勝算

対峙する俺とおっさん。

ピリついた空気の中、俺は新たな武器───ブランを構えた。

吸い付くようなグリップのしっくり感に、圧倒的な軽さ。


そして───破ッ!


という空間を抜き去る乾いた音が、銃口から発せられる。肩が反動でブレるが、かなり抑えられているようで撃ちやすい。

レッドと同等の気迫を放つおっさんでも、流石にこれには耐えられないだろう。


音速で放たれた弾丸は、確かにおっさんの胸元に命中した。流石に避けるだろうと思っていたのだが、おっさんは微動だにせず突っ立っているだけだ。


これで勝ち、そう確信していた。


「ふんっ!」


「っはぁ!?」


だが、その弾丸はおっさんを穿つことはなかった。

カキンッ、なんて冗談みたいな音が響いたかと思うと、無傷のおっさんがそこに佇んでいる。


いや、普通死ぬだろ!

何でピンピンしてんだよこの変態おっさん!?


「はーはっはっは!!流石はブランだ、威力が百分の一以下になるゴム弾でもかなり痛い!あぁ、痛い痛いぞぉ!!」


「気持ちよくなってる……?無敵じゃねぇかおい」


雄叫びをあげながら近付いてくるおっさん目掛け、もう片方の拳銃をぶっ放した……が、やはり弾かれてしまう。

どうやらこのおっさん、言動だけじゃなく身体も変態的らしい。


気のせいかイデアのおっさんを見つめる目がかなり険しい。めちゃくちゃドン引きしてる気がする。

対するおっさんはそんな冷ややかな視線をものともせず、楽しんでいるかのような笑みを零した。


強者の余裕ってやつか?


「これでも私はそこそこ強くてね!さて、私からも攻撃するとしようか。アンチヒーロー君には悪いが……一瞬だよ?」


悠々と歩み寄るおっさん。

次の攻撃に備え、ブランの照準をおっさんに向けた。


「っ、あぁ来いよ!真正面から打ち破って───」


その束の間だ。


「ほら、こんな風に」


ゴギュッ。


───ッ!?!?!?


「ね?」


「ガァァァアアアッ!?」


痛い痛い痛い痛い痛いくっそ痛てぇ!!!


