絶望と勝利
「
腰に提げたナイフを抜き、右足を強く踏み込んで怪人の懐へ飛び込む。戦闘において、大事なのは自身の間合いと相手の間合いを把握することだ。
しかしそれは、同じ大きさの相手と戦った時のみ。
こんな閉鎖的空間で、天井を削りながら俺の動きを追ってくるような奴相手に、間合いなんて言葉は存在しない。
当たるか、当たらないか、ただそれだけだ。
「はァッ!」
俺の胴体はあろうかという巨大な鎌が凄まじい速度で振り落とされた。が、かろうじてそれを避け、勢いそのまま鎌の根元を深々と穿つ。
ナイフを回し、血脈を抉る……が、感触が硬い。
鎌を覆う外骨格と、尋常ではない筋肉量のせいで上手くナイフが言うこと聞かないようだ。
『ヌッ、イタイイタイ。ダガ、イタクナイイタクナイ。ナカヤカヤルナ、オマエ』
「くそっ、どっちだよこの猪頭!」
俺のナイフの性能的に突き刺すのは可能でも斬ることはさほど得意じゃないから、少し長期戦になりそうだ。
(困ったな、他に通用しそうな手段は何がある?)
思考を急速に回転させ、鎌の一撃を転がることにより再び回避する。風を切るヒュっと言う音が、俺の生存本能を駆り立てた。
対する怪人は俺の脅威度を改めたのか、絶叫にも似た大きな雄叫びを上げた。
そして、落窪んだ黒い目で俺に話を降り出した。
『オマエ、ナマエハ?』
「……アンチヒーローだ」
『ホウ、オマエガ……ヨカロウ。ワタシノナマエハ、ゴルギス』
「ゴルギスねぇ、聞いた事ねぇってことは、やっぱり新種の怪人か……まぁいい。どうせお前は今ここで殺すんだ」
『フム、タオストイウノカ、コノワタシヲ。ナラバ───ココデコロシテヤロウ』
刹那、背筋を冷たいものが走る。
脳が反応するよりも先に、自身の危機感に従って“右”へ回避した。
そして、その判断はどうやら正しかったようだ。
「うっそだろ……」
呆然とする俺の視線の先には、左側から跡形もなくなり消滅した“教室”があった。否、なくなっていた。
外へ露出した部分を覗けば、殺伐とした教室とは正反対の青空が垣間見える。
……何をした?一体、ゴルギスと名乗る怪人はどんな攻撃をした?
もし自身の危機感に従わなければ、俺は今頃身体の半分側だけ残されて離婚していたかもしれない。
そんな凄まじい一撃だった。教室が消え去ったはずなのに、音すらしなかった。
『ツギハ、アテルゾ』
驚きと恐怖で動けない俺に、ゴルギスはさらなる絶望を突きつけた。
(あれがもう一度打てるのかッ!?)
ほぼ予備動作なしで、音もなく繰り出されるナニカ。
しかもいつ放たれるか分からない。
どう避ければいい?いつ放たれる?
そんな疑問が高速で頭の中を巡り続ける。
やがて辿り着くのは、敗北する自分の姿……負けるのか、俺は。
『サラバダ』
ゴルギスが俺を見据え、再び背筋を冷たいものが走る。
動こうにも恐怖心が身体を縛り付けて、強力な錠をされているように動けない。
このままでは確実に負けるだろう。
そして俺の目標は潰え、愚かにも怪人に単身挑んだ愚か者の烙印を押されて嘲笑されるのだ。
“炎戒怪人”ルグランにように、人を人と思わない嘲笑の声を浴びせられるのだ。
そう、ルグランのように……ッ!
「ッくそ!!」
そんな───
「わけがねぇだろ!」
ヒュンッ!とナイフを投擲し、ゴルギスの目玉らしき箇所を狙う。クルクル回転しながら宙を飛来するナイフは俺の狙い通り、ゴルギスの目玉に……深々と突き刺さった。
『ヌグッ!?』
「ングッッ!」
ゴルギスの呻き声と、俺の痛みを堪える声が反響した。
フラフラする身体を無理矢理立ち上がらせ、口から滴る血を拭う。
恐怖心で動けない身体を動かすために、舌を噛んだ“痛み”で恐怖心を上書きした。溢れ出る血と痛みで、頭が可笑しくなりそうだ。
(ちっ、しかも攻撃手段がねぇ……刺さってるナイフを取るしかないか)
かなり奥に刺さったようで、ゴルギスは痛みで動けていない。
狙うのなら今がチャンス……しかし一歩間違えれば、攻撃を喰らいかねない。
(けど、ここで臆してたら倒せるわけがねぇ!)
