初戦闘(後編)

ドクンドクンと心臓の鼓動が早まる。

俺の目の前にいるのは、半年前に初めて現れた際に数多の死者を出し、ヒーローの到着とともに姿を消した卑劣な怪人───ケプラー。


現れる周期は不明。

だが、“情報屋”という組織から情報を買ったおかげで俺はケプラーの出現に間に合った。

ついでに、情報を買い取る最中で情報屋の“長”とかいう奴に気に入られ、ケプラーの弱点になり得る場所も教えてもらった。


ただ、世間で今知られている情報は静電気を操るという特性だけで、攻撃方法は不明。周囲の電子機器の故障により、生存者からの証言から推測することしか出来なかったらしい。


そして、俺はいまそんな怪人に立ち向かっている。


コイツが本気で殺そうとしてきたら、俺は今頃死んでいる。生きているのは、ただ油断しているからだ。

もし俺が殺すのに失敗すれば、待っているのは死だろう。


「ハハッ」


身体が勝手に震えだすのを止めようとして、やめた。


「震えていますよ?」


「うっせぇ、武者震いだ」


俺はここで死ぬつもりは無い。

死んでしまったら、生意気にも怪人に挑んで返り討ちにあっただけの馬鹿に過ぎない。

勝ってからこそ意味があるんだ。


カチャリ、と弾を込め直す。

コイツの“弱点”は大体分かった。


だが問題は、どうやってその弱点にこの鉛玉をぶつけるかだが───っ!?


「どうか面白く足掻いてくださいねぇ?」


「っぶねぇなぁ!」


予告もなく眼前に迫った紫電の矢を寸前で回避し、追撃を避けるために駆け出した。

攻撃を避けられたはずのケプラーは黄色の瞳を愉悦に歪ませて笑いながら、何度も紫の電に包まれた矢を放ってくる。


音もなく飛来する矢を視認して避けるのは不可能に近い。そして、止まっていれば確実に当たる。


「ちっ、ごめん!」


地面に倒れていた女性を盾にして、矢の猛攻を遮る……が、胴体を突破って背中にまで矢尻が届いていた。俺の胴体にまで突き刺さりはしないものの、勢いが凄まじい。

流石の貫通力に思わず生唾を飲み込んだ。


(おいおい……これに勝てるヒーローってどんだけやばいんだよ。人外ってレベルじゃないだろ)


───だがまぁ、怪人の強さは想定内だ。

ここで全範囲電撃とかやられてたら、きっと俺は死んでた。

コイツの能力からして出来そうではあるが……出来ないのか、それとも俺の言葉に付き合って敢えてしないのかは分からないが、そこに付け入る隙はある。


「おやおや、逃げてばかりですかァ?つまらないですねェ」


「うるっせぇよぉ!!!」


こいつを倒すためには、転がる死体と瓦礫に足が解れそうになるのを耐えながら、“ある場所”まで誘導しないといけない。


煽り口調には腹立つが、ここで冷静に慣れないと死ぬッ!


「ハァ、ちょこマカと……コレならどうデスか?」


「なっ!?死ぬ死ぬ死ぬっ!?」


拉致があかないと踏んだのか、一メートルはあろうかという電撃の塊を投げつけて来る。

速度は遅いが……あれは喰らったらまずい、間違いない。


周りへの放電も考えると、逃げ場は───いやあるっ!


「ソォレ、トクダイの電撃ダマですよぉ!」


真後ろには更に大きくなった電撃玉が地面に放たれようとしていた。

俺はそれをチラリと確認して、車の屋根に飛び乗る。


「間に、あえぇぇー!!!」


そして今まさに電撃玉が炸裂しようかという時、俺は───電柱を伝って、電線にぶら下がった。


刹那、白い衝撃。

空気中を伝わって、バリバリと電が迸っているのが分かる。

もし今頃下にいたら、俺は感電死していたに違いない。


電線の位置が低く、俺の足が地に着くほどだったら電線で感電死していた恐れもあったが、電気とは逃げる場所がなければ流れない。お陰でケプラーの電撃から身を守りつつ、電線からの感電もしない。


ただ問題なのが……。


「よく避けましたねぇ!ですが、胴体ががら空きですよぉ!!」


そうだよな、絶対に狙ってくると思ったよ俺も。

だからこそ対策はしてあるんだけどな!


