イデアの独白
「まさかノアくんが……いえ、アンチヒーローがここまで叩かれるとはね」
そう呟くのは、【
現在イデアは、彼女専用のコンピュータールームにて情報の統制を行っていた。その情報というのはイデアが口にした通り、アンチヒーローの活動内容だ。
中学生にしてあのケプラーを倒し、更には未発見だった新種の怪人ゴルギスを打ち倒した。後に超音波怪人と分類され、体内解剖により未だに成長途中であることが分かっている。
“情報屋内”では怪人の強力さを分類するために0~5のカテゴリーで分けられているが、ケプラーやゴルギスは単体ならば2の上位程はある。いや、ゴルギスに至っては成長していれば3に分類されるかもしれない。
2というと脅威度が低いようにも見えるかもしれないが、3が個人で対応しうる最大レベルだ。4、5になってくると国家が絡んでくる程度になり、もはやその怪人は災害というより天災に位置づけられる。
唯一レッドだけが単身でカテゴリー5の怪人を過去に倒した実績があるが、あのヒーローは例外だ。
つまりカテゴリー2というのは誇張でもなんでもなく、怪人でもかなり強い部類に入る。
そして今回、アンチヒーローが倒した『剛殼怪人』“ルギガム”はカテゴリー1の中位程だが、並の攻撃を寄せ付けない頑強な装甲に頭が回るずる賢さも備えているため、ヒーロー単独だと手こずる相手だ。
それをアンチヒーローは単独で易々と倒して見せた。少女を抱えても余裕の態度を崩さず、終始優勢だったと被害者たちは告げていた。
「怪人を倒したのに生存者を救わなかったからってデマを流す不届き者もいるし、ほんとヒーローって稼げないわね」
ほうっとため息を吐いて、情報屋独自のパソコンに向かって何かを打ち込む。イデアがしている作業は、アンチヒーローに関する
そうすることで情報の混乱を防ぎ、アンチヒーローとしての価値を下げないように奮闘しているのだ。
本来ならばこのようなことは、彼女本人がするべきでは無い。
だがイデアは、ノアの精神状態を憂いていた。もし彼が心無い言葉に耳を傾けて、精神を病んでしまったら。
もし彼が世の中の理不尽さに打ちのめされて、立ち直れなくなってしまったら。
その程度でヒーローを出来ないのならヒーローを辞めるべきだろうが、少なくとも自分に出来ることはやってあげるべきだろう、そう思っていた。
アンチヒーローは、ヒーローである前に中学生の少年だ。イデアから彼の精神は、意外に脆いように感じる。頼るべき親や家族がおらず、強い言葉で誤魔化して怪人に立ち向かう。
彼が妙に大人ぶっているのもきっとそのせいだ。
「……嫌な世の中だよ。自分より遥かに年下の中学生の子供が怪人を倒しているのに、大人の私達は傍観して、なおかつ感謝どころか罵声を浴びせている。かく言う私も、こうやって後ろからフォローすることしか出来ない」
酷い大人だ、とイデアは自身を嘲った。
「ノア君は確かに対応を間違えた。あの後は救助して、事実聴取に協力するべきだった。でもノア君を知る私からすれば、自分のせいで被害者が増えた。しかも自分と同じく両親が死んだ……となれば、事情聴取なんで受けたいはずがない」
ヒーローとはいつの時代も孤独だ。
例え被害者を救っても当然だと言われるし、救えなければ罵られる。それ故にヒーローは一切のミスすら許されず、完全無欠な姿を市民に見せなければいけない。
「ほんと、腐った世界だよ。ヒーローは英雄であって
とはいえ彼の正体を知る者は現状イデアしかいない。勿論、部下にも顧客にもその情報は教えていない。
そして今後も、如何なる客にも売ることはないし大金を積まれようが教えるつもりは無い。
これは、イデアなりのアンチヒーローへの罪滅ぼしだからだ。
「そういえばノア君、ちゃんとあの少女のお世話出来てるかな?」
先の事件の被害者である拾った孤児の少女は、イデアが預かるという線があったのをノア自身が説得し、結局イデアが折れて彼が預かることになった。
