敵襲来
世の中は理不尽だ。
頭が良い奴がいれば悪い奴もいる、運動神経が良い奴もいれば、からっきし出来ない奴もいる。
人は一長一短、どこかしらかでバランスが取られている。頭が良い奴は運動が苦手だったり、運動が得意な奴は勉強するのが得意じゃなかったりとかな。
だがまれに、そのバランスが崩れている者がいる。
例えば、運動も出来て、勉強も出来る上に顔が良くてお金持ち……みたいな奴の事だ。
しかも、大体こういうやつに限って生活が充実しているから余裕がある、つまり性格も良い。
だがしかし、現実にそういった完璧超人というのは存在しない。漫画やアニメの世界にしかいない、造られた存在だ───そう、思っていた時期が俺にもありました。
『きゃあーー!隼人くんこっち見てぇーー!!』
『かっこいい!モデルさんみたい!!』
『この前アイドル事務所にスカウトされたんだって!』
『あの顔で運動も出来て頭も良いのは凄いわ!』
女三人よれば姦しいというが、実際目にするとそれ以上の人数の女子達が一人のイケメンに群がる構図は、かなり迫力がある。
中心で蟻に群がられるお菓子のように祭り上げられている青年は、愛想笑いを浮かべながら否定した。
「ア、アハハ。照れるからやめてよ」
文武両道に容姿端麗、更には温厚篤実。しかも名家の御曹司ときた。
そんなまさに漫画やアニメに出てくる完璧人間が、俺のクラスに在席している。
ファンクラブの子達に取り囲まれ困り顔を浮かべている彼の名前は“
名実ともにこの学校で一番モテる男と言っても過言では無い。
「……何かオーラがちげぇわ」
かく言う俺は教室の隅で、その様子を眺めているだけ。
周りの男子達は悔しそうに顔を歪めているが、俺からすれば優希のようにモテすぎるのも大変だと思う。
朝登校してきていきなり女子たちに囲まれるのは、面倒なことこの上ないだろう。
怪人を倒すことで頭いっぱいの俺にはとても無理だ。
関わらないように机に突っ伏して時間が過ぎるのを待っていると……。
「おはよーノア!」
「ォブグァッ!?」
ドシーンという凄まじい音ともに、俺の体を吹き飛ばす何者が現れた。
その衝撃に息が止まり、肺が悲鳴をあげる。
「ぉまえ……すこ、しは手加減……し、ろ」
「え、あごめん。つい……てへ♡」
吹き飛ばしてきた奴に対して、息も絶え絶えになりながら抗議をする。
しかし当の本人は特に気にした様子はなく、舌を出しておちゃらけていた。
「ヴッ、吐き気がッ」
「もう一回吹き飛ばしてやろうか?」
「すんません」
催していた吐き気を抑え、素直に謝罪する。
吹き飛ばされた時に当たった箇所がまだ痛いのに、これ以上吹き飛ばされたらミンチになって死んでしまいそうだ。
まさかケプラー以上のダメージを受けるとは思っていなかったために、もしや目の前のコイツはケプラー以上の何かなのではないか?と思わず考えてしまった。
「改めて、おはようノア」
「あぁ、おはよう。けど吹っ飛ばされたのは許さねぇぞ“
「ごめんよぉ!!ほんっとーに反省してる」
「やなこった!」
「ねー!?」
やいのやいのと騒いで俺に掴みかかろうとするコイツの名前は
見た目は完全に女だが、れっきとした男だ……多分。
だが男用の制服着てるし、俺に対して妙に馴れ馴れしい辺り男なはずだ。
一度、男かどうか聞いてみようと思ったことがあったが、数少ない俺の友好関係にヒビが入りかねないと、結局聞けずにいる。
そんなこんな騒いでいると予鈴がなった。
優希に集まっていたファンクラブの女子たちも流石に帰り、一時間目の授業が始まる。
「げっ、一時間目から射撃かよ」
「うわぁ……僕もやだなぁ」
