第78話 言いたくなったら言えばいい。
♢
それはまったく予想をしていなかった。
だから、ひかりは口にステーキを詰め込んだままだったし、今里さんは角砂糖を噛んでいる途中で、俺はフォークとナイフの置き方が分からず、色んな置き方を試している最中だった。
だから、誰もすぐには反応できない。
がりっと砂糖が砕かれる音と、ステーキを咀嚼するもぐもぐ音が、やけに響いて聞こえてくる。
結婚式と言う晴れの舞台であるのに、お気軽に修羅場展開であった。
周囲はお祝いムードに包まれているせいか、お酒が入ったせいか、俺たちのテーブルで起きている事態になんて気づいていない。
会場中から笑い声が響く中、俺たちのテーブルにだけに暗雲が垂れ込めていた。
ばれたときの対策なんて、考えてはいなかった。
それに油断しきっていたから、すぐには言葉が出てこない。
「ちゃ、ちゃんとお友達です! やらせてもらってます!」
「……はい。私たちは友達ですよ」
ひかりと今里さんがこう答えるが、新郎は厳しい目を変えない。
「もういいですよ、茶番は。そうなんでしょう? あんな下手な演技されても分かりますよ」
どうやら彼はもう確信しているらしかった。
こうなってしまったら言い訳はするだけ、むしろ逆効果だ。
火に油を注ぐことになりかねない。
「そうですよ。たしかに友人役の依頼を受けました」
そう考えた俺は、正直にこう切り返した。
他の二人は目を点にしているが、しょうがない。
「……やっぱりですか、あいつ嘘をついてたんですね」
新郎は力なくそう呟くと、腰元で手を強く握りしめて、ぎりっと歯を噛んで俯く。
実に厳しい顔をしたまま、檀上のほうに戻っていこうとする。
少なくとも、お色直しをして綺麗になって出てくる新婦を迎えるにはふさわしくない表情だった。
ここでこのまま戻してしまったら、その様子のおかしさは新婦だけじゃなく他の参加者も気づく。
そうなったら、式自体が台無しになりかねない。
俺たちにとってはただのバイトでも、彼らにとっては一生に一度の式だ。
今日の一日はきっと、これから先もずっと思い返すことになる。そんな一日が俺たちのせいで壊れてしまう。
それを分かっていてこのままにするのは、友人役として失格だろう。
「あの」
俺はとっさに彼を、こう呼び止めた。
「……なんですか」
新郎がこちらを振り返る。
そこへ新郎の友人が騒ぐ声が聞えてきて、道筋が決まった。
「別に怒ることないんじゃないですか」
「……こんな日まで嘘をついてたのに? 俺、こういう嘘が一番嫌いなんです。ちゃんと言ってくれれば済む話なのに。中学時代の友人がいないくらいで拒否したりしない」
「新婦さんはあなたに過去を知られたくなかったわけじゃないですよ」
「……はぁ? じゃあなんで」
「気を遣ってほしくなかったんじゃないですか。あなたが中学時代の友人を気軽に呼べるようにしたかった。相手だけ連れてきて、自分が連れてこなかったら、招待人数にも差が出る。そうなったら、あなたが遠慮するかもしれない。だから、こうしてわざわざ代理人を立てたんです。あなたのために」
……もっともらしく語ったが、すべて今考えたものだった。
新郎の友人たちが騒いでいたことで、とっさに思いついたのだ。
本当のところどうだかは知らない。
だが、たぶんきっとそれに近い思いは持っているはずだ。
新婦が新郎のことを思いやっているのは、傍から見ているだけでも十分に伝わってきた。
相手を優先した結果、こうなったのかもしれない。
まぁあくまで可能性の話だが。
本当のところは、ただ言いたくないと思っているだけかもしれないが。
「……あいつ、そんなことを」
「嘘が全部悪いわけじゃないと思いますよ。そのままにしていたほうが美しい嘘もありますから」
俺はこう話をまとめて、横目にちらりと新婦のご家族の席を窺う。
彼らは、別にこちらを見てはいなかった。
が、新郎は俺のその仕草で、「話に気づかれるかもしれない」と勝手に勘違いをしてくれたらしい。
「……そうですね」
と一言残して、壇上へと戻っていく。
彼が席に着いたのを見て俺は大きくため息をついた。
さすがにあの展開は、気力をごっそりと持っていかれた。
さすがにもう、よそゆきモードは営業終了だ。
「もう今日終わってもいいかなぁ」
俺が背もたれによりかかりながらこう言うと、今里さんがぼそりと呟く。
「……そのままにしていたほうがいい嘘、ですか。うまいこと言うものですね」
「あるだろ、実際。そのほうがうまくいくなら、それが正しい時もある」
「……それが大切な人相手、たとえば友人でも?」
なにを確かめたいかは、ほんのりと分かった。
控室での微妙なやり取りを少し気にしていたかもしれない。
「いいんじゃないの。それが別に相手に不義理なことじゃなかったら。なんでもかんでも言えば、それが友人ってわけじゃないと思うけどな。そもそも全部晒すなんて無理だし。言いたくなったらそのとき言えればいいんじゃないの」
俺だって別に過去のことは嬉々として語りたくない。
元カノに振られたとか、昔はぼっちだったとか、そんな話だって今里さんにはしていないが、それでもちゃんと友達だ。
「そういうものですか」
今里さんは少し俯いて、そう呟く。
その顔色ははっきりとはうかがえない。顔を上げたときには、いつもの真顔に戻っている。
「……とにかく、なかなかの狂言師でした。頼りになりますね、割と」
「余計だよ、最後の言葉」
「では訂正いたします、頼りになりますね、かなり。このままうちのカフェで雇いたいくらいです」
「……それはまた考えさせてもらうよ」
「よろしくお願い申し上げます。では、今の内容は、新婦に共有しておきます。少なくとも、助かったと思ってくれるはずです」
「それならいいけど」
俺はふぅと一つ息をつく。
そこへ隣からえぐえぐと聞こえてきて、ぎょっとする。
なにかと見れば、ひかりが目元を袖でぬぐっている。
目元は少し赤らんでいた。
まったく理由が分からない。
「え、なに。一人だけ感動映画でも見てた?」
「もう、違うったら! 新婦さんの気持ちが素敵だなぁって思って」
……どうやら嘘を嘘だと気づいていないらしい。
さすがは、生粋の天然少女だ。どこまでも純真である。
この場合は、嘘をつき続ける理由もない。嘘を使ってもいいとは思うが、むやみに乱発してもいいとは思わない。
それに彼女の場合は、嘘に騙されやすすぎるのだ。サークル選びとかもね。
「あれ、俺のでっちあげだよ」
だから正直に言えば、
「……え」
ひかりは目を大きく見開いて、俺の方を見る。
まるで壊れたカメラみたいに、ぱちぱちと目を瞬く。
これは怒られるかもなぁなんて思っていたのだが、
「それはそれですごいかも。啓人くん、天才!?」
出てきたのはまさかの褒め言葉だった。
「そうですね。あなたの彼氏はなかなかやりますよ」
それに今里さんが悪乗りする。
「うんうん、私の彼氏、天才だ!」
……どういうわけか、俺が照れる羽目になっていた。
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