変態おっさん
小さめな談話室のような部屋で、二人っきりの男女が互いに見つめ合っている。そこだけ切り取れば、なかなかにインモラルな雰囲気があるが……実際は違う。
「ふふふ、そう怖がらなくていいんだよ?もう一度言うけど、ここで着替えていた私が悪いんだから」
「……あぁ」
片方は罠に引っかかった憐れな羊。もう片方は、その羊をどう料理しようか考えている狼だ。
下手に返事すればより深みにハマりかねない。
だから、俺の発した絞りカスのような返事は決してビビっている訳では無い。曖昧な返事を返しているだけだ。
そう、ビビってる訳では決してないのである。
俺の事を覗き見ているであろう瞳から視線を逸らす。だというのにイデアは俺の服の下に手を入れ、臍の当たりをクルクルと撫で回し始めた。
「な、なにすんだよ!?」
「もー、ガチガチになりすぎてるゾ?取り敢えず今から君の武器を見繕うから、リラックスして?」
「なっ、で、出来るかばぁーかッ!!」
そう吐き捨てて、俺は一目散にイデアから離れた。
油断も隙もあったもんじゃない。
だがイデアはそんな俺を見てくすくすと笑うと、冗談だよと悪戯げに笑った。どうやら揶揄われただけらしい。
「ふふ、思った通りね。やっぱりノア君は弄りがいがあるよ」
「……俺を弄るのが目的ならもう帰るぞ」
「帰れないくせに強がっちゃって……まぁいいよ。今日態々来て貰ったのは、君に合う武器を見繕おうと思ってね?特に遠距離武器とか、君がただの一般人なら必須級のモノだ」
遠距離武器と言われ、自分の拳銃を取り出す。
買ったばかりとはいえ、ケプラー戦でスペック以上の働きをして貰ったせいか、所々に傷が目立つ。
手入れはしているつもりだが、買い換えないと暴発しかねないだろう。
「確かに、怪人と戦う上で距離が重要なのは身に染みてる。遠距離で牽制しつつ、近距離で攻め入るなんて事も出来るしな。ただ牽制になるのは、その遠距離武器が実際に自身に害を及ぼす可能性がある、と判断している攻撃だけ。威力が低いせいで害を与えることが出来なかったら、それは牽制足りえない」
「……つまり?」
「俺の拳銃じゃ牽制にすらならない可能性があるってことだ。だから厚かましいと思うが、俺に協力して欲しい」
元々攻撃力の不足はどうにかしようとしていた。
その問題がここで解決出来るのは、かなりありがたい。
俺はイデアのヴェールに包まれた顔を見詰めながら、互いに静止すること数秒。
「───アーハッハッ!いいねいいねその顔!それじゃあ今から武器を見に行こう!お返しに出来る限りの協力はして貰うからねっ!」
「っうお!?お、おい!引っ張るなよ!」
「やっぱり君は面白い少年ね!アーハッハッ!」
大口を開けて笑いながら、俺の手を強く引っ張って先に進むイデア。閉まっていたドアらしきモノを開けると、地下街のように複雑に入り組んだ道やドアやらが並んでいる。
その中でも一際大きなドアの正面まで辿り着いた。
イデアがドアの前に手を翳す……すると、鉄と鉄が擦れる音を響かせながら、徐々に開いていく。
「ほら、早く入って」
得意げな顔をしたイデアに連れられながら、ドアの奥へと歩いていく。道すがらにも数々の扉があった。
ドアの上にどんな部屋かすら書かれてないのに、迷いなく進めるイデアに驚くべきか、それとも不親切すぎると憤ればいいか分からない。それほどの数があった。
やがて、一つの小さな扉の前に立ち止まった。
「ここに君の望む武器があるわ」
「……ここに?」
「そう、ここに。でもこの先には“認められし者”しか入れない。まずはノア君から入るといいわ」
認められし者……いったい何を認められた者なのだろうか?
