後始末

「ふぅ、これで二体目か……」


巨体を地に落とし、核が破壊されたことにより死んだゴルギスを見下ろしながら、近くの机だった木片に座り込んで先ほどの戦闘を思い返す。

かなりの激闘だったが、何とか倒すことが出来た。


(けど、アイツの様子からして……)


ゴルギスと名乗る怪人は恐らくだが、まだ発生したばかりの怪人だと思う。これは、今まで聞いたことどころか、情報屋のデータベースにもなかったことからの推測だが、あながち間違いではないと感じた。


奴は強かった。確かに強かったが……ただそれだけだ。

超音波なんだから、もっと強い攻撃を撃てたはずだ。だがそれをしなかった……否、出来なかった。

俺に追い詰められている時も、あの不可侵の攻撃を放てば逆転は有り得たはずなのに、それもしなかった。


怒りによって我を忘れていたというのもあるだろうが、そもそも経験が足りていなかったように思う。ケプラーですら、怒りに身を任せていて尚、俺を殺せるだろう攻撃を放っていた。


そして同じように、俺はそのケプラーを単身で下した。

たった一回だが、その一回は確かな“差”として存在する。


……まぁつまり、ゴルギスが経験を積んでいて、かつ冷静だったら俺は勝てていなかったよねっていう話だ。


「たった数体怪人を倒したくらいでいい気になるなってことだな……」


レッド達のようなトップヒーロー達は、これと比べものにならない程の敵と戦っている。俺が勝てているのは、本当にたまたま運が良かっただけだ。

ケプラーは大人数を倒すことに向いていたが一対一には弱く、ゴルギスは経験を積んでいない新生怪人。


このくらいではアンチヒーローを名乗るにはまだ程遠い。

俺の目指す目標は、レッド達と“ルグラン”が団結しないと倒せないという敵───『鉄鋼怪人』“ヴルスト”を誰よりも先に倒すこと。


情報屋によると、奴の防御は鉄鋼のように堅く頑強で、その攻撃は如何なるものを粉々に打ち砕いてしまうらしい。

ヴルストの出現によって、その周辺の住民全員が総避難。数多のヒーローを投入するも、生きて帰ったのはたった数名だけ。

そしてその生きて帰った者も、自身の強さを知らしめるためだけに帰らせたらしい。


聞けば聞くほど、今の自分じゃ逆立ちしても勝てない敵だ。だがそんな敵に俺は立ち向かわなければならない。


今から一週間後にレッド達は万全の準備を整えてヴルストと戦うらしい。それはつまり、残された期限は残り六日であることを示す。はっきりいって無謀だ。


とはいえ───。


「ハッ、無謀なほど燃えるなぁ!」


諦める気はサラサラない。

俺はもう一度そう心に違うと、黒色の血に染ったナイフをゴルギスの核から引き抜いた。


だがあんなに硬い核に突き刺したんだから、もう使い物にはならないだろう。そう思ってふとナイフを見ると……なんと無事だった。


「はぁ?」


驚きで思わず声を漏らすも、黒いナイフをしばし観察する。

吸い込まれそうになる黒の刀身は光を飲み込み、鈍色に輝いている。刃先は鋭さを失っておらず、刃毀れも一切ない。


……というより、前よりもっと鋭くなっている?


好奇心で、試しにナイフの刀身を指先には這わせると───スッ、と何事もなく切れた。

そして驚いたことに、指先から溢れた血がナイフに吸収されるように消えていく。


「……怪人の血を浴びたせいで何かおかしくなってないか、これ」


思い返して見れば、核を探す時にゴルギスを何度も突き刺した時、ほとんど何の抵抗もなく切れていた。

最初にゴルギスの腕を抉った時とあの時とで、感触がまるで違ったのだ。

まるで柔らかいパンに包丁突き刺しているようで、核を突き刺した時も多少抵抗はあったものの、結局核を穿つことが出来た。


改めて言うが、ただのナイフにここまでの切れ味は無い。


「これは安易に使えないな。けど、怪人に対する有効打になるかもしれねぇし……良い収穫だと思っとくか」


もしかしたら『鉄鋼怪人』“ヴルスト”の肌に傷をつけられる可能性もある。今後このナイフが必要になってくるのは間違いないだろう。


俺ら黒い刀身に少し魅力されつつも、腰に治しす。今後の長い道のりのことを考えてしまい、「はぁ」と少しため息を吐いた。


その直後───。


「ノアぁぁぁー〜!!!」


「おぶぐぇっ!?」


車に衝突されてしまったのではと錯覚する程の衝撃が、俺を襲う。ゴルギスの一撃でもここまで重くなかった。

肺の中の息が居場所を失い、自転車のタイヤがパンクするように口から漏れた。


あまりの衝撃に視界が眩み、思考がブラックアウトする。


「良かったぁ〜〜!!無事だったんだね!?」


「……」


「ノア?どうしたの?」


「……」


「ノ、ノアァァァーーーーッ!?」


───


「酷い目にあった……」


「ご、ごめんね?ノアが生きてると思ったらつい……てへ?」


「ぶん殴るぞ」


時刻は既に夜。

ヴルストを倒して油断していた俺は、背後から来るリオの存在に気付かずに接近を許してそのまま突っ込まれて気絶し、学校の医務室に運ばれたようだ。ベッドの上で安静にするように言われたが、大人しくするのが苦手は俺からすればかなり苦痛だ。