倒れた机の上に乗り、藻屑となった木片や金属片に足を取られないよう駆ける。ゴルギスとの距離は数メートル、しかし何十メートルも離れているのではと錯覚してしまうほど、奴との足取りは遠かった。
『グォォォ!!』
近付く俺を感知したのか、ゴルギスが勢い任せの鎌を振るう。
だが、今更そんな攻撃に当たるわけがない。
「ハッ、当たんねぇよぉ!」
制服が切られ、体の一部が露出する。
しかしその鎌が俺の皮膚に触れることは敵わない。
自分でも分からないが、ゴルギスの攻撃が遅くなったように感じるからだ。
決して自分の動きが早くなったわけではない。奴の攻撃だけがゆっくりに見えるようになった、ただそれだけだ。
「待たせたなぁ」
『ナ、ナゼ……ナゼサケラレル!?』
「さぁ……なっ!!」
鎌を避け続け、やがて突き刺さったナイフの目の前まで着いた。
ゴルギスは信じられないような眼差しを俺に向けるが、気にせずに刺さったナイフへ手を掛け、一気に“引き抜いた”。
『グァァ!?』
「ッ!?ぶねぇ!!」
痛みで絶叫をあげるゴルギス。
その口元から放たれた音が衝撃波となり、天井を突き破った。間一髪でギリギリ避けたものの、あのまま避けていなかったら当たっていただろう。
(……なるほどな。ゴルギスの攻撃は“音”か“衝撃波”か。けど、あの不可侵の一撃はもっと別物な気がする……そう、例えば───“超音波”)
超音波と聞いて思い出すのは、コウモリやイルカなどの生物。
彼らは自ら超音波を発し、敵や障害物から跳ね返ってきた反響音から自分との位置関係や大きさ、速度を把握することが出来るという。
ゴルギスも、痛みで俺が見えていないはずなのに的確に俺を攻撃してきていた。ナイフが刺さっていた箇所も、目かどうか判断することが難しいほど退化していて、こんな巨大な図体で目が発達していなければ戦闘どころでは無いはずだ。
だがそれが超音波による探知を可能にしているのならば説明がつく。
また超音波も探知だけでなく、攻撃に転じている種も現実に存在している。強力な超音波で敵を麻痺させ、動けなくさせているらしい。
ならば先ほどの不可侵の一撃も、強力な超音波によって物質を揺らし“自壊”させている、と考えれば自然だ。
音でも衝撃波でもなく超音波なら、聞こえることはないしな。
『ハァ、ハァ……オマエ、カナラズコロス』
「そんなボロボロで殺すって言われてもなぁ……“弱いものイジメ”になっちまうよ」
目を抑え、息も絶え絶えになりながら睨み付けてくるゴルギス。
俺は弱いもの、と奴を見つめ返して“嘲笑”した。
怪人は怒りに弱い、というのは俺の持論だが、プライドの高い奴らは煽られるという行為を非常に嫌っているらしい。
そして何よりも、自身が弱いものと定義されるのがお嫌いなようだ。
まぁ持論と言っても、殆どはイデアから教えて貰った情報だけどな。
俺の好きな食べ物と好きな女性のタイプを聞かれたため素直に話したら、お礼に無償で教えてもらったのだ。
そんな情報を何に使うのか少し怖いところだが……。
『ヨワイモノ、ダト?』
「他に誰がいるんだよ」
『……ソウカソウカ。ナラ───シネ』
やはり効果は覿面なようだ。
あとでイデアに感謝を伝えたいところだが、今はこの戦闘に集中しよう。
ゴルギスは今まで振るっていた大鎌の攻撃がお遊びだったのかと錯覚してしまうほどに、桁違いの速度で俺に迫る。風を切る甲高い音が耳のすぐ横から聞こえてくるのは、かなり恐怖心を煽られる。
バックステップの容量で後ろに下がって避けるが、やつの真下にあった机が粉微塵になっていく光景が恐ろしい。
『フンッ!』
「ッ!まじか!」
大鎌を警戒しながら様子を伺っていると、突如ゴルギスが突っ込んできた。速度に任せた突進だが、破壊力は凄まじい。
そしてその巨体からは想像も出来ないほどの速度で大鎌が飛来するのだから、避けるのは至難の業だろう。
絶対に避けきれない距離だ。
しかし何故だろう。徐々に、間近に迫る大鎌の攻撃が遅くなっていくように感じた。
スローモーションのように感じる程の速さで振るわれる大鎌が、首を引き裂かんと迫る。
俺はナイフを構え、鎌の軌道に沿うようにして───“弾いた”。
(おっっっっも……けど、弾けたぞ!)
そのまま、ナイフを返して奴の心臓部分に突き刺す。重すぎる鎌の一撃に手が痺れたが、その手を止めることは無い。
目測じゃ核の場所が分からない……だからどうした。
「ハァァァァアアアッ!!!!」
『グッォォォォ!?』
核の場所が分からないなら、探せばいいじゃない。
俺は突き刺したナイフを引き抜き、今度は違う場所に突き刺していく。
抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺し……あった。
ガチッ、とナイフを弾く程の堅牢な鉄のような硬さの核が、右肩付近に存在していた。
「ハッ、見つけたぞ!」
『サ、サセルカ!!』
口から黒色の血を吐き出しながら、ゴルギスが最後の抵抗とばかりに鎌を振るう。
やはり速度は驚異的で、奴の目の前にいる俺は避けれないだろう。
だから───すべて弾き返した。
ナイフを添え、弾き、受け流し、その全ての攻撃を無駄なモノにする。潰されそうになるほど重いが、ただそれだけだ。
『……オマ、エ……』
「お前の速度はもう慣れたよ」
やがて絶望と驚愕に染まるゴルギスは、攻撃の手を止めた。
頑強な大鎌は見るも無惨にボロボロになり、その先は“無くなっていた”。
俺が切ったからだ。
しかも構えているナイフは刃毀れどころか、ゴルギスの黒い血をその刀身に纏ってぬらぬらと光を反射している。
『オマエハ、イッタイナニモノダッ、?』
ゴルギスの俺を見つめる表情が、怒りから恐れに変わっていく。
かなり強い敵だった。もしかしたら今この表情を浮かべていたのは俺だったのかもしれない、そう思ってしまうほどだ。
だが、俺は負けるわけにはいかない。
なぜなら俺は───。
「俺は、アンチヒーローだ」
硬いナニカを穿った音と、ナニモノかの絶叫が教室から響く。
リオが教室に到着したのは、それからすぐの時だった。
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