第77話 完璧な対応力?


どうやらグループごとに檀上にある新郎新婦の席まで行って、一緒に写真を撮ることができる時間に入ったらしい。

わらわらと各席ごとに、人が前方へと移動し始める。


「これって行った方がいい奴だよな、たぶん」

「どうだろ。私たちと撮っても新婦さんは嬉しくないだろうけど……」


俺とひかりの目は、今里さんへと向く。


が、しかし。

そこにはぼけっと口を開けた今里さんが首を左に傾けた状態で、項垂れており……


まるでリングの端で燃え尽きた伝説のボクサーみたいになっていた。


まだ砂糖は届いていないらしい。


「……いきましょう。友人役ですから体裁は必要です」


電波状況が最悪なスマホの通信くらいはっきり遅れてから、かすれた声で一応返事がある。

ここまできたら重症だ。


「今里さんは残ってたらいいんじゃないか。俺たちで行くよ」

「うん、そうだよ。ここで砂糖の補給を待ってた方がいいよ」


俺たちはこう促すのだが、しかし、一応仕事という意識はあるのだろう。

今里さんはふらりと立ちあがるから、俺たちはその後ろをついていくしかなくなる。



さすがに本当の友達を差し置いて、先に撮影するわけにもいかなかった。

列の最後尾に並び、順番待ちをする。


前の集団を見ていると、彼らは自由にポーズをとって歓談も交わすなど、結構楽しげな雰囲気を醸し出していた。



写真投稿SNSとかでよく見る画像って、こんなふうに撮られてたんだなぁ。なんて思うと同時、気づいてしまった。


俺たちにも、同じような振る舞いやトークが求められるのではないだろうか、と。



いやいや、やばいなにも考えていない。

というか、そのあたりの話をまったく詰めていない。


たぶん本当は今里さんが、さっきの時間を使ってしてくれる予定だったのだろうが、今の放心状態だ。


「どうする? どういうふうなテンションで行く?」


俺は、今や唯一の味方、ひかりにそう尋ねる。


「気にしすぎだよ。普通に写真撮って、おめでとう~って感じでなんとかなるよ」


すると、返ってきたのは実に彼女らしい発言だ。


たしかに、ひかりくらい天性の陽キャラならば、たとえ初対面でまったく面識がなくても、友人のように振る舞うことができるのかもしれない。


やっぱり、常にクラスの中心であり続けた女子は違う。

俺みたいに無駄なことをそもそも考えたりしないらしい。


なんて頼もしいんだろう、俺の彼女。


……と、順番が回ってくるまでは思っていたのだけれど。



「ほ、ほ、本日はお日柄もよく!!」


なんで、そうなる。

そう心の中で突っ込まずにはいられないくらい、壇上にたどり着いた彼女はきょどきょどとしていた。


……大根役者にもほどがある。変に固い笑顔をはりつけて、口端をぴくぴくと引き攣らせながら喋る内容は、中身なしだ。


そういえば、と思いだすのは中学二年の文化祭。

彼女は、満場一致でヒロイン役に一度選ばれはしたものの、結果的には裏方に回されて、別の子がメインを張るようになったのだっけ。


うすらぼんやりと、頭の中にかつての彼女の姿がよみがえる。

そういえば、同じ道具係として少しだけ口をきいたこともあったような――


って、過去の記憶をたどって現実逃避している場合じゃない。


「お、お日柄? 君の友達、変わってるね」


まだ写真撮影も済んでいないのに、新郎から彼女を疑うコメントが出てきてしまっている。


「え、えっと、緊張してるんだよね、ひかりちゃん」

「そ、そんなところです! 舞い上がっております!」


新婦とひかりが、どうにか誤魔化そうとしているが、たぶんこのままだと数秒後にはもたなくなる。


かといって、砂糖切れのご令嬢はまったく頼りにならないし……。

もうこうなったら、俺がどうにかするしかない。


「このたびは本当におめでとうございます」


俺はとりあえずこう頭を下げて、仕切り直しを図る。


ちょっとぶっきらぼうになってしまったが、これくらいはしょうがない。

実際、新婦も新郎も軽く流してくれていた。