「俺が間に合わなかったから」と困ったように笑って、土下座をする勢いで頼み込まれたら頷くしかないだろう。
───しかし、だ。
この少女『汐留 渚』に関して調べたところ、明らかにおかしな点があった。
「まさか戸籍が見つからない、なんてね」
日本だけではなく外国まで広く調べたが、この少女と合致する情報は“一切ない”。気になって親の方も調べようとしたが、少女は親の名前がわからないという。
そして極めつけは、DNA鑑定。
特定するために三度試したが、少女の持つDNAは現代において存在しなかった。
「一体彼女は何者なんだろうね」
危険ならば彼に知らさねばならない。何ならノアから無理やり取り上げて、手元で保護と観察するべきだ。
だが……彼はそれを許さないだろう。
「……いつの間にか、見事に絆されちゃった」
数日前までは、アンチヒーローのことを少し馬鹿にしていたというのに、今にして思えば実に愚かだ。
彼は生まれも育ちも一般であり、両親が死ぬまでの遍歴は実に普通の家族だった。そんな子が現在のヒーローを憂い、否定するなどと宣った時は思わず笑ってしまったほどだ。
馬鹿な子供が現れたと。
ヒーロー以外が怪人を殺せるわけが無いと。
だがそれは見事に覆り、彼は怪人を打破して見せた。期待していなかったのに、想像以上の活躍を彼は成し遂げたのだ。
故に悔やむ。
もしあの時に、彼にヒーロースーツを着用するように言っていれば。
もしあの時に、彼にヒーローを辞めるように言えば。
「無謀な少年だからと教えなかったのが、私の悪いところだね」
ヒーローというのは、ヒーロースーツを身に付けるものだ。それは例外なく、全てのヒーローが“義務化”されている。
それは何故か?
表向きにはヒーローときちんと識別出来るように、ということになっている。だが、本来の目的は違う。
とはいえそれを教えたところで、今更ヒーロースーツを着ようがもう彼の結末は決まっている。
「きっとノア君の未来は───
───
「ぬぅ!ふん!ふぉ!ぐぁ!ぎぃ!」
「がんばれがんばれお兄ちゃん!」
とある一軒家に響くのは、息のくぐもった唸り声。それもそのはず、片手で腕たせ伏せをしているノアの上に、渚が馬乗りになっているからだ。とうの本人は実に楽しそうだが、ノアに至っては100回を超えた辺りから死にそうになっていた。
「の、ノアって結構……いい身体してるんだね……?」
そんなノアを眺めて危うい雰囲気を放っているのはリオだ。
目を輝かせて触りたそうにしているが、ノアはたまったもんじゃないとばかりに吐き捨てた。
「視線がキモイからやめろよリオ!ただでさえ“重い”のに力が出なくなるだろうが!」
「っ、私重くないもん!」
「……すまん」
そして渚に怒られてシュンとするのである。
だが実際に渚は見た目以上に重い。ざっくり言うなら、ノアと殆ど体重が変わらないのだ。
とはいえ今更重いから退いてくれ、なんてダサいことを言えるはずがない。折角だから筋トレを手伝って貰おうと渚に頼んだノアが悪いため、仕方なくそのまま筋トレを続けることにした。
「あーあ、ライバルだと思ってたんだけどなぁ……」
「ぐっ、こなくそぉ!!!」
リオに煽られてスピードを上げるノアだったが、すぐに失速し元のゆったりとした動きに戻る。
既にヘトヘトに見えるが、この後まだ腹筋や足腰などの筋トレに加えてランニングも控えている。だが一切の妥協を許さないノアは、何時間かかろうとも止めることはないだろう。
速く、強く、そして強靭な肉体を手に入れるために、ヒーローでは無い一般人がただの特訓で強くなれるわけがない。むしろこれでもまだ少ないくらいだとノアは考えている。
何せレッド達が『鋼鉄怪人』“ヴルスト”と戦うまで残り5日しかないのだから。
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