肝心の被害者だがどうやら俺以外にいなかったようで、警察達も被害が少なくてよかったと安堵していた。


しかしリオの通報を受けて遅れてやって来たヒーローは、教室のど真ん中で骸になっている怪人と、気絶している俺の近くで泣き崩れるリオを見て既に犠牲者が出たかと諦めていたらしい。勝手に殺すな。


それと、警察とヒーローからの事情聴取が凄くめんどくさかった。

通報を受けたヒーローから見れば、怪人がど真ん中で倒れているのにも関わらず倒したと見られる他のヒーローは見当たらない。

気絶している俺が倒したと思うはずがないので、必然的に誰が倒したか追求されるわけだ。


「アンチヒーローと名乗る少年が、俺の命を救ってくれたんです!」


と主演男優賞を狙える俺の名演技で、半信半疑だが一応は納得してくれた。


「なんかキモイ……」


何故かリオには不評だった。

だがまぁ結果は上々だろう。結果的に俺が怪人を倒したことは知られずにアンチヒーローの名を売ることができ、近接戦闘も実践を経てかなりいい経験が出来た。

更には、黒いナイフという思わぬ収穫もある。


ただ……遠距離武器がなぁ。

俺の持つ武器は拳銃とナイフだけだが、怪人の硬い皮膚を貫けるナイフと違って、拳銃は普通の性能でしかない。


幸い核を貫くことは出来るが、核の場所が分からない怪人の場合は近接戦闘に持ち込まなければならない。

だからせめて、怪人の体を貫通出来るレベルの銃が欲しいところだが……そういう銃は大抵“重い”。速さが重要な怪人との戦闘において、俊敏性が確保されないのはかなり危険だ。


(まだまだ課題は沢山あるな。まぁ、逆に言えば伸び代があるってことだと思っておこう)


俺にはヒーローのような“特殊能力”がないから、地道に努力しつつ武器を揃えないと、これから続く怪人との戦いに勝つことはできない。

そもそもヒーローの能力自体デタラメだから、まともに戦ってちゃ勝てるわけがないからな。


例えばトップヒーローで有名なレッドは───。


「ねぇノア!また考え事してるでしょ?」


「ん?あぁわりぃ。リオをどうやって越えようか考えてた」


危ない。思考を巡らせすぎると周りのことが目に入らなくなるな。

戦闘中にも同じことが起きないように注意しよう。


「ッ、き、君に越えられる訳にはいかないからね!当分越えられるつもりは無いよ」


「なに照れてんだよ……」


「照れてないし!てか僕の話聞いてた?」


「……あー、すまん分からん」


「もー!」


頬を膨らませて怒るリオの顔を眺めながら、これからの事に思いを馳せた。ヴルストに挑むまでに準備を整えて、早く強くならなければいけない。

弾の命中率をあげないと話にならないしな。近くにリオっていうお手本がいなかったら絶望していたところだ。


「僕、心配したんだよ?ノアが大怪我してないか、死にかけてないか───死んでないか」


「……あぁ、悪かった。でも俺は今、生きてる」


不安げな顔をしたリオが、俺に瞳を間近に見つめながらため息を吐くように呟いた。いつも明るいリオが絶対に見せない表情で少したじろぎつつも、何とか見つめ返して答える。


「うん。だから本当に安心した。でもね、これだけは約束して?───二度と、あんなことはしないでくれるって」


「……わ、わかったよ」


俺が死ぬと思っていたからか、リオの瞳から涙が溢れ落ちた。リオの特徴的な青い目から零れた涙はゆっくりと線を描き、泣かせてしまったことに対する罪悪感をより深く抉ってくるようだ。

とめどなく溢れる涙を必死に我慢しているようだが、火照った顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。