俺は片手でぶら下がりながら、腰に下げた銃を構えた。当たるかどうかは、ヒーローを否定すると決めてからこの数日間みっちり練習しているとはいえ、良くて五分。悪くて三分だ。


ケプラーが腕を振り上げると、数本に分裂した紫電の矢が再び現れた。

余裕そうな表情は、お前を殺すと宣った餓鬼が口ほどにもないから、だろうか。


なぁ、怪人。

俺が何のために鉄製の銃を使ってると思うんだ。

威力を上げるため?あぁ、確かにそれもある。

だがそれなら軽くて持ち運びやすく、絶縁体であるプラスチック製の銃の方が遥かに優秀だ。


じゃあ何故俺がわざわざ、大金を叩いて鉄製のを買ったと思う?


「では、死ンデくだサイ」


───こういうことだよ。


ドパンドパンッ、と連続で響く軽い音。

片手で撃っているために照準が定まらない弾丸が、あらぬ方向へと飛んでいった。

イタチの最後っ屁も失敗。

俺は最後の足掻きすらも通じずに死ぬ。


怪人にはそう見えていることだろう。あるいは、数秒も経たないうちに俺は絶命し、地面に叩きつけられる未来まで見えているのかもしれない。


俺から言わせれば、それはあまりにも浅はかだ。


「ンなにぃ!?」


「ハッ、どうやら的中率は三割以下らしいが……それで上々だ」


俺は生きていた。

それどころか五体満足にケプラーを嘲笑できるくらいには、元気ピンピンだ。


「な、なゼ!?なぜ生きているのです!?」


「……お前が舐めプしてくれたお陰、って言ったらどうする?」


「だとしても!貴方が無事である理由にはならない!」


おーおー怒ってらっしゃる。

まぁ当たり前か、ご自慢の電撃が何の変哲もない弾に防がれたんだからな……しかもめっちゃ外れてたし。


正解を言うのなら、この何の変哲もない弾っていうのが鍵だ。

電気っていうのはプラスからマイナスに流れていくのは当たり前だが、コイツの攻撃方法もそれと大差ない。

相手にマイナスの電荷を付与して、自分からプラスの電力を流せば威力が減衰することなく確実に攻撃を当てられる。


恐らく、腕を振るという動作でマイナスの電化を付与しているんだろうが……。

そもそも静電気怪人なのに腕振るっただけで死ぬとか、何らかの小細工をしてない限りありえないからな。考えればすぐに分かる話だ。

もしこれが静電気じゃなく雷怪人とかだったら……間違いなく、最初で死んでいた。


さて、話を戻そう。

俺に付与されたマイナスは、もちろん携帯している銃弾にまで及んでいる。そして、あいつが放っている攻撃はプラスの電撃だ。

よって、弾丸を電撃から逸らすように撃てば、放たれた弾丸が避雷針のように電撃を防いでくれる。


そんなちょっとしたカラクリだ。だがアイツは、なぜ自分の弾丸が防がれたか分からずに混乱している。

勿論、ネタバレする気なんて更々ない。


「こ、こけにしやがってぇ!!?許しませんよぉ!!!」


「黙れよデンキウナギ野郎。口くせぇんだから喋んな」


「───ッッ!!」


「ハッ!おいおい、図星かよ?なぁおい?」


俺の口撃に、見る見るうちに顔を赤くしていくケプラー。

そうだ、もっと怒れ。もっと本気で攻撃してこい。

冷静にさせるな、もっと怒らせろ。もっと攻撃を激しくさせろ。


そしたら───怪人お前を殺せる。


「……あなたを生かそうとした私が馬鹿でした。良いでしょう、そこらで黒焦げになっている人たちと……いえ、それ以上に惨たらしい方法で殺してあげます」


「ハッ、自家発電オナニー野郎がやれるもんならやってみろよ!」


俺がそう言うや否やケプラーは一度に、何百本もの矢を出現させた。


あっやべ言い過ぎた、なんて後悔は先に立たず、雨あられのような矢の吹雪が降り注いだ。

思わず電線を掴んでいた手を離すと、頭が逆さのまま重力に従って落ちていく。


俺はその体制のまま、間近に迫る紫電の矢を銃弾で無効化させた。

しかし無効化出来たのはたった数本。どこを向いても自分に向く矢が、自らの存在を主張するように、俺に矢尻を向けてきていた。下手すれば即死、下手しなくても死の絶望的状況だが……。


「ハッ、尚更燃えてきたなぁ!」


電柱を蹴飛ばし、その反発力で矢を避けていく。

降り注ぐ紫電の矢の雨のせいで絶望感に打ちのめされそうになる反面、俺は反撃する機会を伺っていた。この矢の雨は、怪人コイツを殺す希望だと踏んでいるからだ。


(今だ!!)


縦横無尽に逃げまわる俺に対し、冷静でなくなったケプラーは俺の後を追うように紫電を降らせる。この“チャンス”を無駄にする訳にはいかない。

疲労して動きの鈍くなった足を無理やり動かし、怪人へ肉薄した。


俺の狙いはコイツ───の後ろの車だ!


「おや?私に近接攻撃でもしようと言うのですかぁ?小生意気ですねぇ!」


「ちげーよばぁか!」


近接攻撃をしかけると勘違いをする怪人を回避して、車の上に跳躍。

鋭い矢尻が車に突き刺さる音を確認したあとは、急いで車から離れた。


(俺の勝ち、だな)