時間割を見ると、射撃の項目が目に入った。
怪人が現れる数十年前はなかった授業科目らしいが、今では立派な実技授業だ。
俺がケプラーと戦った時に銃を恐れず使用出来たのも、この授業で銃と触れ合っていた関係が大きい。
だが、俺はこの授業が嫌いだ。
「リオはいいだろ、射撃訓練でトップクラスの腕前持ってんだからよ。その点俺なんてフツーだフツー」
的中率五割。
可もなく不可もなく、本当にただただ普通の成績。
しかしリオは、的中率八割近いというかなりの腕前を誇っている。
「何故か得意なんだよねー……あ、良ければ僕が教えてあげようか?」
「ありがてぇけど遠慮する」
「なんで?」
「ライバルから教えられるのが一番ムカつくからだ」
そう言って、支給されている小型訓練用銃を手に取って射撃場へ歩き出す。実戦で使っていたものとは別物だが、小型訓練用と名乗っているだけあってかなり軽い。
「ッ、ふふん。そ、そう言うなら仕方ないなぁ!」
「うっせ」
「あいたっ!?もーー!」
ちょっと自慢げな顔をして後ろを歩くリオにデコピンし、射撃訓練場へと入った。訓練とはいえ実弾であるため、入口には取締ロボットが配置してある。
昔に訓練場で大暴れした生徒が居たらしく、かなり厳重な設備だ。
厳重な警備を抜けて適当な所に訓練用のセットを置くと、標的を示す人型が現れた。
対人形怪人を想定したものらしいが、過去の怪人には人型でないものも居たらしい。当時のヒーロー達の全勢力が挑んでようやく封印出来たレベルの強敵だという。
そして今回、レッド達が挑む怪人というのもソレと同レベルの怪人の可能性が高いというのが、情報屋から教えて貰った敵怪人の詳細だ。
まぁ、数多の怪人の中でもトップクラスの強さを誇るだろう『炎戒怪人』“ルグラン”の協力が必要なくらいだ。そのくらいの強さがあってもおかしくはない。
だがそれでも……やはり俺は、ルグランを許すことが出来ない。
「ちっ、三点か」
必然的に、銃を構えていた腕が強ばった。
どうやら集中出来ていないようだ。
「ありゃ、今日は調子悪い?」
「そうみてぇだ」
隣を見ると、八点とスコアがモニターに表示されていた。
しかし喜んでいる様子もなく、次々と標的を撃ち抜いていく。視点はしっかりと狙うべき標的を見据えているが、俺と喋ることが出来るほどの余裕を見せていた。
そして俺たちの更に奥。
先程女子たちに囲まれていた優希は、リオ以上の速度でスコアを伸ばしていた。現在のスコアは十点、つまり満点だ。
『隼人すげぇーー!!』
『また満点かよ』
『さっすが文武両道は違うなぁ』
周りから感嘆の声が上がる。
かく言う俺も思わず「すげぇ」と漏らしてしまった。
乾いた音が響く度に、撃ち抜かれていく標的が増えていく。
「くー、あれには敵わないなぁ」
「リオでも無理か……」
「センスも才能も違いすぎるからね。あの子は神に愛されてるよホント」
俺が今の目標にしているリオですら敵わない優希は、やはり規格外だ。
しかもあれでヒーロー事務所から呼び声が掛かっていると言うのだから、もはや言うことがない。
「そう、だな」
足りない才能。足りないセンス。足りない工夫。
今の俺にはあらゆるモノが足りていない。
アンチヒーローを名乗るなら、強くなくてはいけないのにだ。
ケプラーを倒せたのも、たまたまケプラーと銃の相性が良かったからに過ぎない。
そしてこれから俺が戦うのは何も怪人だけとは限らない。もしかしたらヒーローと戦うことだって、レッドと戦うこともあるかもしれない。
そうなると、今の俺の強さでは逆立ちしても届かないだろう高みにいる彼らに、俺はどれほど太刀打ちできるだろうか?
