第83話 ナチュラルボーンモテ女は口説かれてることにも気づかず、ナンパ男を撃退する

色々な意味で刺激的だった初めてのバイトを終えて、数日後。


その日、水曜の授業は三限、昼からだった。

それをいいことに、たっぷり寝こけていたら、気づけば十二時すぎ。


余裕を持って食事をとっている時間もなかったから、昨夜に半額で手に入れていた菓子パン一つを口に詰め込んで、俺は家を出た。


『おはよう、めっちゃ寝てたわ』


と、電車に揺られながら、ひかりへメッセージを送る。


『そんなことかと思ってたとこ。ちなみに優等生の私は、もう教室だよ。間に合うの?』

『間に合うよ、一応な』

『でも遅れてるらしいよ、千代田線』


『まじかよ』

『啓人くんの日頃の行いだね。明治神宮に参拝してきたら? お祓いしてもらうの』

『遅刻するだろうが』

『あは、じゃあ今日の放課後は私暇だから、お参りしてきてあげよっか? 五限まで詰め詰めの啓人くんの代わりに』

『五限なんでとったんだろ、俺』


と、流れのままに、こんなやりとりを交わす。

特段の用件があるわけでもなかったが、それは脈々と続き、電車を降りて学内へ入っても止まらない。


『教室どこだっけ』

『205教室ね! 真ん中の席にいるよ』


とのメッセージを最後に見てから、スマホをしまって教室へと入れば、ひかりの姿はすぐに見つけられた。


なぜなら彼女は、ひときわ目立っていた。



もちろん、彼女自身の眩しさもある。

今日も今日とて、その輝きは色褪せない。


コーデ自体は落ち着いている。

白シャツにデニム地のジャケットという、少しカジュアルな格好で、いかにも大学生らしい格好だ。



他にも同じ服装をしている人は何人もいる。

が、ランクが違う。そもそも別次元にいる。



が、彼女が目立っていたのは、それだけが理由じゃない。

なにやら背の高い男子生徒数名と話をしていたのだ。


……たしか、あれは、学部でイケメンと噂されている男二人組……だった気がする。

聞き齧っただけだから、分からないけれど。



とにかく俺は、ひかりの方へと近づいていく。


「ねぇ授業終わったら、暇だったりしない? 俺たち、今日カラオケ行くんだけど、一緒にどう?」


すると、男のうち一人が笑顔を作りながら、こう言う。


ひかりを狙っている――のかもしれない。

だが、さすがイケメンというべきか。さらりというから、本当にただ友人として話しかけている可能性もなくはない。


俺はとりあえず静観しようかと思ってっていたら、


「あー、ごめん、今日は用事あって」

「そっかぁ。いつならいけるの? もしかしてバイトとかしてる?」

「いや、うーん、ちょっと。家の事情とかもあるんだよね。まぁなんか、そんな感じ」


……もはや、会話になっていなかった。 


というか、今日の放課後は暇だとさっき聞いていたから、思いっきり嘘までついている。


そうして噛み合わないラリーはそこで終わり、


「えーっと……まぁ、またいつかだな。じゃあまた」

「あ、うん」


そうして俺が席に着く頃には、イケメンたちは席を去っていった。


それを見送るでもなく、彼女は俺のほうに小さく微笑み、それから口を尖らせる。


「遅いよー、啓人くん」

「あ、あぁ」


人が変わったかのごとく、まるで反応が違った。


さっきまでは一応笑顔こそ見せていたけれど、明らかに壁を感じていたのに、今はまったくそんなものは感じられない。


むしろ、扉全開! そんな感じだ。


「……なに、今の」


俺は思わずこう聞いてしまう。


「なんのこと?」


それに、ひかりは目を見開き、きょとんと首を傾げるではないか。


……これが、ナチュラルボーンモテ女ということなのかもしれない。

さっきの脈0会話は、とくに意識するでもなく、やっていたらしい。


なんて、恐ろしいのだろうと思いつつも、彼氏としては少しほっとしかけて、はっと気づく。


「今の、もし『みんなで』って言われてたらどうしてた?」

「…………うーん、迷ったかも?」

「おいおい」


……やっぱり騙されやすいところは、健在らしい。


「むー、でも行くにしても、絶対啓人くんに相談してるよ? だから、前より安全!」

「……ならいいけど」

「うんうん。逆に啓人くんが誘われても相談してね」


まぁそんな機会、そう訪れないとは思うが。

俺がふっと笑っていると、


「でも、そもそもお金なかったし、断ってたかもね」


ひかりがこう話を元に戻す。


おかしな話だ。

だってバイト代はこの間もらったばかり。


それも、修羅場回避のファインプレーもあり、一万円以上貰ったのだ。

実際、俺の手元にはほぼ残っている。


ちょっとした贅沢として、夜にファミレスに行ったり、ラーメンでネギを山盛りトッピングしたりしたけれど、それでもまだ余っている。



まさか誰かに盗まれたのだったりしてーーそう思いかけて、理由が分かった。


今日の格好は、これまで一度も見たことがない。

耳元に垂れているパールのイヤリングも、服装も目新しい。


変わっていないのは、胸元で輝く若葉のネックレスくらいだ。


「どこで買ったんだよ、それ。そんな時間あったか?」

「う。ばれたかー……。そう、買っちゃったの。ネット通販。ぽちっと、その日に」

「え、バッセンの日?」

「そう。帰って二十分くらいで」


……貰って即使うなんて、あまりにもスピーディーすぎる。


さすが散財癖は伊達じゃない。

貰ったそばから、右から左へ。

あまりにも経済の循環に貢献しすぎている。


「このコーデが一式で五千円だよ? ちょうどタイムセールで安くなってたの! あと、母の日の贈り物もしたし、美味しそうだったお肉も買っちゃった!」

「……すげぇなフルコンボすぎるだろ」


「でもさ逆に考えたら、それで一万ちょっとに収めたのすごくない? たぶん才能あるよ、私」


と、ひかりは得意げに言うから、俺は苦笑いしかできない。


いつか彼女が家計の紐を握る日が来たら、まるで穴が空いた財布の如く、お金が貯まらなさそう……。


なんて思っていたら、彼女は髪を耳にかけて、こちらに見せてくる。


「ふふん、これも買ったんだよ? これなんと、たったの千円〜! 可愛いでしょ?」


彼女が小指の先で揺らすのは、小さな星のついたイヤリングだ。

クリスタルイエローのそれは、たしかによく似合っているのだが、それよりも。


その仕草に、耳の形や、頬にかけての白さに、どきりとさせられる。


普段隠れている場所が見えているというのは、それだけで少し特別感を覚えてしまうらしい。


うまく声が出なくなるが、それでもなんとか、


「……か、可愛いと思う」


こう絞り出そしたところで、チャイムが鳴った。


「そ、そっか…………」

「あぁ、えっと、うん」


……なんてタイミングの悪さだろう。

なんとなくお互い照れてしまった状態で、授業に入る羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る