登校
「おーおー、凄いことになってんなぁ……」
ケプラーを打ち倒した翌日、無理をした反動で筋肉痛が身体を蝕んで苦しんでいた俺は、ふとテレビを付けた。
放送される内容は恐らく、昨日のケプラー襲来についての詳細だろう……と推測をしていたのだが。
「“中学生の少年がケプラーを打破”っておいおい、顔はギリギリ見えてねぇけど、殆ど一部始終撮られてんじゃねぇか」
テレビの画像の中には、動きやすそうなカジュアルなファッションに身を包む
戦いに集中しすぎて分からなかったが、どうやらヘリから撮影していたらしい。あまり近づくとケプラーの電磁パルスで撃ち落とされかねないから、距離を離して撮っているようだ。
お陰で顔が見えていないのはありがたいが、いくらなんでも出回るのが早くないか?
ていうか顔見えてないはずなのに中学生って……いや、待てよ?
とある結論に至った俺はポケットからスマホを取り出し、ある電話番号へ電話をかけた。
家族もいない、友達も(ちょっとしか)いない自分からすれば、電話帳に登録されている電話番号はこれと合わせて二つしかない。
ちなみにもう一つは担任の先生だ。一回も掛けたことは無い。
『もしもし、何か用?』
数回のコールを経た後、“ソイツ”はどこか楽しそうな声色で電話に出た。
そして、その雰囲気と声色でコイツが犯人だと直感的に察する。
「何か用?じゃないんだよ。テレビで今流れてるケプラーの映像、流したのお前だろ?」
『ふむ、なんでそう思ったのかな?』
今度は試すように言葉を返してきた。
初めにあった時は嫌なやつに目を付けられたと思ったが、どうやら俺の抱いた感想は間違いないらしい。
もし顔を見ることが出来たなら、コイツはニヤニヤと顔を歪ませて俺の返答を待っているだろうということは、想像に容易い。
「“中学生の少年”って答え言ってんじゃねぇか。モザイク処理する必要ないくらいの距離で中学生、しかも少年って把握出来るはずがない。だから答えは一つ、そう断定できる“何か”がある」
簡単に言えば、ケプラーを倒した奴を知っている誰かがいるということだ。
悲しいことだが、俺の交流は比較的小さい。そして、ケプラーを倒したということを知るものはレッドと、コイツ───いいや訂正しよう。
「そうだろ?情報屋の長、【
【
政府が運営していそうな組織の名前だが、実態は真逆。非公式で運営されている秘密組織だ。
ダークウェブで怪人についての情報を探している最中に、本当に偶然見つけたサイトに載っていた情報が、この組織へ繋いでくれた。
しかし情報屋に載っていた怪人については様々だが、どれもあまり参考にならないものだった……そう、イデアからいきなり連絡が来るまでは。
登録していないはずの連絡先からいきなり電話がかかり、その発信主がイデアだった。なんと俺の電話番号だけで位置情報、性別、年齢を導き出した挙句、幼い頃に怪人に家族を殺されたことまで知られていた。
今思い出しても背筋が凍る話だ。
『ふふっ、中学生なのによく覚えてて偉いねぇ?』
「茶化すんじゃねぇ。こっちは真剣なんだよ」
『そんなに怒らないの。お姉さん怖がっちゃうぞ?』
全てを知られているとはいえ、中学生だからと舐められないように強気な態度を崩さずに告げる。とは言っても、やはり経験の差は埋まらない。
上手く受け流されるのを感じながら、怒りを沈めた。
元より、アンチヒーローの名を世界に知らしめる必要はあった。
俺という中学生のガキが怪人を倒したなら、一般人でも力を合わせれば怪人を倒せるという希望を見出すためだ。
しかし……。
(流石にこれは早すぎるな。まだ知られるべき情報じゃなかった)
心の中でそう呟きながら、考えを巡らせる。
そもそも今回のは名を知らしめるためではなく、怪人を倒すための言わば練習に近い。
「ちっ、なんのつもりだよ」
イデアが俺に目をつけたのは、中学生で何の肩書きも持たないちっぽけ俺が、怪人を倒すという無謀な戦いに身を投じようとするその傲慢さに惹かれたらしい。
真偽は定かではないが、一般人である俺に怪人の弱点を教え、その出現場所まで相場より安く取引してくれたのだ。
あながち嘘ではないのかもしれない。
だからこそ分からないんだ。
普通に考えて、今の段階で俺の情報が知れ渡ってしまうと、俺はかなり動きにくくなってしまう。世間がどういう考えを巡らせるか知りえないが、勘繰るものも出て来るのは避けられないはずだ。
『君さ。私が情報屋ってこと忘れてるよね?ケプラーの情報を格安で教えたんだから、その分の利益を回収しなくちゃいけないの……わかる?』
「……だからマスコミやテレビ局に情報を売ったのか」
『そういうこと。ケプラーを倒して浮かれてるのは分かるけど、大人は汚いってことをもう少し知った方がいいゾ☆』
その返答で目じりに少し皺が寄るのを感じながら、ため息をつく。
まぁそんなことだろうとは思っていたが、まさか想像してきた通りに出来事が進むとはな……。
となると、これからも俺の情報はマスコミやテレビ局、SNSなどの様々な情報媒体で流され続けるのは間違いない。
(まぁ、こっちの方が都合がいいけどな)
「じゃあアンタの言う大人の土俵に乗ってやるよ」
『へぇ?』
「俺の情報は売れたか?」
『そりゃもうたんまり。君に売った情報料金が、ハエの糞程度に感じるくらいには売れたよ』
「そうか、なら一つ提案がある。かなり金になる話だ」
これは賭けだ。
とは言っても、イデアが金に執着する汚い大人なら、きっとノってくるはずだ。