そんな疑問を抱えながら、恐る恐る扉を開ける。長いこと開けていないのか、ギィギィと引き摺る音をたてながら扉が開かれていった。
果たしてその先には───
「クンカクンカクンカクンカ!!ハァッ、ハァッ、いい匂いだなァ!!!!ンァァァ!!!とてもいい香りだぁ!!!しかもこの滑らかさ!曲線!肌触り!色合い!どこをとっても百点だァ!!」
───バタン。
「俺、ちょっと体調悪いから帰るわ」
何か気持ちの悪い半裸の変態が、白い銃片手に気持ちの悪い行動をしていたような気がするが気のせいだろう。
ともかく、何故か頭痛と腹痛が酷くなった気がするから、俺は今すぐ帰るべきだ。間違いなく。
「……あぁ、わ、わかったわ」
しどろもどろになっているイデアを横目に、閉めた扉が二度と開かないように祈りながら、俺は踵を返して帰ろうとした。
その時だ。
「ちょっと待ったァァァ!!!!」
「うおっ!?」
凄まじい爆音がしたと思ったら、
瞬間、眼前に迫る筋肉の暴力。
そのあまりの肌の露出の高さとおっさんの迫力に吐き気が込み上げてくる。
「待ってたよォォ!キミがアンチヒーロォくんだね!!?」
「そ、そうだ。俺がアンチヒーローだけど……」
「やっぱぁりぃ!連れてきてくれてありがとうイデアくん!ほら、早速中に案内しよう!」
「彼はまだ若いから、お手柔らかにしてあげて欲しいな……なんて」
待ってたというおっさんだが、舞ってたの方が正しいくらいの荒ぶりようだった気がする……とはいえ、中に入れるということはどうやらこの先にある俺の武器を拝むことが出来そうだ。
俺の後ろに立っていたイデアはこのおっさんのことが苦手なようで、終始苦笑いを浮かべている。
「ここにある全て物は、恥ずかしながら私が作成したものでね。作り出したら止まらないんだけど、人にあげられるほど上手く出来ていると思わないし、ここに飾ってるんだ」
おっさんに案内されながら中へ進むと、どうやら周りにはそのおっさんの作品らしき剣やら銃やらが所狭しと並んでいる。
素人目だが、このおっさんがかなり謙遜していると分かるほど精巧に作られていた。
「ノア君、彼の話はあまり聞かない方がいい。見てわかる通り、並の武器職人が腰を抜かしちゃうくらいに出来がいい物ばかり作っているんだけど、彼は自身を過小評価してしまう癖があるの」
「なるほどな……通りで」
イデアがこっそり耳打ちしてくれたが、どうやらかなりの技術を持った武器職人のようだ。
一見ただの変態にしか見えないが、露出した上半身から作られたその武器はかなりの性能を誇っていそうである。
「ところで、俺の武器ってなんだ?」
「はは、アンチヒーローくんはせっかちだね。だけど気になるのも分かるよ……今すぐお見せするから、そこで武器でも眺めながら待っていてくれ」
ふと気になった視線を投げかければ、おっさんは朗らかな笑みを浮かべながら俺たちを置いて先へ進んだ。
イデアの話しぶりからするに俺の新しい武器は遠距離武器、つまり銃や弓の類だろう。だが弓やボウガン、
「ん、この剣凄い!きっと売ったら3000はくだらないわ……いや、こっちの小銃何かは5000くらいはいきそうね」
「……え、そんなするのか?」
「うん。私の目利きが正しければ、ね。でもあながち間違ってないと思うケド」
3000や5000という数字。もちろん3000円ではなく3000万ということだろう。かなりの性能がありそうだと言ったが、どうやら俺が思っていた以上に凄い人らしい。
だがそれくらいの職人なら、きっと有名になってるはず……。
「気になってるね、彼のこと」
「そりゃあな。だってそんな値段のする武器を生み出せるって相当な技術者だろ?……名前は知らないのか?」
「もちろん知ってるよ。けど私は言えない」
すました顔で告げるイデア。
「……なるほど、追加料金か」
「正解!さて、知りたい?」
「いいや、幾ら取られるか分かったもんじゃねぇしな。それに俺には他人のプライベートを覗き見するような趣味はない」
「あら、それは残念だ」
イデアは情報に関して、並々ならぬ拘りがある。だからこそ情報屋がここまで大きな組織になっているのだろうが、逆にこういう態度をとってくれた方が分かりやすい。信用も出来る。
おどけた態度からは想像出来ないけどな。
暫く壁に飾られている武器を眺めていると、コロコロと車輪を転がす音ともに荷台が運ばれてきた。
「待たせてしまって済まない」
申し訳ない、と告げるおっさん。
