第96話 今後は禁止!
「……え」
俺が顔を上げれば、ひかりはにっと笑う。
「首突っ込んじゃえばいいんだよ! というか、啓人くんなら、そうすると思うけど?」
「俺なら、そうする?」
「うん。だってほら、私を助けてくれた時もそう。啓人くんはたぶん目に入る色んな人を助けちゃうんだよ。そうしないと、気が済まないんだ」
だってほら、とひかりは俺が自分のこめかみに手をやる。
「眉間に皺が寄りすぎてるよ? 心配なんだよ、結局。そんな状態じゃ、夜も寝られないよ。だから行ったほうがいい!」
ひかりがそうはっきり言い切るのに、俺ははっとして目を見開く。
「……嫌じゃないのか。俺が他の人のことを気にしすぎるっていうか、そういうの」
言ったそばから、なんて傲慢なセリフだろうと自分でも思う。
が、それでもどうしても気になって、勝手に漏れ出てきてしまった。
俺としては結構思い詰めていたことだ。が、ひかりはそれを笑い飛ばす。
「あはは、まぁちょっとは嫉妬するよ。でも、それだけ。いいと思うよ。それが啓人くんのいいところだもん。今回のことなら、私も手伝えばそれで大丈夫! でしょ?」
なんて、器の大きさだろう。
俺が考えていた勝手な遠慮はどうやら、彼女の前では無力だったらしい。
「さ、行こ!」
ひかりが俺にそう言い、伝票を手に取る。
さっそく会計へ向かおうとするから、俺は彼女の腕を引く。
「ん、どうしたの」
「ひとつ謝らなきゃいけないことがあるんだ」
俺の言葉に対して、きょとんと首をひねる彼女に、
「この間、千種が元気なさそうにしてた時、あいつが手を離せないからって、チョコを食べさせた。いわゆる、『あーん』で」
俺は店内であることから一応声を潜めて、でも思い切って白状する。
理由は単純だ。
彼女がまっすぐに俺を信用してくれるのなら、より誠実にいかないといけない。
そう思ったのだ。隠しているのは、フェアじゃない。
「え、え、あーん? 口をあーん?」
「そう、その『あーん』だ。悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ、本当に。だからそれだけ謝りたかった」
俺は勢いよく頭を下げる。
それから顔を上げれば彼女は、厳しい顔つきになっていた。
目を大きく見開いて、口元をきゅっと引き結ぶ。
「……いいよ、とは言えないよ、そんなの」
「…………だよな」
無言の時間が流れる。
こうなるのはしょうがない。なにを言われても構わないと覚悟して待っていたら、ひかりはぷっと噴き出して、急にけらけらと笑いだした。
「な、なんだよ」
「深刻な顔しすぎ! 事情があったんでしょ。それくらいで怒らないよ。さ、行こ!」
かなり面食らってしまった。
俺が驚いているうち、彼女は伝票を持って、会計コーナーへと向かっていく。
……どう捉えればいいのだろうか。
一応、許しを得られたということになるのか?
分からなかったけれど、とりあえず今は急いだほうがいい。
急ぎ荷物を片付けて、ひかりと二人して、とりあえずは秋葉原駅の方へと走り出す。
が、ここは都会だ。
その途中、信号に引っ掛かったところで、
「ここ渡ったら、道分けよっか」
と、ひかりが言う。
たしかに、どこへ行ったか分からない以上は手分けをしたほうがいい。
俺たちはその場で、それぞれの取る道を打ち合わせ、信号が変わるのを待つ。
と、その時だ。
ひかりが俺の袖を軽く引っ張る。
「やっぱりさっきの、ちょっと嘘。もう今後は禁止だよ! 私以外には、だめ」
膨れっ面気味に、少し棘のある声でなされたそのお叱りは、実に身に沁みた。
そして、少し、いや、かなり可愛いがすぎる。
心臓を正面から打ち抜かれて、俺がどきりとしていたら、信号が青に変わった。
ひかりは、誰よりも早くそれに反応して、交差点を渡っていく。
俺も遅れているわけにはいかない。
すぐに彼女の後を追って信号を渡り、そこで道を分かつ。
ひかりが向かったのは、電気街の方で、俺が向かったのは秋葉原駅の方だった。
人並みを掻き分けて、俺は千種の姿を探す。
見つかるわけがない。
そう思うくらい、駅前には人が溢れていた。
が、しかし。使い込まれたカバンと、大量に括り付けられたぬいぐるみが、視界の端によぎって、俺はすぐにその後を追う。
そして、無事に捕まえた。
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