第91話 もっとたくさん君を知りたい
もっと冷たくあしらわれるかと思っていた。
だから、その反応は思い描いていたものとは、まったく異なる。
が、改めて考えてみれば、相手はひかりだ。むしろこういう反応のほうが自然ですらある。
どうやら俺は、過去を意識しすぎていたらしい。
二度と同じようなことを起こさないように。そんなふうに気をつけるあまり、自分で自分に蓋をしすぎていたのだ、たぶん。
それをひかりに、躊躇いなく開けられた。
数年間、蓋をしていた自分のしたいことに。
「……えっと、そういうものか?」
「うん、もっと見てみたいなぁ。ね、今度は啓人くんがやってみてよ!」
「そりゃあいいけど」
もう否定されることはない。
それが分かっても、すぐには心が追いついていなかった。
俺は次の台を吟味し始めるひかりについて、その後ろを歩く。
彼女はといえば、超ご機嫌だ。
ポテチを胸に抱えながら、ゲームセンターに流れるよく分からないゲーム音に鼻歌を合わせている。
「よっぽど嬉しかったんだな、それ」
「まぁねー。でも、それがメインの理由じゃないよ?」
ひかりはふと足を止める。
「嬉しいんだ。はじめての啓人くんが見られてる感じがして! これからも、もっと色んな啓人くんを知りたいって、そう思ったから」
振り向きざまに、にっかりと歯を見せた会心の笑みをこちらにくれた。
それからすぐに、今度はチョコレート菓子の景品に釘付けになるが、心に焼き付くには一瞬だけでも十分だった。
本当に、彼女は太陽だ。
一瞬でもその光は、内側に残り続けるらしい。
そしてそれだけではない。
本物の太陽を虫眼鏡で集めたら紙を焦がすこともできるように、「いいなぁ、食べたいなぁ」との彼女の呟きは、俺の心に火をつける。
「これなら一発でも取れるかもしれない」
「え!! 達人、お願いします!!」
それからというもの俺はかなりの数の景品を落としていった。
お菓子も取ったし、犬と猫で対になっている小さなぬいぐるみも取った。
互いに向き合わせると、抱き合わせることができるという、なかなか可愛い仕様のものだ。
ひかりは猫のほうをいたく気に入って、俺には犬のほうをくれる。
それをそれぞれ景品袋に入れて、ゲームセンターを後にした。
だいぶ時間は過ぎていて、街はオレンジ色に染まり始めていたが、それでもまだ、千種との待ち合わせの時間には少し余裕がある。
二人でもう少し歩き回ろう、なんて話をしていたら、
「メイド喫茶いかがですか~!!」
「ぜひ、うちの明治乙女浪漫喫茶・ゴリョーカクへどうぞ~」
「いやいやここは、宇宙開発センター未来研究喫茶がいいですよ!」
気付けば、なかなか衝撃的な通りに出ていた。
道の両端に数名のメイドが立ち並んで、道行く人に勧誘をしかける。
しかも、訳がわからないコンセプトだ。興味がなくても、さすがに気になる。
俺たちの元にも、押し売りが入ってきて、「チラシだけでも!」と去っていった。
「なかなかすごい場所だな、やっぱり」
と俺が漏らせば、そのうちにひかりは別の勧誘を受けている。
「お嬢様、とても可憐ですね」
執事服を着た女性に、だ。
その人が掲げているコンセプトには、「男装喫茶」との表記がなされている。
というか、改めて見回して見たら「外国メイド喫茶」とか、「宇宙人メイド喫茶」とか、もはやなんでもあり状態だ。
しかも五時ごろと中途半端な時間だからか、客よりもメイドのほうが多いときている。
ひかりはあのぶんなら、全員に捕まるかもなぁ……なんて俺がぼんやり思っていたら、
「お兄さん。どうですかぁ、たっぷりサービスしますよ?」
後ろからこう声をかけられた。
高く、耳に残る甘えたような声に思わず振り向けば、
「脈ありですね? お目が高いです~。うち結構お得なんですよ。今ならドリンクにブロマイドつきで――」
メイドさんは一気に俺のすぐ近くまで踏み入ってくる。そのせい、至近距離で目が合って――そして驚いた。
その顔は、今俺たちが待ち合わせているその人物だ。
「って、お? 先生じゃん」
「……なにやってるんだよ、千種」
「なにって見たら分かるでしょ。このカチューシャに、ミニスカメイド服。バイトだけど?」
……いやまぁね?
秋葉原を指定されて、しかも当日まで店の場所は秘密だよー、なんて言われていたから、もしかしたらそういうこともあるのかもしれないと、思わないでもなかったけれども。
そのうえで、あえて言わせてもらいたい。
「カフェって、メイドカフェかよ……!」
「おぉ、これが本場のつっこみかー。メイドさん拍手~!! はい、先生。今の300円」
「押し売りすぎだろ、それは」
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【謝罪】
前回更新日時を間違えまして、本日の更新分を見たことがある方もいらっしゃるかもしれませんがご容赦くださいませ。
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