事前に練り上げていた作戦が上手くいったようだ。思わず勝利を確信する。後ろを振り向いて確認すると、既に矢の雨は止んでいた。

どうやら俺の意図が掴めずに攻撃の手を止めたらしい。


それは悪手だ……お陰で上手くいったんだけどな。

さぁ、カウントを始めようか。


「さーん」


「まタ逃げ回るバカリですカ?」


「にー」


「このママでは私をコロせませんよ?」


「いち」


俺の狙いに引っかかってくれた上に、見当違いなことを宣うケプラーは、ニヤリと嘲笑を込めて笑った。

だから、俺も嘲笑と中指をセットで返してやった。


「オイルの交換すんなら、きちんと静電気除去パッドに触れとけよ。ぶぁーか!」


「はい?───ぐあっ!?!?」


轟ッ、という凄まじい爆音。

耳を劈く音と肌を焼かれそうな熱はケプラーを包み込み、あっという間に襤褸襤褸ぼろぼろにした。


ただそれだけでは終わらない。

乗り捨てられた車群がその炎で更に引火し、次々と爆発していった。


「見事に引っかかってくれて、ありがとよ」


そう、俺の目的とはこれだ。

車にケプラーの放つ静電気を引火させ、爆発させる、ただそれだけ。

ただそのためには、俺に舐めプで攻撃してくるコイツを怒らせて、注意力を散漫させなければならない。


また、上手く車の多い場所まで移動させなければいけないのもキツかった。


ケプラーが冷静だったら絶対に引っかからなかっただろうこの作戦は、俺が煽り怒らせて冷静さを欠かせることで達成することが出来た。

我ながら危ない賭けをしたものだ。


「うぐぅうあァァァッ!!」


悶え苦しむケプラーの姿が、揺れる炎を介して見えた。

あまりの爆発に、ご自慢の装甲も溶けて悲惨なことになっている。


「さて、そろそろ……」


残弾数が少なくなった銃をリロードし、銃口をケプラーに向ける。


「決着だな」


俺が情報屋の長から聞き出したケプラーの弱点。否、怪人の弱点。

何でも彼らは、『核』と呼ばれる部分でその超常的な力の行使を可能にしているらしい。


これが嘘か本当かは定かでは無いが、俺は本当だと思っている。

なぜなら、ケプラーの四肢を銃弾で撃ち抜いた時に……とある部位に向けて、銃弾がほんの少しだけ曲がったのだ。


そのとある部位とは、体の中心。

人間でいう胃がある辺りに向かって進んで行った。


弾丸にマイナスが付与されているとすれば、プラスの電気を発生させている『核』に向かって進んでいくのは当たり前だし、辻褄が合う。


「うぅぐぶッ……はぁ、はぁ、このックソガキがぁ!!」


皮膚と装甲を爛れさせながら、ケプラーは今度は確実に俺を殺そうと迫る。もはやその目に余裕の2文字はなく、死への恐怖があからさまに映っていた。


「いいかぁ!?今すぐにお前を殺してッ!!その身体を金魚のフンのように細かく切り刻んでやる!!」


「あぁそう。じゃあ死ね」


ケプラーが怒りに任せて腕を振るうのと、俺が引き金を引いたのはほぼ同時だった。相変わらず的中率は三割以下の弾丸が、ケプラー目掛けて放たれる。