荷台の上に薄い半透明なガラスの箱があり、空間がピリつくような感触が感じ取れた。
間違いなく、箱の中身の武器はヤバい。
そう確信できる程だ。
「ふむ、これがかの有名な彼の……」
「すげぇ迫力だ……」
「はっはっはっ!そうだろうそうだろう!だが、驚くにはまだ早いぞアンチヒーロー君」
そう言っておっさんはガラスの箱に手を載せる。
一見すると何でもないガラスの箱だが、指紋認証のような機構が表示され、瞬く間にガラスの箱が変形する。
《───認証中。DNA情報を基に検査します───確認しました。
自動音声が流れ、変形するガラスの箱が徐々に消えていく。
時間にすると約数秒だが、その箱に包まれていた武器の正体が明らかになった。
「これが私の最高傑作。双つで一つの二丁拳銃───“ブランだ”」
目に入ったのは、白を基調とした細かい彩色がされている二つの拳銃。どちらとも殆ど一緒の模様だが、左右対称になっているようだ。
武器というのは武骨なものだったりするが、この拳銃は一種の芸術に感じてしまうほど秀麗で華麗なデザインで、思わずじっくりと眺めてしまう。
「手に取って確かめてくれ」
「あ、あぁ……」
恐る恐る取り出してみる。
重さはさほど感じないが、手にしっくりとくるサイズ感だ。これなら動く時にも邪魔にならず、激しい戦闘時にも主力級の活躍をしてくれるだろう。
「どうかね?イデア君から渡された情報を基に設計したものだが、君の琴線に触れるか分からなくてね。まぁ、情報が詳細すぎて設計を間違えるなんてことはないと思うがね?」
「あっ、ちょちょ!それは秘密にしてって私言ったよね!?」
「む?あぁそうか、忘れてしまっていた!あーはっはっは!」
「っく、これだから秘密を守らない人間は!……ッまぁいい、ノア君の武器を作ってくれたんだから、今回は免除してあげるよ」
やいのやいの騒ぐ二人だが、気にしていられない。
なぜなら俺は今!とてつもなく!この銃で!腕試しがしたいからである。
正直俺は、さっきのおっさんの変態的な言動に一ミリも共感出来なかった。だが今ならわかる。
男はやっぱり、こういうクソかっこいい武器を見ると興奮してしまうんだと!
「ありがとうおっさん!!これでまた俺は、怪人を倒すことが出来る!!」
興奮冷めやらぬまま、おっさんに感謝を告げた。
日頃のトレーニングやら体術を鍛えても、やはり俺はヒーローではなくただの一般人。攻撃力や基本的な身体能力には不安が残る。
しかしこの銃は───“ブラン”はそれを解決してくれるのだ。
「はっはっは、良いんだよアンチヒーロー君。それで怪人を一人でも多く倒してくれれば、私も鼻が高い。だからお代も結構だ」
「い、いいのか!?こんな凄そうな武器を
「あぁもちろん。でもね、その武器を使う上で一つだけ条件があるんだ」
やはり、何か条件が必要らしい。
無料ということはお金関係では無いだろうし、怪人関連のことだろうか?
数多に浮上する条件について考える。
「それは飼い主を求めているんだ」
「飼い主?」
「そう、飼い主だ。私が作った銃は言わば忠犬のようなもの。飼い主の命令を忠実に遂行し、飼い主以外の命令に従わない。だが、そうするためには使える主がいなければならない」
ということは、俺にはその飼い主になって欲しいという事だろうか?
だがおっさんには違う目論見があるように見える。
「……つまり?」
「力で屈服させないといけないんだ。だからその為にもね───」
「ッ!まさか!」
イデアがなにかに気づいた表情とともに、俺とおっさんの間に入ろうとしてきた。
だが、時すでに遅し。
背筋が凍る感覚。
そして、息をするのも躊躇ってしまうような重圧がおっさんから発せられる。俺は一度、似たような感覚に襲われた。
そう、この感覚はまるで───
「私と、戦ってもらおうか」
───俺の憧れたトップヒーローと対峙した時のような。
「っはは、マジかよおい」
ただの変態でめちゃくちゃ武器を作るのが上手いおっさんだと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
武者震いでカタカタ震える身体を引き締め、おっさんを見据える。
イデアの反応とこの気迫からして間違いない。
「負けらんねぇな」
このおっさん、只者じゃねぇ。
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