飢血
【
ここでは世界中のありとあらゆる情報が集い、そして管理されている。例えば軍の
大きなものから小さなものまで、お金を払えばその仔細を知れるのだ。
国からの許可を得ていない非政府組織だが、国からも一目を置かれている。なぜなら、国のトップの弱味を全て握られているから。
故に、この組織は巨大で強固だ。
「えぇ、この情報はケースGに回しといて。そっちのはファイル43ね」
パソコンに向かい合う数百名の組織員に指示を出しながら、その場を統括する妙齢の女性。しかしその顔は白のフェイスヴェールに覆われて覗くことは出来ない。
溌剌とした声は広大な組織内でも良く響き、彼女が只者でもないことを示している。
それもそのはず、彼女こそは【
名前以外のほぼ全てが謎に包まれた人物である。革製の艶かしい服を纏い、スリットの入ったスカートを着こなす。溢れ出んばかりの双丘が服を押し出し、これでもかとその存在を主張していた。
「さて、話題のアンチヒーロー君は……」
そんな彼女が今、かなり注目している人物がいる。
青年、というには若い少年。幼い頃に追ったトラウマが悪い方向にネジ曲がり、正義を否定するようになってしまった悲しき少年。
ファーストコンタクトはあちら側だった。情報屋の主な活動場所はダークウェブであり、何者かが侵入すると自動的に侵入したものの情報を抜き取るものになっているのだが、少年も例外なくダークウェブへ死を踏み入れた。
怪人のことを調べているようで、かなり必死な様子だった。
だから気になって、本当に気まぐれで連絡したのだ。
それが例の少年───アンチヒーローの出会いである。
「あら、ふふっ……また倒したのか。ペースが早いねぇ」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、情報探索用のデバイスでアンチヒーローに関する情報を物色する。その中で価値のありそうな情報を調べ、真偽を確認していく。
彼女達情報屋はプロだ。
金になりそうな情報があれば秘匿し、買い手に高値で売る。もちろん、その情報が有用であるほど、より値段は高くなる。
中でもアンチヒーローはかなりの金銭的価値が眠っていると、イデアは考えていた。
彼の詳細な情報……彼の好きな食べ物やタイプの女性、私生活を知りたがる買い手もいるくらいだ。そこまでマニアックなものでなくとも、彼が一体何者なのかを知りたい買い手は後を絶たない。
「詳しい情報はノアくんから聞こうかな。倒したのが新種の怪人なら、かなり情報的価値が高いからね……今頃ノアくんはベッドの上かな?ちょっと監視してみよ」
あくまでも彼とはビジネスライクな関係、だがノアくんと呼んでしまうほどイデアは密接に話し込んでいる。
何なら今どこで彼が何をしているか監視してしまうくらいには、アンチヒーローに傾倒していた。
「流石イデア局長だ……」
「あのアンチヒーローを誑し込むとは」
「アンチヒーローは中学生程の年齢らしいからな、イデア局長に夢中になってしまうのも仕方がないだろう」
周りは感嘆とした言葉を吐き出す。イデアがアンチヒーローに接触し、歳若い彼を誑し込んだと思っているからだ。
だが彼らは知らない、それが大きな勘違いであることに。
「───何してるのかなぁ、ノアくんは」
彼らは知らない。
監視カメラに映った
───
「ふんふふーん」
とある路地裏。誰も入らないような暗く狭い場所で、水溜まりをひたひたと裸足で歩く音が響く。やがて月の灯りが届く場所まで着くと、その人物の全貌が明らかになった。
ダボッとした白衣に、ピッタリ身体に張り付いている黒いボディスーツ。スタイルの良い肢体から、女であることが分かる。
右肩には槍と戦斧が融合したハルバードを担ぎ、左手からは何故か水が滴っていた。
「あぁほんと、楽しかったわぁ」
一人であるはずなのに、そう呟く女性。
傍から見れば、頭のおかしい気狂いに見えるだろう。
「ね、怪人さん?」
歩みを止め、愛おしそうな笑顔で“左手”に話しかける女性。一体何をしているのか、それは路地裏に月明かりが差し込み、より強く照らされることによって判明する。
まずは水溜まり。
ただの水溜まりだと思っていたそれは、黒色の液体をぶちまけたように真っ黒だった。水たまりが汚れている訳では無く、その液体自身が黒色のようだ。
そして左手。
何者かに話し掛けるようにして呟いていた彼女だが、よく見ればその左手がナニかを掴んでいることが分かる。
やや細長い楕円のような形をしたナニかはからは水が垂れ、地面に新たな水滴を刻んでいる。ぐちゃぐちゃになっていて判別が難しいが───まるで人の頭のような形状をしていた。
「ん?なにかしらコレ」
黒い血で濡れている路地裏。その脇に、大々的に書かれた新聞紙の文字が目に入った。好奇心が湧いたのか拾い上げ、汚れているのを気にせず読み出す。
「静電気怪人を倒した少年。その名は───『アンチヒーロー』」
名前を読み上げるや否や、左手に持っていたナニかを投げ捨ててもう一度舐め回すように、言葉を反芻した。
そこには先程まで浮かべていた愛おしそうな表情はなく、興奮と驚きで驚愕に染っていた。
「アンチヒーロー……そんな子もいるのね。興味が湧いて来ちゃったわ。もしかすればこの子なら、私と“お友達”になってくれるかも」
運命の人を見つけたように高鳴る心臓の鼓動を感じながら、彼女は悦びが籠った笑みを浮かべる。そして今度はハルバードに付着した黒い血を頬に擦り付けると、眼は潤み、頬は赤くなり、吐息が荒くなる。
「ぁあ、いつかこの子に会えるかしら……いや、会えるわね。私の“勘”がそう言ってるもの」
恍惚とした表情で彼女は歩み出す。黒い血に濡れた顔を拭うこともせずに、ただひたすら歩み続ける。
その足取りに迷いはなく、確かな確信を持って進んでいた。
「ねぇ、貴方の血の色はどんな色をしているのか───教えて?」
彼女の名前はヴェルディ。『
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