第90話 クレーンゲームに挑戦する




ゲームセンター内を人目から逃げるように動いて、俺がやっと安息の地を得たのは、階下のクレーンゲームコーナーの真ん中だった。


たまたま人が少ないゾーンで、俺はほっと一つ息をつく。


が、ひかりはといえば、これくらいは慣れきっているのかもしれない。はなからそんなことは気にしていないようで、今度はクレーンゲーム機内の景品を楽しげに見ている。


「わ、ねぇ、すごいよ、大きいポテチの袋! あぁ、あれ食べたいなぁ。できれば全部砕いて、流し込みたい!」

「……すごい食べ方だな、それ。というか、あれはそんな夢のあるもんじゃないぞ。中にはいつものポテチの袋がいくつか入ってるだけだ」

「え、そうなの?」

「うん。大体はそうだよ。ほら、よく見たら五袋入りって書いてあるだろー」


俺がそう言えば、彼女は機械に貼りつくようにして、それを凝視する。


「わ、ほんとだ。なんだ、夢がないよー」


それから露骨に残念そうにして、ため息をついた。

それでその機械は離れるのだけれど、その切り替えは恐ろしく早い。


すぐ横の機械の前でまたしても、声をあげる。


「ねぇ、ねぇ、これはいいんじゃない!?」


今度の景品も、ポテチだった。

が、しかし、その色味が隣とは違う。なにせガラス板の向こう側にあったのは、薄ピンク色をした関西限定のお味だったのだ。


「……さすがに欲しいな、これ」

「うん。私もそう思う。なんか見てたら、うわー食べたい……ってなってきた……」


関東では、普通手に入れることの難しいご当地の味。

帰ればすぐに手に入れられるとはいえ、関東で手に入れようと思うと、通販で買うしかできない代物だ。


これまでの人生では、なにげなく見ていただけのそれが今は輝いて映る。


「私、やってみる……!」


そして、その魅力はひかりを突き動かしたらしい。


彼女はいそいそと財布を取り出し、コイン投入口にお金を入れて、クレーンを動かし始めた。

ゲーム機のタイプとしては、二本の棒に引っかけられた景品を落とす、いわゆる橋形式だ。

二本爪クレーンの位置は、縦と横のボタンをそれぞれ一回ずつ押して、決定する仕組みになっている。


ひかりはまず、横方向のボタンを押して、クレーンを動かしていく。


「うわ、なんかちょっとだけ奥に行き過ぎたかも……」


そしてどうやら思っていたのと違う場所で止めてしまったらしい。

眉を落として、不安そうにする顔が、ゲーム機のガラス板に反射して見える。


「ここからどうしよ……、うーん、取返しつくかなあ」


かなりの真剣みだ。

ひかりはゲーム機の脇へと回り込み、景品の位置を確認する。戻ってきても、悩ましそうに声をあげて、また脇へ。


まるでゲージの中で駆け回るハムスター並に忙しい動きをするから、


「いいや、むしろいいと思うよ。こういうのは、まず斜めにずらすのが正攻法なんだ」


それはつい口をついて出てきた。



しまった、と俺は後から思う。

本当は、なにも言わずに見守っているつもりだったのだ。

一応、この手の設定をどう攻略できるのかは、なんとなく覚えていた。とはいえ、それで絶対に取れるわけでもないし、色々言われたらモチベーションも下がるだろう。


それに、だ。

この趣味は一度、「やめたほうがいい」と明日香に否定されたものである。

だから、内に秘めたままにしておこう、とそう思っていた。


「えっと、いや、なんにもない」


だから俺は改めて否定するのだけれど、


「言ってよー。別に啓人くんに助言貰って失敗しても押し付けたりしないからさ。それに、ここからの挽回方法、まったく分からないし。勢いでお金入れただけだし」


ね? と、ひかりは台に両手をついたまま、後ろを振り返り、困ったように眉を下げて笑って見せる。


こうなったら、弱かった。

もう一度発言してしまっているのだ。今更黙り続けている意味も、わざわざ嘘を教える意味もない。


「……えっと、縦方向は中心より少し手前かな。それで、物の重心を少しずらすんだ」

「おぉ、なんかプロっぽい!」


俺が言ったとおりに、ひかりはボタンを操作して、そこでクレーンは景品である大袋のポテチを掴む。そうして一度は持ち上げるが、結局は、そのまま滑り落としてしまった、


斜めに景品をずらしただけで元の位置へと戻っていってしまう。


「よーし、ね、啓人くん。ここからもあるんだよね、作戦!」

「……まぁあるな。だいたい最短で三回だ」

「じゃあ余すことなく教えてよ。私の限られまくったお金がかかってるからね!」


ひかりはそう言うと、またしてもお金を入れる。

すると機械がぴこんと音をたてて、再び起動した。


俺はそのターンで、ひかりに角をすくうようアドバイスを送る。

そうして景品がバーに引っかかって、斜めになったら、あとは仕上げだ。


最後に奥をクレーンの爪で掬うと……


ばさっと音を立てて、ポテチの大袋はバーの間をすり抜けて、取り出し口へと落ちた。

ゲーム機がアンニュイな音とともに「おめでとう」と音を鳴らす中、ひかりはしばしゲーム機を見たまま固まる。


「と、取れた……。はじめて取ったかも」


それから少しゆっくりと屈むと、取り出し口に手を伸ばし、ポテチを抱え上げた。

まだ実感がわいていないようで、袋をまじまじと見たのち、ぼそりと小さな声で漏らす。


「すごい」

「……え」

「すごすぎる。めっちゃすごいよ。なに、この特技! ボーリングといい、ゲーム系めちゃつよだ!? どうして隠してたの!?」


ひかりはだんだんと声のボリュームをあげて、興奮気味に俺のほうを見上げる。


その質問は答えづらいことこのうえなかった。


「……えっと、昔はよくやってたんだ。でも、色々あってやめろって言われて、それで……」


もう、明日香の話をしたくはなかった。

だからそのあたりを伏せて話したのだが、そのせいで煮え切らない回答になる。


「その、変じゃないか」


だから最後、俺が控えめにこう聞けば、彼女はきょとんと首を傾げた。


「全然だよ? むしろ、めっちゃいいじゃん!」


と、食い気味に言う。

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