あまりの痛みに、左手で握っていた片方のブランを床に落としてしまう。

だが俺には、落としてしまったブランを拾うことが出来ないのだ。


それは何故か。


その光景を視認した瞬間に、ありとあらゆる感情が交錯し目の前の現実を受け止めまいと否定したくなる。

なぜなら、“俺の左腕がひしゃげている”からだ。


全く反応出来なかった。

おっさんが動き出す瞬間までは見えていたのに、次の瞬間には攻撃が終わっていた。舐めて掛かっていたのは否定できないが、だとしても感じざるを得ない圧倒的な実力差。


「ほら、まだ立てるだろう?」


「ぐ、うっ……せぇ……ッ!」


コイツ、なにもんだ。

ただのおっさんじゃないのは確かだが、俺程度じゃ逆立ちしても敵わないという“差”がそこにあった。


とはいえ、ここではい降参ですという訳にはいかない。


強烈な痛みを放つ左腕を無視し、床に落ちたブランを腰元に提げた。現状使えるのは右手に握るブランのみ。身体能力に圧倒的な差がある以上、無策で突っ込むのは馬鹿だ。


カタカタ震える右手を抑え、照準を構えた。

武者震いの類いではない、本能的な恐怖から来る震えに近い。


そもそも俺は、敵から攻撃を貰う場面が少なかった。あるにはあるが、攻撃手段左腕を封じられるということはなかった。

だからこそ感じる、生物として当然の恐れ。


まさかそれを引き起こしたのが、怪人やヒーローでもないおっさんだとは普通思わないだろう。


「ははっ、一撃で死にかけるなんてなぁ……」


バックステップしておっさんから距離を離し、様子を伺う。攻撃が目に捉えられない以上、好きを伺って攻撃する他ない。

その攻撃も、俺の射撃能力とブランに掛かっている。


───頼むぞ、ブラン。


「ふむ、流石はアンチヒーロー君だ!腕が使い物にならなくても闘志を滾らせるその瞳……素晴らしい!」


「当たり、まえだ。まだ俺はれるぞ」


「くぅ、闘争心も万全と来たか。やはり君ならブランを使うのに相応しい。品定めは終わったし、怪我を治してあげようじゃないか」


手放しに俺を褒めつつ、手元にガラスに入った回復促進剤を持って近付いてくるおっさん。俺はそれ目掛け、弾丸を発射する。


ゴム弾とはいえ、破壊力のある銃弾に触れたガラスはパリンッと弾け、回復促進剤は床にぶち撒かれる。水溜まりのように広がる液体がおっさんの顔を写し、その相貌を明らかにした。


浮かべる顔は憤怒と戸惑い。


「……なんのつもりかね?」


「は、ははっ。なんのつもりか、だって?……まだ、勝負は終わってねぇってことだ」


回復させようとしてくれたおっさんには悪いが、俺は強くならなくちゃいけない。俺の隣にいる親友よりも、数多いる怪人よりも、目の前のおっさんよりも───レッドよりも。


戦場での敗北は必死死亡だが、これは戦場じゃない。

負けても問題はないが、どうせ負けるなら俺の経験値になってもらうまでだ。


「……正気かね。その身体で、一体どうやって私を倒すんだ?腕の痛みだってかなりのものだろう」


「だからどうした。俺は凡人だと自負してるがな、弱いまま生きていくのはごめんなんだよ。だからおっさん───あんたには踏み台になってもらう」


「若い。それでいて狂犬のようだな君は。これは今一度、評価を改める必要がありそうだ」


おっさんはやれやれと首を横に振りながら、ニヤリと微笑んだ笑った。そのまま戦闘態勢に入り、俺たちは互いの視線を交わす。


「悪い方向にか?」


いつ来てもいい。どうせ目で追えないんだから、おっさんが動くまで俺は待つしかない。

そしてその時は、案外早く訪れた。


「いいや───」


「ッ!」


反射的にブランを顔面の前に突き出し、頭を庇う、

その瞬間、右腕に走る絶大な衝撃。ブランを握る腕がメキメキと悲鳴をあげ、今にも砕けてしまいそうな攻撃。


「良い方向にだよ」


「そりゃどうもッ!!」


やはり見えない。

動き出しの瞬間から攻撃してくるまでの“過程”が、一切分からない。

となるとやはりこれは、超速移動ではなくもっと別の能力か?それとも俺の目に見えないほどの速度で攻撃している?


……いや、それないな。

自慢ではないが、俺は怪人との戦いを経てそこそこの速さなら難なく視認できる。そんな俺が視認できないとなると、ありえないほどの速度で突撃してきていることになる。


こんなに攻撃が訳が無い。

そんな速度で攻撃されていたら、俺の右腕は木っ端微塵に砕けきっていただろう。かなりの速さで動いていたとしたら、風圧も発しているはずだ。


それがない、ということは……。


「試してみる価値はあるか」


俺は後ろに下がり、その勢いのまま右手に持ったブランを連射した。それぞれおっさんを囲うように放った弾数は8発。

普通ならこれくらい撃てば一発くらいは当たってもおかしくないが……おっさんは無傷のまま、俺を追ってきた。


まるで弾を“すり抜けた”ような速度。撃った弾丸の角度も、放った方向と変わっていない。つまり、攻撃を逸らして追ってきた訳では無い。


となると、考えうる中で残された選択肢は───。


「───ッ!?なるほどな、そういうことか!!」


全ての疑問が点と点で繋がり、一つの正解となっておっさんの能力を明白にする。

問題はこの能力をどうやって攻略するかだが……一つだけ、おっさんに攻撃を当てられるかもしれない瞬間が存在している。


別に攻撃を当てれば勝ちと言う訳では無いが、現時点でゴム弾を痛いで済ますおっさんを倒す方法が存在しない以上、俺の勝利条件はゴム弾を再び当てること。


勝てる可能性は低いが、ゼロではない。

なら、“俺が勝てない訳が無い”。


「私に勝てるかね、アンチヒーロー」


「勝負といこうぜ、おっさん」

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