第99話 分かるわけないでしょ?

まさしく作戦通りだった。


そのストーカーがメイドカフェの客である可能性が高いなら、千種を大事に思うがあまり、そうした過剰な行為に及んでいる可能性が高い。


ならば、そこに危害を加えようとする別の人間を登場させれば、そのストーカーはきっと倒錯的な正義感から、千種を守るために出てくる。


そう思ったのだ。


俺は大きくため息をつきながら、顔を隠していた大きなハットとリボンを取る。


そこで俺の顔を見て、男ははっと目を見開く。


「……なっ、あ、あんた…………」


この反応自体が、自供しているようなものだ。

なにせ俺は裏方で、仕事中は裏側にしかいない。俺の顔を知っているとしたら、尾行しているからにほかならない。


俺はとりあえず、その手首を捕えて逃がさないように確保する。


「悪いけど、変質者はあんたのほうだろ」

「そ、そんな格好でなにを……!!」


男は俺の手を振り払おうとするが、その力はまったく足りていない。

抑え込んでいると、そこへ後ろから千種とが近づいてきた。


男はその足音に気付いて、後ろを振り返るや、身体を震えさせるあからさまな動揺を見せて、


「違う違う違う違う!!!」


と言ったあとに、奇声を発し始める。

が、しかし千種が一定の距離まで近づくと、その姿が彼は少し落ち着いたのかもしれない。


「ちーちゃん、ちがうんだ。ぼくはただ、君を守りたいと思って、それだけで……分かってくれるよね、君だけが僕の理解者なんだ。ねぇ、ちーちゃん? ぼくは君をこの男みたいな悪い虫から遠ざけたくて――」


縋るように、こう訴えかける。

それに対して、千種が一度にことほほ笑むから、男の顔はぱぁっと晴れるが、


「分かるわけないでしょ?」


絶対零度クラスに冷たい一言で、一気に氷漬けになった。

男は無精ひげを蓄えた口元を、呼吸困難に陥った鯉みたいに、ぱくぱくとさせる。


「え、え……ち、ちーちゃん?」

「きもいんだよ、この最低男。客なら客として立場を弁えろ。……えっと、なんだっけ、あんたの名前? 忘れちゃった。ごめん、ちーちゃん、頭悪いんだぁ」


一発KOだった。

メイドとして接客をしているときの甘い声音で、突き付けられたド正論に、男は失神したようにして、俺に腕を掴まれたままにもかかわらず、その場に膝から崩れこむ。


「ああ、あぁ、ち、ちーちゃん……」


自分の理想像が砕け散ったショックから、なのだろうか。


彼はもう、逃げ出す気力もなくなったらしい。

その場で、言葉にもならないようなうめき声を発する。


その姿に、俺は苛立ちを感じて、手首をよりきつく縛りあげてやった。

被害者面をしているのが、癪に障ったのだ。


「……先生、それ」

「えっと、さすがにやりすぎたか」

「いえ、もっとやってやってください。わたしの平穏を無茶苦茶にした犯罪者に同情する気はないですし」


「でも、あんまりやると今度は俺も危害を加えたとかで捕まるからなぁ」

「ふふ、たしかに。ただでさえ、変質者状態ですし。夜道で見たら、まじやばですね」



そう言われて、我が身を再度振り見て、俺は首を縦に振らざるをえない。

うん、たしかにやばい。


夜道で見たら、まず30メートルは距離をとる。

なんて思っていたら、彼女は俺にスマホのカメラを向けてきた。


「……おい、やめろよ」

「まぁまぁ。なかなかないですよ、こんな瞬間。それに、先生のこんな面白い写真、持ってたら色々脅しに使えそうじゃん?」

「あのなぁ」


もうすっかり、いつもの調子だ。

そう思っていたのだけれど、彼女のほうを見てみれば、目元からは涙が伝っている。よく見てみれば、顔もくしゃくしゃになっている。


無理して気丈に振る舞って見ても、大人っぽい考え方を持っている彼女も、その実はただの女子高生だ。


だから泣きたいときには、泣く方がいい。


だが、その涙はストーカー風情に見せてやるほど安いものじゃない。俺は彼女の頭に、自分がさっきまで被っていた大きなハットをかけてやる。


「……先生?」

「これなら、気兼ねないだろ」

「……ですね。お気遣いどうも」


彼女は深くハットをかぶると、俺の背中側へと戻る。

軽く聞こえる嗚咽に、やっと終わったという実感がわいてきて、俺は軽く安どのため息をついた。


「人のものじゃなかったら完璧だったのに」


千種がなにやら呟く。


「どういう意味だよ」

「うわ、なんで聞こえてるんですか。普通は聞こえないものなんですよ、漫画だと」

「はぁ? 意味分からないこと言うなよ」


そこから、しょうもない口先だけの言い合いをしていたら、


「お! もう片付いてる! すいません、こっちです」


そこへ、ひかりが駆けてきた。

彼女はその後ろに、警察官を一人伴っている。


これも手はず通りだ。


もともと、交番の近くになるよう誘導しており、もし強く抵抗されたりナイフを持っていたりするようならば、すぐに捕まえてもらえるよう準備をしていたのだ。


「こいつが、この子のストーカーをしてて……」


俺は、警察官の方を向いて、こう説明をする。


――が、しかし。


「お、お前、なんて格好を……!!」


待っていたのは、俺が疑いの目を向けられる展開だった。



その後、ひかりと千種の二人が弁明をしてくれるが、ストーカーが喚き散らして有耶無耶にされたこともあり、事情聴取として、その格好のまま俺も交番へと連れていかれる。


解放されたのは、かなり遅い時間になってからだった。


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