第89話 ゲームセンターでも注目の的?
数日後、平日の昼下がり。
俺とひかりは、サブカルの聖地・秋葉原にいた。
この駅は、何度か降り立ったことがある。
大学のある御茶ノ水からは一本でいけるし、乗り換えなどに利用することも多い。
それに、こちらに引っ越してきた際には、駅直結の大型家電量販店で掃除機やらを購入したこともあったっけ。
が、しかし。
いわゆる電気街のほうにくるのは、これがはじめてのことであった。
「なんか、すごいね」
「あぁ……」
いつか、表参道で呟いたのと同じような感想を二人して抱く。
が、その様相はまるで違う。
表参道のほうは整然としており、きらきらと眩しいオーラを放っていたが、こちらは全体的にカラフルで賑やかしい。
とにかく情報量が多かった。
看板もそうだし、道行く人もそう。
サラリーマンがスマホを片手に闊歩する横を、ごりごりにコスプレをしたガタイのいいお姉さんが通っていき、その後ろから猫耳おじさんが登場する――あまりにも、ちゃんこすぎる光景だ。
他ではそう見られるものじゃない。
「でも、これなら飽きなさそうかも?」
「たしかに、暇つぶしにはもってこいだな」
明白な目的はなかった。
千種にバイトを紹介してもらうにあたり、指定されたのが秋葉原駅だったのだが、待ち合わせ時間は夕方で、授業は昼までだった。
そこで彼女を待つ時間を利用して、先にここへやってきたのだ。
ここに混じっていいものかという躊躇はありつつも、俺たちは通りを流れに乗って歩き始める。
平日にもかかわらず、かなりの人だ。
平気で肩がぶつかりそうになるし、すぐにでもはぐれかねない。
そこで俺はあくまで自然と、ひかりの手を掬った。
すると彼女の方は、思いっきり肩をすぼめて、ちょこちょこと変な歩き方になる。
「……別にそこまで緊張することないだろ」
「分かってるよぉ。でも、だって、無理だもん……」
何度か手を繋いできたとはいえ、不慣れなのはそれくらいで変わるものではないらしい。
彼女は抗議するかのように俺の手をぎゅうっと握りしめる。
それから手をぱっと離して、俺の袖を掴んだ。
「……一旦、これでどうかな」
「いいけど――」
「伸びないように、でしょ。分かってるよ、それは」
会話が途切れる。
やはり意識してしまうと、色々難しい。なにか言おうと思うのだけれど、言葉が見つからない。
そこできょろきょろと辺りを振り見る。そして、見つけた。
「ねぇ、ここ入って――」
「一回中見て――」
ひかりも同時に。
言葉が被って、俺たちはどちらも途中で言葉を切る。
俺たちが見つけたのは、白と青の電飾を光らせ、爆音を響き渡らせているゲームセンターだ。
その正面に置いてある子供向けゲーム機の犬が『さぁ遊んでいこう!!』と大音量で読み上げる。
それに俺がふっと噴き出せば、ひかりがくすりと笑った。
「考えることは一緒だね」
「みたいだな。ここなら、空気変えられるかもって思った」
「あは、正直すぎるよ、それ。でも、うん、私もそう思う。遊んで行こっか」
俺は単に頷き、二人して中へと入る。
その際、この空気を打ち壊してくれた犬の機械の頭をぽんと一つ撫でておいた。
ゲームセンター内を見て回る。
まず一階に並べられていたのは、クレーンゲームであった。
「わ、色んなものがあるねぇ」
ひかりがこう目をきらきらとさせながら言う横で、俺はふと懐かしい気持ちになる。
昔は、こういうクレーンゲームの攻略をするのが好きで、動画を見漁っては挑戦していた。
もっともその趣味は、明日香に不評であり、それ以来ゲームセンターに行くこともなくなっていたが……
見ていると、どうしてもうずうずしてしまう。
どうやったら取れるだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、
「ね、啓人くん! これやりたい!」
ひかりが一つのゲーム機の前まで、俺の手を引いていく。
それは、太鼓を使った非常にポピュラーな音ゲーだ。
店内には他にもたくさんの機械があり、そこには人が溜まっていたが、その機会は空いていた。
もしかしたら、わざわざ秋葉原に来てまでやろうとする人が少ないのかもしれない。
「地元のゲームセンターにもあったよね、これ。結構、昔やったなぁ」
ひかりは、備え付けのバチを手にして、太鼓を叩く素振りをする。
問答無用の可愛さだった。
「どんどん!」
とか言ったあとに照れくさそうに笑うのだから、もはや天使以外のなにものでもない。
俺は少し惚けてしまったあと、はっとして彼女の服装を改めて見て、ほっと息をつく。
バッティングセンターでの無防備な恰好のことがあったから警戒したが、今日は防御力高めのコーデだ。
オーバーサイズのいわゆる『ゆるだぼ』なパーカーに、裾の広いバギーパンツ。
前と違い、隙はほとんどない。
「え、なに、なんで見られてるの?」
「ちょっとした事前確認だよ。せっかくだし、やるか」
「うん! えへへ、啓人くんと初ゲームだ~!」
お金を払って、俺たちはいざプレイへと移る。
ゲーム自体は、久しぶりな事もあり、なかなかたどたどしいものだった。
難しさのランクを低いものを選んだにもかかわらず、二人して、音を外しながら、どうにかクリアするレベル。
が、しかし、三曲分のゲームが終わって見ると……
どういうわけか、俺たちの後ろにはたくさんの人がいた。
「めっちゃ楽しい!! ね、啓人くん、もう一回……って、わ!? めっちゃ待ってる!?」
と、ひかりは言うが、たぶん違う。
いきなり大人気になったりはしない。
たぶん、下手でこそあれ、楽しそうに叩くひかりに、惹かれて集まってきたのだろう。
待っているふりをして見学していたのだ。
……さすがすぎる。
が、じろじろ見られるのは気分がいいものじゃない。
「うん、だからまた今度だな」
俺はひかりにこう言い、荷物を手にする。
「はーい」
もしかしたら、運動をしたことで気持ちが開放的になったのかもしれない。
ひかりが俺の手を自ら握ってくる。
「あいつ、羨ましすぎる……」
去り際、こんな怨嗟のような声が聞えてきたのを俺は聞き逃さなかった。
まぁたしかに、俺も外から見ていたら、同じことを思っただろう。
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