第76話 食事は美味しければいい?



ブーケトスが終わったのち、俺たちが移動したのは披露宴会場だった。



披露宴は、食事あり、各種イベントありと、式の中では実質的にメインイベントにあたる。

むしろこの時のために来ているという人も多くいるはずで、お金も一番かけられているはずだ。


そのため、まだまだ友人役としての仕事は続いているのだが、しかし。


「あ、このジュース美味しい!」

「マンゴージュースですね。たしかに、なかなか上質ですね。もう一杯もらいましょうか」

「あ、そっか。おかわり無料なんだね。じゃあお願いしちゃお~。めったに飲む機会ないもんね!」


新郎新婦の入場、祝辞、乾杯、ケーキ入刀などが終わった今。

俺の前では、まるでファミレスのドリンクバーに来た中学生みたいな会話が繰り広げられていた。


「おかわり無料」という言葉がすでになんとなく庶民派っぽい。

せめて「飲み放題」って言ったほうがいいんじゃ……と思うが、それも結局、披露宴で使うにはふさわしくない単語のような気がする。


じゃあなにが正しいんだろう。


なんて、なににもならないことをぼうっと考えながら俺も、二人に流されて頼んだマンゴージュースを飲む。


「あ、美味い」

「でしょ! 啓人くんも、おかわりしちゃえ」


これでも一応、勤務中だ。

だが、先ほどまでよりはよっぽど気楽に過ごすことができる。


なぜなら披露宴会場に用意されていた席は、グループごとに分けられていた。

俺たちの席は、「中学生時代の同級生」として、三人で一つの丸テーブルを囲っている。


隣のテーブルはご親族たちの席となっていたが、テーブルとテーブルの間には十分な間隔が設けられており、よその会話が聞こえてくることもないから、たぶんこちらの会話も届いていないはずだ。


「ついでに角砂糖も頼みますね。私としたことが、いつもの服とは違うというだけで、控室に置いてきてしまいました」

「えっ、聖良ちゃん。もしかして、そのジュースに砂糖いれるの」

「そうですが、なにか」

「だってもう十分甘いよね、それ」

「砂糖の甘みはまた別ですから。強烈なのです。それに噛み心地を堪能したいですから。あの舌に残るじゃりっとした感覚も、砂糖以外では味わえません」


……聞かれていなくて、本当によかった。

もしこんな会話が耳に入ろうものなら、披露宴そのものよりも、今里さんの動向が絶対に気になってしまう人が出てきかねない。


「語られても分からないからな、ちなみに」


俺はこう口を挟む。


「では、実際に飲んでみてはいかがでしょうか。特別にお作りしますよ」

「いや、えっとそれは……」

「遠慮ならする必要はありませんよ」


危うく、とんでもない劇物を飲まされかけていたところで、会場のライトがいっせいに落ちた。

壮大な音楽とともに、会場前方のスクリーンには新郎新婦の紹介ムービーが映し出される。


助かった、と内心ほっとしつつ、俺はその映像へと目を向けた。


いわゆる、よくあるタイプの構成だ。

幼い頃の二人から、今に至るまでの写真や動画が時系列順に流されていく。


その途中では、「懐かしいなぁ」なんて声も上がるのだけれど、もちろん俺たちが出てくるわけもない。



そもそも新婦の方の中学時代の写真は、ほとんど使われていないようだった。

同じ制服を着ていたのは、入学式に撮ったのであろう校門前での写真と、クラスの集合写真のみだ。


新郎の方が何枚も写真を使っているのとは大きく違う。


その後の高校生の写真が何枚もあったことを思えば、使う写真があまりなかったのだろう。


たとえば俺がこうした人生ムービーを作ったとしたら、同じような事になりそうだなぁ……なんて。


いつか来るかもしれない日をぼんやり思い描いていると、その動画の最後で、「食事をお楽しみください」との案内があり、給仕が始まる。

そうして最初に提供された前菜は、もはや見たこともないほど豪華だ。


簡単に言えば、色々なお刺身の乗ったサラダなのだが、その見た目からして、ファミレスの同じようなメニューとは全く違う。

ガラス製のレンゲが五本、皿の上に並べられており、その一つ一つの上で別々のサラダが作られているのだ。


その中には、鯛やキャビアなどまでふんだんに使っているものもあり、まぁ見るからにお高い。


「どう食えばいいんだ、これ」


俺は思わず、今里さんにこう投げかける。


というのも、レンゲのサイズはそのまま口に入れるには少し大きかった。

もしかしたら、小皿として使っているだけかもしれない。


実際、スプーンやフォークも用意されている。

これをそのまま食べようものなら、赤っ恥をかく可能性も捨てきれない。



が、しかし。返事はなかった。

聞えていなかったかと思って顔を上げれば、そこには別人が座っていた。


いやもちろん、今里聖良ではある。髪型とか身長とか、もろもろの要素は彼女そのものだ。


が、同一人物かどうか疑いたくなるくらい、さっきまでの貴族然とした高貴なオーラは消えている。

むしろその纏う空気は、どんより淀んですら感じる。


頬の血色はなんだか青っぽく、げっそりとして見えた。



この短時間でなにがあったの、とは思わない。原因は明白だ。


「えっと、申しわけありません。今なにか言いましたか」

「いや、大したことじゃないよ。とにかく、まずは早く糖分接種したほうがいい」

「お言葉に甘えたいところなのですが、なかなか忙しいようですね。ジュースは届きましたが、肝心の砂糖を忘れてしまったようです」


……まぁ普通は一緒に頼まれるようなものじゃないしね。


今里さんは、砂糖の代わりとばかり、マンゴージュースを勢いよく吸う。が、やはりそれでは代用が効かないらしい。

空になっても音を立てて吸い続ける、ご令嬢らしからぬ行為を少し引き気味に見ていると、


「うまぁ! めちゃうまだよ、これ~!」


隣では、ひかりが大口を開けてレンゲを口にしていた。

それも次々に大口を開けて一口で平らげていく。そのたびに、リスのように頬袋を膨らませたあと、「ん~」と目を細める姿は愛らしくはあったが、果たしてこれが正しいのかは分からない。


「あってるのかよ、それ」

「美味しければ、よし! だよ。ほら啓人くんも食べてみて!」


まぁたしかに言われてみれば、そうかもしれない。

俺はレンゲを手にして、ふと辺りを見回す。


すると、どうやら他のテーブルの人はみんな、スプーンですくって食べていた。

俺はぴたりと動きを止める。


が、ひかりだけに恥をかかせるわけにもいかないと、結局レンゲごと口に入れた。

そこへタイミング悪くウエイターさんがやってきて……


「こちら、鴨肉を使ったパイになっております。フォークとナイフでお召し上がりください」


単に料理の説明だけして去っていった。

言葉にこそされなかったが、明らかにやばい奴を見る顔をしていた……ような気がする。


なにを使うか教えてくれたあたり、やっぱり間違っていたらしい。


と、ろくに味わうこともできず、俺が勝手に一人恥ずかしさにもだえていたら、ひかりはからっと眩しい笑みを見せる。


「ね、美味しいでしょ。これが正解だよ、きっと」

「あぁ、そういうことにしておこうか、もう」


うん、それがいい。

どうせあのウエイターさんに会うことなんて、もうないのだ。


とは思うものの、結局は小心者なのが俺だ。

さすがにもうレンゲのままは口にできず、俺はフォークを手にして、丁寧に一つ一つ食べていく。


そうして手こずっているうち、司会の方から案内されたのは写真撮影タイムだった。

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