第98話 なりすまして
俺の立てた秘策には、どうしても準備が必要だった。
そこで俺たちがやってきたのは、某巨大ディスカウントストアだ。
一度はクビになりかけるという業を背負いながらも、店頭に立ち続ける青いペンギンを横目に、俺たちはそのビルの中へと入る。
そうして向かったコーナーはといえば、コスプレコーナーだ。
そこには、どこで誰が使うのか疑問符がつくような衣装が大量に並んでいて、パッケージがすべて派手であるため、目が痛い。
そんななか、ひかりが適当な商品を一つ手に取る。
「色々あるねぇ。えっと、これは魅惑の熟国語教師ーーーーって」
その商品名を読み上げようとして、そこで口を閉ざした。
完全なる自爆だ。
顔を真っ赤にして、そっと商品を元に戻す。
そんな情けない大学生の姿を、冷めた目で見ながら、千種は千種で『キュートな小悪魔ちゃん! みんなのハートを鷲掴み!?』と書かれた衣装を手にして、ため息をつく。
「ほんとにやるんですか、先生」
「……やるよ。そのつもりできてるんだ」
「ま、そういうならいいですけど」
そう呟くと、千種はひかりの横に並んで、二人で商品の吟味を始める。
となるとメインの衣装は、もう二人に任せてもいいかもしれない。
俺が吟味するべきは、帽子などの小物だろうか。
俺はコスプレ衣装コーナーの脇にあった、コスプレ用の小物コーナーで、それらを吟味していく。
そこで、小さな犬くらいには大きい水玉模様のリボンを見つけて、頭にあてがうと、自分のスマホカメラで確認する。
うん、気持ち悪い。十分やばい。だが、もう少しなにか狂気が欲しい。
そう思ってさらに物色していたら、
「ちょっ、千種ちゃん! それはまずいよ。さすがにやばいよ。啓人くんが捕まるかも……」
「いや、でも先生がいいって言ってるんだし。あ、でもさすがに彼氏のこんな姿見たくない?」
「そ、それは……うーん、逆に見てみたいかも?」
「まぁ男子がタイツ履いてる姿なんか見ること、文化祭とかのおふざけ場面でしかないですしね。しかも面白くないというか、寒すぎだし」
「あはは……あれはほらお祭りだから」
……いつのまにか、かなりぶっとんだ衣装がチョイスされている。
今からあれを着ることになると考えれば、なかなかにきついものがあるが……、さっきまでの暗い表情を思えば、千種が随分明るい顔になっていて、ほっとする。
ストーカーを撃退できてかつ、笑いを取れるならむしろ大歓迎だ。
なんなら出来る限り、変態じみた衣装の方がいい。
「でも、こっちのあみあみのほうがいいんじゃないか」
だから振り切って、俺もその衣装チョイスに参戦することとした。
「うわ、啓人くん……さすがにそれは」
「う、うん。先生、それはない」
「な、なんだよ。ないくらいがいいんだよ」
――そうして、計五千円分ほど、俺たちはコスプレ衣装を手に入れたのち、季節外れで安売りされていたロングコートを一着買うと、いよいよ行動へと移る。
そのためにまず向かったのは、千種の最寄り駅である大島駅だ。
ストーカーがいるとして、どこからつけられているか分からない。
だからまず俺は彼女たちと別れるふりをして、一人、別車両にて大島駅へと向かう。
そうして駅に着くなり、トイレに駆け込むと、そこで着替えを済ませた。
あみあみタイツに、フリルミニスカメイド服、そのうえ大きすぎるリボンを頭につける。
鏡で見ずとも、分かる。
今の俺は間違いなく、「近づいてはいけない」人になっている。
だが、それはすぐに悟られてはいけない。
俺は最後に購入した黒いロングコートを纏って、トイレを後にする。
どうにか駅員に不審に思われずに改札をくぐりぬけたら、そこでスマホを手にした。
ひかりとのメッセージを開けば、
『駅前だよ!』『コンビニに寄ったよ』『なんとなくお茶を買ったよ』『これおすすめかも』『今、河川敷のほうに向かってるよ!』
一部余計な報告はあれど、地図情報付きで場所の報告がされているから、俺はそちらのほうへと近づいていく。
もうすっかり日は暮れていたが、無事に二人を見つけることができた。
が、ここからがこの作戦の要だ。ただ合流することが狙いではない。
俺がやるべきは、『変質者』になりきることだ。
だから俺は一気には近づかず、足音を殺しながら、彼女たちが信号待ちや角を曲がるタイミングで、どんどんと距離を詰めていく。
その一方であたりに意識をやってみると、たしかに人の気配がする。
どうやら千種の勘違いではなかったようだ。こちらから変な動きはできないから目視はできないが、ほぼ間違いない。
だから、
『いるよ』
と送れば、ひかりは青ざめた顔のスタンプを送り返してくる。
『大丈夫、なるようになるよ。計画どおりにやればいい』
『そう思うことにする。あ、そろそろ、予定してるところに出るみたい。じゃあ、私はそろそろ行ってくるね』
いよいよ、そのときがきたらしい。
俺はひかりが千種から離れるのを見送ると、ため息を一つつく。
それからスマホをしまい、コートを脱いで地面に置いた。
そうして完全なる変質者の姿になると、俺は足を早めて、千種の後ろに近づいていく。
「や、や、やめろ!!! 変質者め! 彼女をつけていただろ!?」
――そして、だ。
俺は突然現れたフードを被った男に、道を阻まれていた。
勇敢にも手を大きく広げながら放つ台詞だけを切り取れば、まるで少女漫画のヒーローのよう。
そうでなくても、正義感のある通行人かのように映る。
しかし、その実は違う。
その正体は間違いなく、千種のストーカーだ。
なにせ、その顔には見覚えがあった。
なんなら、俺の方は今日も顔を見ている。
この前からずっと、千種を指名し続けていたメイド喫茶の常連客だ。
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