『ふーん……いいよ、聞いてあげようか』
試すような声色で、次の言葉を促すイデア。
周囲の音が消えたのでは、と錯覚してしまうほどの静かな部屋の中、俺は肺の中から絞り出すように言葉を続けた。
「───俺から、情報を買わないか?」
『……ほう、そうきたか』
思いもよらなかったとでも言うように、感嘆のため息を漏らしたイデア。
俺が持ちかけた取引とは、簡単に言えばこいつら情報屋にとって金のなる木以上の価値がある。
ヒーローは強い力を持つ反面、自由に行動することが制限されている。
そもそも、一般人の中から稀に特殊な力を持つ人間がヒーローになることが多いのだが、その能力や個人情報の全てが政府によって管理されているのだ。
だからこそ、俺のように中学生で怪人を倒した存在というのが謎に包まれているわけだ。
数万人を惨殺したあのケプラーをヒーローでもない一般人の俺が倒したとなればなおさら、どうやってケプラーを倒したのか?ケプラーの攻撃方法は?どうやって現れたのか?という全ての情報は俺“しか”知らない。
情報を欲しがるものは数多くいるだろう。
そして俺も、いずれ全世界にアンチヒーローの名前を知らしめないといけない。なら、効率よく俺の情報を世界に広める必要がある。
俺が怪人を倒し、その情報をイデア達情報屋が流す。そうすればイデア達が儲かるのは間違いない。
『いいだろう。だけどその取引を持ち掛けるってことは、君も何か要望があるんじゃないの?』
「あぁ、もちろん。俺が欲しいのは怪人、そしてヒーロー達の情報だ。それを
俺が望むのは怪人とヒーローの詳細だ。
自分で調べて分かったが、やはり一人だと限界がある。ガセや偽の情報だってあるだろうし、中学生の俺だと判断がつかない物が多い。
簡単に言えば、俺は情報屋に情報を買い取って貰い、その代わり無料で怪人とヒーローの情報を提供して貰う、というものだ。
「どうだ、いい取引だろ?」
我ながら、なかなか素晴らしい取引内容だと思う。
お互いが損せず、得を得るというまさにWin-Win。
『うん。ほんとに中学生かなって疑うくらいには、なかなかいい取引だと思うゾ?けどねぇ……これ、“ノア君”が死んだら全部パーじゃない?』
だがイデアは頷かなかった。俺の死亡によってこの取引が全てなくなってしまうことを危惧しているらしい。
怪人をぶっ倒したとはいえ、相手はただの中学生。信頼しろと言われても出来ないのが本当だろう。
なら俺は示すしかない。
「俺は“死なない”。まだ目的が達成されてるのに死ねるわけがない」
『でも君はまだ中学生だ』
「だからどうした?俺は───アンチヒーローだ」
俺はヒーローじゃない。アンチヒーローだ。
ヒーローを否定し、怪人を否定し、この世の中を否定する……ただそれだけのために怪人をぶっ倒した男だ。
「信じろとは言わない。だけどな」
一呼吸置いて、思想を巡らせる。
俺は様々な人の死を見てきた。それは両親であったり、姉さんであったり、たまたま近くを通り掛かっただけの見知らぬ人であったり……思い出したくもないほどの沢山の死の瞬間を見てきたんだ。
皆、戦う術を……抗う力を持たないから死んだ。
「俺は怪人を否定する。ヒーローも、それに頼りっきりの民衆もだ」
なら抗えば、戦う術を知れば?そう、怪人を殺すことが出来るんだ。
その証明は既に終わっている。
「アンタは、俺の背中を眺めてるだけでいい。だから、力を貸せ」
『───ふふっ、あぁいいよ。力を貸してあげる。君みたいに傲慢で命知らずだけど芯のある“男の子”、お姉さん大好きだからね!!』
電話の奥が騒がしくなるのを感じる。
啖呵を切ったせいか思っていたより時間が経っていたようで、1の針を指していた指針は既に一周していた。
時刻は8時5分である。
そして、俺の中学生の登校時間は8時15分……つまり残された猶予は、残り十分である。
(すぅーーー、よし落ち着け。まだ大丈夫だ、まだ間に合う)
心を落ち着かせながら素数を数えていると、イデアが淡々と俺に質問をしていた。
『そういえばノア君は何が好きなのかな?例えば食べ物とか生き物とかだよ。特に理由はないんだけどお姉さんに教えて欲しいなって。あぁいや、特にやましい理由はないだよ?だけど気になったから、ノア君の情報を知りたいなって思って。住所も血液型も体重も身長も好みの性癖も全部知ってるけど、ノア君の口から聞いてみたいの。ねぇだから───』
「俺学校だから切るぞイデア。それと、力を貸してくれてありがとう……それじゃ」
感情を感じさせない声色で暴走しているイデアの電話をぶつ切りし、身支度をテキパキと済ませる。
幼い頃からほとんど一人だったため、用意自体は直ぐに終わった。
「行ってきます。父さん、母さん」
仏壇の前に花を添えて、もうほとんど顔を覚えていない両親の写真に手を合わせる。
「行ってくるね姉さん。俺、ちゃんと姉さんの分まで楽しんでくるから」
そして次は、俺を庇ったせいで死んだ姉さんの仏壇だ。
新しく花を取り換えて手を合わせる。
鼻腔をくすぐる花の匂いが、姉さんと一緒に遊んでいた記憶を呼び起こしてしまいそうになり、ぐっと堪えた。
「行ってきます」
家のドアを開けて外へ出る。
今日も新しい一日が始まったのを痛感して、少し嫌な気持ちになりながらも歩き出した。
まさか、学校であんなことが起きるなんてことも知らずに。
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