否、出来るわけが無い。
なら───。
「努力するしかねぇだろ」
銃を構えて、照準を標的に向けて弾を放つ。
右、左、右、正面……と、十回ほど鉛玉が放たれる音が響いた。
幾つかは外れたが、六つの弾丸は正確に標的を打ち破ったようだ。表示されたスコアは六点と表示されていた。
「お!さっすが僕のライバル!六点じゃんか!」
「負けてらんねぇからな」
五点から六点。たった一点の差……だがそれは、数字以上の意味を持っている。戦いではその一点で自身の命運が決まるからだ。
俺は再び弾を込め直し、もう一度訓練を開始する。
目指すはリオのスコア八点だ。
「よし、ぜってーに越えてやる」
リオ、そして優希に負けないという意志を燃やして、俺は標的へ鉛玉を当てる。なかなかに良い感触だ。
意気込みが変わったおかげだろうか、少し落ち着いて標的を狙うことが出来ている。
そして───。
「ッ!よし!これで「ところでさ、アンチヒーローって知ってる?」……は?」
いきなりリオに話し掛けられ、狙っていた照準が大幅にブレる。
勢いそのまま発射された弾はあらぬ方向に飛び出していき、カーンという音を立てて壁に激突した。
スコアは六点。今照準が外れていなければ、きっと七点になっていただろう。平常時ならリオに怒り、デコピンを十発ほどお見舞していた。
だがしかし、今はそんなこと“どうでもいい”。
肝心なのは、リオが話していた“アンチヒーロー”という単語だ。
(なんで、その呼び名が知られてるんだ?)
俺は民衆の前でアンチヒーローと名乗ったことは無い。誰が広めたか考えるなら情報屋の“イデア”だが……。
(金にならないのに情報を売る意味がないな)
イデアは俺を売り出すのに、中学生の青年という言葉を利用する。なぜならアンチヒーローとかいう得体の知れない何かよりも、中学生の青年が怪人を倒したというほうがインパクトがあるからだ。
故に情報は高く売れる。
それでも売ろうとするなら売れるかもしれないが、アンチヒーローの名を売るのはまだ早い。
情報という分野においてプロのイデアがそんなことする意味がない。
(なら考えられる可能性は一つ。というかそれ以外ない)
「レッドが広めたのか」
「へ?なんだ知ってるじゃん!昨日テレビを点けたらレッドさんインタビュー受けててさ!“アンチヒーロー”っていう無名のヒーローが、ケプラーを一人で倒した!っていう見出しで新聞にも載ってたんじゃないかな」
「……やっぱりかぁ」
思わずため息が吐いて出た。
目的は何だろうか?
嫌がらせ?もしくはただの愉快犯の可能性もある……だがあのレッドだ。
何か考えての行動に違いないだろう。次会った時には、俺はヒーローではなくアンチヒーローだとしっかり言わないといけないな。
まぁそれよりも今は、自分の鍛錬が先だ。
暫くの思考の後、保留しようと判断して再び銃を構え……。
「めっちゃ楽しそうに、彼は私を超えるかもしれない逸材です!とかって言ってたっけ」
「はぁっ!?」
再びあらぬ方向へと飛んで行った。
同時に俺の思考も止まる。
「どうしたのさ、本当に今日調子悪いよ?」
「……あぁ、大丈夫だ」
「な、ならいいけど。でもあのレッドにそこまで言われるなんて、アンチヒーローって何者何だろうね?」
お前の目の前にいる奴だよ。
普通の顔した普通の成績の一般ピーポーだよ。
小学生の時食うもんなくて、近くに生えている雑草を食べてたら腹壊してう〇こ漏らしかけた糞野郎だよ!
……と突っ込みたいところだが、さすがに自制しよう。
さて、困った事態になった。
これから更に怪人を倒そうにも、動きづらくなってしまう。
こんなことならレッドに会う前にそそくさと逃げれば……いや、待てよ?
もしかしてこれもレッドの策略なのか?
俺の評判を上げ、その情報を周りに教えることで動きづらくさせる、そして身動きが出来なくなってしまった俺を倒そう……という作戦なのか?