───こうなると俺は弱い。


素直に頷くと、約束だよ?とリオは満足気に微笑んだ。

怒られるよりも、こうして心配される方が心にくる。まぁ、一人で怪人を倒すために、半ば強引にリオを逃がした俺が悪いから言い訳のしようも無いしな。


「ん、なら良かった……本当に、死なないでくれて良かったよ。ノアがもし死んでたら、僕の唯一の友達がいなくなるところだったじゃないか」


「何言ってんだよ、お前なら友達は沢山作れるだろ?」


普段の態度で忘れがちだが、リオはかなりの美形だ。

男と女を超越しているというか、男と言われても女と言われても納得しそうな顔をしている。

火照った顔で朗らかな笑みを浮かべているだけで、美術館のトリを飾れそうである。お陰で俺と並んだ時の落差が……いや、これはよそう。


ともかく、顔がいいというのは絶対的なアドバンテージだ。しかもこんなに友達想いの性格なら、友達なんて四桁くらい普通にいけそうだ。


「もう、そういうことじゃないのに……」


少なくとも俺よりは友達を作れる……なんて自虐を含めて返したのだが、不満そうに頬を膨らませたリオは、更に顔を近づけてくる。

俺が仰向けに寝そべっているベッドの上に乗っかり、まるで覆い被さるように額と額を合わせると、リオは朗らかに微笑んだ。


小さな白い手が頬を擽り、俺の顔とリオの顔が向かい合う。


「僕は君がいいんだよ」


「……そ、そうか」


───近い。とてもとても近い。

互いの吐息が絡まり、もう少しリオがくっついてきたら唇に触れてしまいそうだ。


(いやいや待て待て!友達にしてもこの距離は近すぎるだろ。恋人でもあるまいに……)


「す、すまん。起き上がりたいから少し退いてくれないか?」


今のリオは恐らく、俺が死んでないことに安堵して少し暴走しているだけだ。だからきっと一旦距離を離せば落ち着いてくれるはず。

そんな願いを込めて距離を取ろうと提案したのだが……。


「何言ってるの、ダメだよ?」


ダメだった。無理矢理動けば距離は取れるだろうが、有無を言わさない眼差しで、触れ合いそうな距離感でじっと見つめてくる友達相手に進言できるほど度胸はない。

というか目に光が宿ってなくて、ぶっちゃけ怪人より恐ろしい。


なんだあの目、帰り道で見たら俺でも悲鳴あげるぞきっと。


「ねぇノア?友達でしょ、僕たち」


納得のいかない表情をしている俺が気に食わないようで、少し強めに俺の頬を擽りながらリオは畳み掛けてくる。

しかも胸の辺りをの字を描くように触ってくるし……あれ、もしかして俺リオと付き合ってる?


「そりゃあ友達だよ……友達だ、うん」


「じゃあいいじゃん」


「いや、良くねぇって!距離感バグってるだろ!?」


何だろう、この拗ねた彼女が甘えてきてる感。


───いや待て、リオは友達だ。なにアホな妄想してるんだ俺は。

これはリオを心配させた俺が悪いんだ、ならしっかりと友達として心配させた気持ちを受け止めないといけない……だけど。


「何言ってるの、友達同士なら当たり前だよ?」


「……そうなのか?」


「そうそう。なんならもっと近付くべきだと思うな」


何でもないかのように告げるその内容は、リオ以外友達のいない俺には真偽が分からない。しかしその“声”を聞いていると、本当にそうなんじゃないかと思えてくる。


そういえば、他のクラスの男子共も嬉しいことがあったりするとハグしてるもんな……もしかして友達の距離感っていうのは、リオの“言う通り”本当にこんなに近いのかもしれない。


というか、友達なのに“疑う”なんてことしていいのか?


「友達のことを信じてよ……ほら、今すぐ僕を抱き締めてごらん?」


リオの声が染み入るように脳内を支配する。その声に従うように、身体が勝手に動く。


そうだ。俺達は友達なんだ。

ならこんな近くでハグしたところで、何もおかしく───。


「ノアくーん、遅れてごめんなさ……」


「「あ」」


リオの背中に手を回したところで、俺たちと向かい側にあるドアから医務室の先生が入ってきた。

当然目の当たりにするのはベッドの上で抱きしめ合ってる俺たち。


先生は俺たちを食い入るように見つめたあと、頬を赤くして再びドアに手をかけた。


「あ、あとはごゆっくりー……」


そして頬に手を当て、ニヤニヤといやらしい笑みを携えながら医務室を後にした。足早に走る先生のコツコツという足音が響き、残された俺たちは何ともいたたまれない思いで一杯である。


暫くの沈黙。


「……離れるか」


「……そうしよっか」


今更先生を呼び止める気力も湧かず、背中に回した手を離した俺は、リオと抱き合っていたことを先生が周りに広めないことを願った。

もし神様がいるとしたら俺は土下座でも何でもして、先生の見た記憶を消去してもらっていたかもしれない。


───リオの身体が思っていたよりも柔らかかったことは、俺だけが知る秘密である。

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