「だって美人は三日で飽きちゃうでしょ」

中野はる。

 

 給湯室での井戸端会議中、思い出したように大江が口を開いた。

「また伊崎さん、別れたんだって」

 伊崎沙衣。一つ下の後輩の名前は、一年前彼女が入社した時からこの手の話題で上がらないことがない。

「相変わらずスパン短いねー。伊崎さん」

「ね。でもあれだけ美人だったらまたすぐ付き合うでしょー?」

 社内イチの美人と言われる伊崎さんは入社してから男が途切れたことがない。別れたと思ったら付き合い出し、付き合ったと思ったら別れる。とっかえひっかえ、バーゲン中の試着じゃないんだからと呆れる女性社員は後を絶たない。

「そういえば、山垣内さん、来月寿退社でしょ?このご時世に」

「らしいねぇ。しかも相手が大手の営業マンで、めちゃくちゃイケメンだって噂よ」

「あーんな普通を絵に描いたような子が幸せ円満退職かぁ。同じ凡人の私にお声がかからないなんて不公平よね」

「伊崎さんだったらまだ諦めがつくのにねぇ」

 はぁ……と三十路手前の女二人がため息をついていると、「せんぱぁい!」とやたらとハイテンションな声が聞こえてきた。

「何のお話ですかぁ?」

「世界の不公平を嘆いていたの」「寿退社する山垣内さんに嫉妬」

「へぇー。あ、そういえば、この前大学時代の友達に会ったんですけどぉ」

「おいおい、自分から聞いておいて私らの話は無視か!」

「変わった名前の話になって、ガッキーのこと話したんですぅ。ほら、山垣内たからってカナリの変わり度でしょ? そしたらその子の高校時代の友達にも山垣内たからって子がいるって聞いてびっくりしちゃったんですよぉ」

「山垣内たからが二人もいる訳ないじゃない。その大学時代の友達の友達ってウチの山垣内さんじゃないの?」

「それが、写真見せてもらったら、ものすんごい美人なんですっ! そこら辺のモデルなんて比べ物にならないくらい! 伊崎さんなんてダッシュで逃げるってレベルなんです!」

「えーじゃぁ、凡人顔に整形したとか?」

「バーカ。自分の顔をよくするために美人に整形するならまだしも、美人から凡人に整形するなんて聞いたことないわよ」

「それもそうかー」

「まぁ同性同名ってことなんでしょうけど。それでも同じ性別であんだけ容姿が違ったら私だったら泣きそうですぅ」

「でもさぁ、ウチの山垣内さんは来月イケメンくんと寿退社って噂だし、ウチの美人代表の伊崎さんも短期間で彼氏取っ替え引っ替えしてるんだからさぁ。世の中やっぱり中身ってことよねぇ」

「この前の合コンでイケメンいなくって開始数分でテンションダダ下がりした奴が言うセリフじゃないよ、それ」

 チラリと大江が掛け時計に視線を向けた。私もつられて時計を見るとあと五分で昼休憩が終わるところだった。

「そろそろ戻ろうか」

 大江の一言で、私たちは重い足取りで給湯室を出た。

 来月寿退社ってことはそろそろ山垣内さんの引き継ぎした方がいいかなぁ。

 そう思いながらデスクに腰を落ち着かせると、もうすでに戻っていた山垣内さんと目があった。少しはにかみながら会釈をする山垣内さんを見て思う。

やっぱり凡人顔。

 大分失礼なことを思いつつ私は午後の仕事に取り掛かった。

 今日も残業コースまっしぐら……と目をしばしばさせながらパソコンに視線を移した私は、山垣内さんの小さな呟きに気づくことはなかった。

「だって美人は三日で飽きちゃうでしょ」


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「だって美人は三日で飽きちゃうでしょ」 中野はる。 @i4pg98

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