普通なら当たらない角度……しかし恐らく、ケプラーは俺の電荷をマイナスからプラスに変えたはず。

自分自身がマイナスの電気を纏って、俺の動作によって生じたプラスの静電気と繋げることで殺す気だろう。


なぜなら、今までの攻撃全てが通用しなかったから。

俺を確実に殺したいケプラーとしては、手段を変えて殺す他ない。また防がれてしまっては困るからだ。


だが───。


「引っかかったな」


「ぬっ!?」


電気の性質上、プラスの電気を纏った弾丸はマイナスの電気を纏う方に引き寄せられる。

よりマイナスの力が強く、より電力が高い場所へ、半ば自動追尾のように───『核』を貫かんと唸りをあげるのだ。


「ァァァァアアアッ!?!?」


弱点を貫かれた痛みからか、凄まじい絶叫をあげたケプラー。苦しそうに藻掻きながら、ただひたすらに呻き声を漏らしている。


しかしその呻き声も、暫くすれば聞こえなくなった。


「倒し、たか……」


穴ぼこだらけの地面が広がる街中で、呼吸をしているのは俺一人。怪人は鉛玉に核を貫かれて事切れていた。多くの人の命を奪ってもなお顔を歪めなかったケプラーは、俺みたいな糞ガキの鉛弾で、顔を歪めて藻掻き苦しんで死んだのだ。


その姿に、言い様も知らない喜びと達成感が押し寄せてくる。


「一般人の俺でも、怪人は倒せる……」


ヒーローでなくても、特別な力を持っていなくても、執念とやる気があれば怪人は殺せる。

もちろん運だって必要だろうが、それでも俺はこの怪人を殺せて見せた。


それにしても、現実味がない。本当に俺一人……否、弾除けとして盾がわりにしてしまった人達のお陰で俺は生きれていることが、自分でも信じるのに時間がかかってしまう。


やがて徐々に妙に清々しい気持ちと、誰かの遺骸を“使って”生き延びたという嫌な罪悪感が体を支配した。

自らの命を守るために盾がわりにしてしまった遺体に手を合わせ、ありがとうと感謝を伝える。そして、謝罪も。


「足りるか……?」


犠牲者が出るだろうと、少し離れた場所に置いていた花束を抱えて一つ一つ犠牲になってしまった人たちの胸元に添える。中には目を開いて死んでいた人達や、若い子供、妊婦もいた。


この程度で犠牲者の死が浮かばれるとは到底思えないが、これはただの自己満足だ。


「……帰るか」


あらかた花を添え終わり、怪人を倒したという感触がようやく現実味を帯びてきた。喜びと反省を噛み締めるのは帰ってからにしよう。

俺は踵を返して、無理な動きをして痛む体を抑えながら足を進めた───その時だった。


「これをやったのは君かい?」


聞き覚えのある、懐かしくも思い出したくない声が響いた。

幼い頃から何も変わらない、憧れを呼び起こされるような優しい声。


「だとしたら、何だよ───」


早る心臓を無理矢理押さえつけ、ゆっくりと後ろを振り返った。

果たしてそこに居たのはやはり……。


「───レッド」

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