初戦闘(前編)
怪人ケプラーは、自らに向かってくる生命体の電気信号を感知していた。
「ンん?なんでスカねぇコイツ」
数多の人間を殺しながら歩き回る彼からすれば、ただの一般人程度の電気信号しか発せられない癖に、歩みを止めることなくこちらに近づいてくる者の理解が出来なかった。
ケプラーの電力探知は有力だ。数百メートルにまで及ぶ微弱な電力の包囲網によって、その中にいる生命体の呼吸、動き、果てには血管の脈動まで全てが筒抜けだ。
初めは囮か何かだと思った。
しかしそれにしては、怯えがなさすぎる。見た目は中学生ほどにしか見えないが、心臓の脈動は異様なほど変わらず、まるで恐怖心がないかのようだった。
「まァどちらにせよ、生かしてオク程のニンゲンではないデすね」
どうせ死ぬ人間だ。恐怖心か……あるいは危機感がないのか分からないが、特に興味をそそられる程でもない。
ケプラーはそう判断して、嘲笑とともに腕を振るった。
「勇気ト無謀は違うンでスヨ?」
逃げ惑う人々ともに少年が床に倒れたのを確認し、悠々と人通りが多いだろう場所へと足を進めた。微かに生体反応に引っかかる風前の灯火と化した人間がいるようだが、ケプラーの興味は既にない。
残ったのは、ケプラーの出現により乗り捨てられた車と死体だけ───のはずだった。
「勇気と無謀が、なんだって……?」
ムクリと、倒れたはずの少年が起き上がる。
その右手は、既に事切れたサラリーマンを掴んでいた。
「……ム?生きていたんですか?」
確かに生体反応は感じられたが、それはこの少年のものじゃないはず。
……自分にサラリーマンの死体を被せて、呼吸を止めて生きていることを誤魔化したとするなら分かるが。
ケプラーの能力は静電気だ。
そのため空気中に放電し、その電気の流れから情報を読み取ることが出来る。
しかし、絶縁体である地面と張り付かれると、電気が上手く流れずに探知できないという弱点も存在する。
だがそれは、ケプラーにしか知りえない弱点だ。
もしかしたらいつの間にやら知らないが、自分の特性が知られているのかもしれない可能性を抜きにしても……その判断力には驚きを隠せない。
「アナた、ナマエは?」
偶然か、はたまた才能か。
自分の同族の死体をも利用するその姿に興味を持ったケプラーは、名前を尋ねた。
「名前だって?お前ら怪人に教える名前なんてねぇよばーか!」
しかし帰ってきたのは嘲笑と、中指を立てるという侮辱行為だった。
どうやら精神性は年齢相応らしい。
所詮ガキか、と興味が少し薄れつつ、ケプラーは提案する。
「アナタはナカなか使えるニンゲンのようです。コンカイは見逃してアゲましょう」
「……は?み、見逃す?」
「えぇ、アナタを殺すノハトテモ惜しいデスから」
少年は目を白黒して、とても信じられないという表情を浮かべた。
あれだけ変わらなかった心拍が上がり、疑惑の籠った眼差しをこちらに向けている。
しばらくの沈黙。
「それはつまり……死んだ人達は、生きる価値がなかったから殺されたってことか?」
「……えぇ、そうイウことです」
一つ一つの単語を確かめるように、間違いがないように告げる少年の言葉に同意するように、ケプラーはニヤリと“嗤った”。
これで少年は理解してくれるはずだと。
自分が怪人から見逃してもらえるほどの興味を持たれた、“特別”な人間であると。
この年頃の人間は特別という言葉に弱いということを、ケプラーは理解していた。
「アナタの返事をキカせてクダサイ」
笑みを絶やさぬまま、ケプラーは少年に近づいて手を差し伸べる。
そして少年は、ケプラーの目論見通りその手を───払い除けた。
「っナ!?」
「返事はノーだ」
怒っているような、泣いているような、それでいて無表情にも見える……様々な感情を抑え込んだ声で、少年はケプラーを睨みつける。
理解の出来ない行動に、今度はケプラーの思考が止まった。
今この少年は、自分に何と言った?
「……ハイ?あぁ、すみませン。聞き間違イカモしれないのデすが、貴方は今、ノーと言いまシタか?」
怪人である自分にとって聞き間違いなど有り得ないはずなのに、半ば祈る気持ちでケプラーは聞き返す。
どうか、どうか聞き間違いであってくれと。
せっかく興味を持ったのに、その対象がただ感情に振り回されるだけの馬鹿で会って欲しくないと。
だが───カキンッ。
鉄と鉄がぶつかり合ったような音ともに、ケプラーの肩に衝撃が走る。
少年の手元には、白煙をあげる銃が握られていた。
「な、ゼ……ッ!?」
「当たり前だろばぁーか。殺した人間は全員死んでも良い人間だった、とか巫山戯たこと抜かしやがって……言っとくけどな」
もう一度、今度は左肩に衝撃が走った。
「お前はここで殺すつもりだから」
底冷えするほどの声色で告げる少年。
見た目は中学生ほどでしかないのに、何故か得体の知れなさを感じさせられる。
到底、ケプラー自身もこの少年相手に殺されると思っていない。だがそれでも、もしかしたらこの少年なら自信を殺しうるのでは?と思わせてしまう。
「ハッ、貴方ミタいなガキが私に勝てルと思っていルノですか?」
「言ったろ、お前はここで殺すって」
そう言うや否や、今度は右足の太腿を撃たれた。
ケプラーにとっては、軍用の機関銃やヒーローの攻撃じゃない限り、一般的な銃ごときでは、その分厚い“装甲には”ダメージを与えられない。
だから、少年がこうして別々の箇所を打っていることに疑問を感じえない。
「ヒーローじゃなきゃ私は殺せませんよ?」
最後は左足の太腿を狙われた。
残弾数が幾つあるか分からないが、そう多くないはずだ。
「ヒーローじゃなくてもお前たち怪人を倒せる。その照明をするために俺はこのに来てるんだ」
追い込まれている……否、優位なのは圧倒的にケプラーだ。この少年は自身が腕を振るうだけで死に至る。
対して少年が身につけるのは、血に濡れた服と唯の銃。そして一振のナイフだけだ。
「いいでしょう……もう一度聞きますが、あなたの名前は?」
だが、ケプラーは少年に期待をしてしまった。
薄れかかっていた興味はそれ以上の大きな期待に塗り潰され、少年の存在を大きくする。
「答える気はねェ。まぁ強いて言うなら……アンチヒーローだ」
「フッ、ガキですね」
「うるせぇ」
この少年は本当に自分を殺しうるのか。
どうやって?
ケプラーには検討もつかない。自身がただの少年ならば、きっと勝てるわけがないと絶望しているだろう。
あるいはやはり、勇気と無謀を履き違えているのだろうか?
いいや、そんなわけがない。きっと少年は自身の殺し方を知っている。それをどうやって実行するのか気になるところだが、今は考えなくてもいいだろう。
それはきっと、今から目の前の
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