす……そういうものだろう。


だから銃弾を避けた時も、避ける動作を省いたために速度が変わらなかったし、銃弾をすり抜けたように見えたに違いない。

動きが捉えられなかったのもしょうがない。何せほぼ瞬間移動のようなものだ。


そんなおっさんに攻撃を当てるというのは、普通不可能。

だが一見無敵に思えるこの能力も、弱点が存在する。


「疑問に思ってたんだ。なんで目に追えない速度なのに、パンチがこんなに軽いかってな。だから分かった。過程を省略するには限度があるんじゃねぇかってことによ」


遠くの距離からパンチを当てるには、駆け出す動作、走る動作、腕を振る動作、腰を捻る動作、腕を前に出す動作、と様々ある。

つまり、相手の元にたどり着くために走る動作を短縮したあと、そのまま相手を殴る動作を省略したのがさっきのおっさんの軽いパンチだ。


本当におっさんが全部の過程を省略できていたとしたら、走り出しから当てるまでの全てを丸々短縮すれば走った勢いが乗ったパンチが放てていた。

それがなかったということは、端折る過程に限度がある、または過程走る動作を省略して出した結果を、次の結果殴る動作に繋げる過程には出来ない。


そう結論づけた。


だから俺を殴った時に、おっさんは弾を避けられなかった。

殴る動作と避ける動作の同時使用が出来なかったからだ。


「はーはっは、流石だよアンチヒーロー君。君の観察眼は脱帽に値する。だが……君は満身創痍なのに比べて、私は軽傷だ。分かるかね、勝負はこれで終わりだよ」


「おいおい、待てよおっさん。勝負はまだ終わってねぇよ」


こちとらまだやる気満々だ。というより、ここらで終わらせておかないと俺にはもう打つ手がない。

俺は右手に持ったブランを構え、おっさんの脳天へ銃口を構えた。


「ふふふ、アンチヒーロー君ならそう言うと思っていたよ」


少し腹が抉れているのにも関わらず、おっさんは嬉しそうに笑う。やっぱり頭おかしいと思うわこの人。距離は数mほど離れているが、おっさんの能力を考えるにかなり近い距離感だ。


「さぁ、ラストダンスと洒落こもうぜおっさんッ!」


「あぁ喜んで!」


おっさんが駆け出す。次の瞬間には、もう目の前に来ていた。おっさんの次の動作は……殴り。俺はそれにギリギリで反応し、構えていたブランをおっさんの額に突きつけて引き金を引いた。


そして───チャキ、という軽い音。


「ちっ」


完全な空砲だ。


おっさんの目を見れば、ニヤリと嗤っている。俺が発射した弾は全部で十発。それを製作者であるおっさんが知らないはずがない。

つまり、弾切れであることを分かっていて俺に言わなかったということだ。


くそっ、万事休すか。


俺は空になったブランを片手に、迫い来るおっさんの拳に対して覚悟を決める───訳がねぇだろ!


(残念だったな、おっさん)


俺はほぼ動かなくなっている左手に力を込める。その指が握るのは、片割れのブラン。このブランも装填数が十発なら、俺は威嚇射撃を含めたとしても一発しか放っていない。


なら、残りは少なくとも九発残っている。もとより、右手のブランをブラフとして活用するつもりだった。

しかもおっさんは、この左手の存在を完全に認知していない。


あぁ、なんて都合がいいんだ。

今間違いなく、勝利の女神は俺に微笑もうとしている。


だがそこそこ距離が離れてるせいで、完全な有効打にはなり得なねぇ。

だから俺は、この純白なる気高き銃に願いを込めた。


なぁ、ブラン。

お前は俺みたいな糞ガキに力を貸すのが小癪かもしれないが、俺はおっさんに勝ちたいと思ってんだ。

お前もあんな変態おっさんの身体に自分の銃弾が届かないのはムカつくだろ。ゴム弾がなんだ、威力減衰がなんだ。


なぁ、見せてくれよ───お前のチカラッ!


「ぬぐぅっ!?」


願いを込めた弾が、おっさんの横腹を完全に貫く。

意識外から予測不可能な弾が飛んでくる、完全な【透明弾スルーバレット】。


「ははっ、願ってみるもんだな。ありがとう、ブラン」


ほんの一瞬、ほんの少しだが、ブランが俺の気持ちに呼応してくれた気がする。それをおっさんも感じ取ったのか、驚嘆と少しの恐れを孕んだ目で俺を凝視した。


「ま、まさか……ここでブランを手懐ける、とはね」


もう、左腕は使えない。

ブランを握ったまま左腕が固まったのだ。だからもし、おっさんがこれ以上戦おうとするなら俺の負けは必至。


けどこのおっさんなら、ブランを作り出したこのおっさんならそんなことはしないだろう。


「参ったよ、私の負けだ。何よりブランも君を認めている。譲る他無いね」


「あぁ、ありがとう。でも俺もおっさんのおかげで強くなれた気がする」


「そうかいそうかい。いやぁ、はは。まさか私を経験値にしちゃうだなんてね」


経験値……それにしては随分と強敵(敵では無いが)だったし、だいぶ命がけだったが。

それでも俺は勝てた。けど、おっさんもきっと本気じゃない。レッドと同格の圧力を出す人が、俺に負けるとは思えない。まだ隠し玉があると見るべきだ。慢心せずに努力するのを忘れないでおこう。

とはいえ、それでも勝てたのは奇跡だろう。今回のMVPは間違いなくブランコイツだ。


「しっかし、私は本当に倒されると思ってなかったよ。これでもそこそこ強いんだけどね?一体何者なんだね、君は」


「ふっ、忘れたのか?俺はアンチヒーローだぞ」


「……うむ、そうだったな!」


戦いが終わり、何故か気絶していたイデアを部屋の隅に右手だけで頑張って運んだ後、おっさんが怪我を治すという魔道具を取り出してくれた。


そのため、現在治癒中である。


手を治してもらいながら放った決め台詞は、なかなかに格好つかなかったことだけは、今後忘れることはないだろう。

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