「かなりお似合いだな」


だから俺は新婦の方へと、こう投げかける。中学時代の友人らしく、あえて砕けた調子を心掛けた。

どうか話に乗ってくれ。祈るような気持ちで思っていたら、


「ありがとう。なんか野上にそう言われるの新鮮だ」


胸元に着けていた名札を見つつこう切り返してくれたから、いけると思った。


「俺も、まさかお前に言う事になるなんて思わなかったよ。なぁ?」


俺はまず、ひかりと今里さんにこう尋ねる。


それに対して、ひかりはばね人形みたく激しく頭を縦に振って「うんうんうん」と言う。

一方の今里さんは虚空を見つめながらも、一応は首をこくんと一つ縦に振った。


決して自然ではないが、一応及第点くらいはとれているはずだ。


「中学の時は、結婚なんてしないって言ってたんですよ」


だから今度は、新郎へと話を振る。


「みなさんは、中学時代の同級生なんですか?」

「はい、まぁ。文化祭の準備が同じ班になって、それで仲良くなったんです」

「はは、青春ですね。こいつからあんまり聞いたことがなかったので、なんか嬉しいです」

「もうやめてよ~」


無事にある程度、それらしい話が成立する。

そうこうしていると、カメラマンのほうの準備が整った。


他の参加者みたくはっちゃけることはできないが、一応ピースを作る。

そこで新婦が新郎の髪型を正してやる一コマも挟みながら、無事に、撮影タイムは終了した。



俺たちは壇上から降りて、自席へと戻る。


「啓人くん、すごすぎ! びっくりしたよ、なに、あの対応力! いつもの啓人くんとは思えない! 完璧な対応力だったよ」


席に着くなりひかりが、興奮気味にこう言う。

褒められてるんだか、けなされてるんだか。


まぁひかりの場合、まず前者なのだろうが。


「……いつもはスイッチが入ってないっていうか。切り替えさえしたら、あれくらいできるようになったんだよ、高校で」


そう、これは暗い中学時代を送った分を取り返そうとして身に着けた技の一つだ。


社交的でない性格であることはもう変えられない。

それはその時点で、もう諦めていた。


だから俺は、最初だけと割り切り、明るさを装うことはできる。


人間関係において、第一印象というのはかなり強く残る。

だからそのあと、実際には明るい人間でないと分かっても、意外と流れでどうにかなるのだ。


まぁ大学入学当初は、明日香に振られたショックのせいでそれもできなくなっていたが、今はまたできるようになっていた。


「すごいなぁ、特技じゃん。私はもう全然だもん。なに、「お日柄もよく」って。笑えるよね」

「自分でも思ってたのかよ、それ」

「あはは、まぁね。でも助かったぁ、ばれると思ったよ~。ね、聖良ちゃん」


ひかりは、今里さんにそう問いかける。

まだ砂糖切れから復活してないんじゃ……と思ったら、俺たちが席を外しているうちに、角砂糖が供給されていたらしい。


今里さんはそれを口にいくつも放り込み、もしゃもしゃと嚙みながら、


「とても助かりました。それと、先ほどは失礼いたしました」


と、ぺこり頭を下げる。


この反応は、正常だ。

燃料の投下により、一応は再起動してくれたらしい。


「いいよ、別に。でも、少し砂糖は減らした方がいいな。早死にするぞ。まじで」

「本望です」

「覚悟決まりすぎだろ。鎌倉武士かよ」



その後は、前に出て行くようなイベントもなかった。

そのため、メインディッシュやら飲み物を存分に堪能して、時間を過ごす。


気持ち的には、ほとんど終わりの気分になっていた。

あとはこのまま、恋人と友人と楽しく会話をして会が終わるのを待ち、最後に挨拶をして退出すれば、それでこのトリッキーなバイトは無事に終わる――。


そう考えていたのが甘かったらしい。


新婦がお色直しで席を外した時間、どういうわけか新郎がこちらまでやってきて、


「あなたたち、本当に由実……妻の友達ですか」


こう尋ねてきたのだ。


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