巨乳最強伝説

中野はる。

 

 好きな人ができたら、と考えてみる。もちろん恋人になる為に努力するだろう。彼の視界に少しでも入りたいからと電車の時間をずらすかもしれない、彼とたくさん話すために彼が好きな音楽を聞くようになるかもしれない、食べることが好きな彼のため指にたくさんバンソコを張って料理の練習をするかもしれない。

 しかし世の中、努力だけではどうにもできないこともある。

「アメリカ人になりたい」

 サンドイッチを両手で持ってハムハムしている優希を見て、光は飲んでいた紅茶のパックを机の上に置いた。

「え? 何? 3限の英語の小テストそんなに悪かったの?」

「違う。巨乳になりたい」

「はぁ!?」

 何言ってるの?という光のツッコミを無視して優希は続ける。

「昨日さ、適当にネットで見てたら、巨乳世界地図を見つけたんだよね」

「何してるんだよ! 暇なの? 優希、暇なの!?」

「そしたらアメリカの平均カップがDだったんだよ。あ、ちなみに日本人はBね。個人的にDが一番ちょうどいいと思うんだよね。服の上からも巨乳だってわかるし、揉んだら手から少しはみ出す程度だし」

「いや、ちょ、優希、ここ教室だから。昼休み中の教室だからさ! そんな胸について熱く語られても困るから!」

「もちろん平均カップがDだった国はアメリカ以外にもあったんだよ。ベネズエラとか。でもさぁ、ベネズエラって整形大国じゃん。そのデータ本当にあってますかって不安になったんだよねぇ」

「うわぁ、心底どうでもいい情報だわ」

 くだらないと光がぽつりと漏らすと、さっきまで嬉々として語っていた優希のマシンガントークが収まった。

 あれ、これってもしかしてやばい感じ?

 光が恐る恐る優希の顔を見ると、目に涙の膜を浮かべていた。あと一回瞬きをしたら涙が絶対零れる、という泣く寸前だ。

「く、くだらないって……」

「ゆ、優希! ごめん! 本当ごめん!」

「くだらないって……光はそりゃぁ男だから、そ、そんなくだらないって言えちゃうよね。いいよね、光は! つるペタまな板人間の気持ちなんてわからないんだ!」

「優希、本当落ち着いて! 今お前どこにいるかわかる?! ここ教室! 今昼休み! なぁ思い出して!」

「巨乳になりたいよ! だって、藤田くん、巨乳の子としか付き合ったことないんだから!こんな、こんなツルツルペタペタな胸になんて絶対興味ないんのなんてわかりきってるもん……もうやだぁ……」

 とうとう泣き出した優希はバッと机に突っ伏した。

 生暖かい目で優希を見ながら、光は何も言わず紅茶をジューッと飲む。

 もうクラスメイトの視線が痛い。言っとくけど、俺は違うからな。絶対違うからな、とクラスメイトに視線を送り返すけど、まったくもって聞き入れてくれないらしい。冷たい視線は俺にも向けられた。

 おい、優希。今のお前にぽんとDカップの胸が生えてきたって、きっと藤田はお前を好きにならないと思うぞ。

 紅茶のパックがズズッと音を立てた。飲み干したパックをつぶして泣いている優希をじっと見る。

 だってお前、男だろ? 違うところで勝負しろよ。

 その言葉は飲み込んで、光は紙パックを捨てに立ち上がった。

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