「な、なんてことだ。やはりレッドは侮れねぇな」
と、ひっそりレッドへの警戒心をあげた。
というより、現役のトップヒーロー相手に舐めて掛かるなんてこと出来るわけないんだけどな。
「あ、そろそろ鳴る頃じゃない?」
そう言われてふと時計を見ると、あと数分でチャイムが鳴る時間を指していた。装填していた弾丸を抜き取り、訓練終了のボタンをタップする。
最高記録は六回だったが、次回はもっと上を目指そう。
「次はぜってーに負けねぇぞ」
「ふふん。望むところさ」
と打倒リオを掲げながら、隣に並んで歩いてくるリオと共に訓練場から踵を返して教室に向かう。
今日は特に他の実技授業もないため、家に帰ったら怪人の研究でもするかと考えつつ、教室のドアに手をかけた───その時だった。
「んなっ!?」
「ちっ、まさかッ!」
轟ッッ!!という凄まじい爆音とともに、教室が半壊する。
まず目に入ったのは、その巨大な体躯。教室の天井を突破って尚あまりあるほどの巨躯と、ヌメヌメとした表皮。
腕と思わしき場所には、蟷螂のような大鎌が光を鈍く反射していた。
『オァ、イタイタイタ。アイツアイツ、ダダダ』
壊れたラジオのような音声に、本能的な恐怖が沸きあがる。
見ることを拒絶したくなるほどの醜悪な姿だ。
思わず逃げ出したくなってしまう。
だが……。
「あ、あぁぁ……」
隣にいるリオは、絶望した表情で怪人を見つめている。そして怪人も、動けなくなっていたリオをじっくりと見つめていた。
蛇睨まれた蛙のように動けなくなっていたリオの絶望に染まった瞳には、逃げるという意思が感じられない。否、逃げられない。
だからもし俺がここで逃げ出せば、俺だけは助かる。そんな確信があった。
だから俺は───。
「俺を見ろォッ!!」
携帯していた銃を奴の顔面にをぶつけて、リオへの注意を逸らす。その過程でリオを教室の外へ突き飛ばした。今の最優先はリオの安全だ。
「うっ!?」
「乱暴になっちまって悪いな。今朝のタックルの仕返しだ」
「ッ、そんな事いいから!早くノアも逃げてよ!」
「俺もそうしてぇけど……」
体を揺らすと、釣られるように怪人の目線が揺れ動く。どうやら完全に、奴は俺に釘付けらしい。
もし何か変な行動でもしようものなら、何をするか分からない。
「無理そうだな」
「そ、そんな」
これだけデカい図体なら、攻撃が掠っただけで死にそうだな。
だから今、動けないリオをこの場に放置しておくのはかなり危険だ。
「お前だけ先に逃げろ」
「はっ!?む、無理に決まってるだろ!友達を見捨てて逃げろなんてこと言うなよ!君が死んだら泣いちゃうぞ僕ッ!?」
……まぁそうだよな。
俺でもこの状況で俺を置いて先に逃げろなんて言われたら、絶対に逃げない。むしろ何言ってるんだって、そのまま担いででも逃げるだろう。
だけどこれは何も、リオのためだけじゃない。
この怪人は俺のアンチヒーローとしての、新しい踏み台になってもらうつもりだ。
そのためにも、リオには逃げてもらわないと困る。
「俺は死なねぇって。それに、友達なら俺の言うこと信じてくれよ」
「け、けどっ」
「いいからッ!はやく行け!!」
「ッ……分かった!」
悔しそうに下唇を噛みながら、必死に走って逃げるリオ。数秒もすれば、リオの走る足音は聞こえなくなっていた。
あいつは恐らく、他のヒーローへ助けを呼びにいくだろう。だから出来るだけ早く、俺はコイツを倒さなければならない。
「リオを騙したみたいで悪いが───ここで倒してしまっても構わねぇよなぁ!」
腰元に提げた一振のナイフに手を掛けながら、俺は眼前の
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