第75話 幸せにするし、なる。
♢
俺たちの役割は、新婦の中学時代の友人役とのことであった。
どうやらその頃には友達が少なかったようで、その場に誰もいないのは不自然だからとの理由で代役を求めていたらしい。
そのため、代役だと知っているのは、新婦と俺たちだけとのことだ。
新婦の境遇としては、俺とよく似ている。
そのため、一応、気持ちは分かる。
友達がいないという事実そのものより、それが親や知り合いにバレて、妙に気を遣われたりすることのほうがよほどメンタルにくる。
たとえそれが過去形であっても、人によっては気になっても、なにらおかしなことじゃない。
なんとか力になるためにもうまくやりたい。
そう思ってこそいたのだが、いざチャペルに入ると、なかなかどうして落ち着かなかった。
周りをきょろきょろとしていたら、今里さんに裾を引かれる。
「難しいことをする必要はありません。単に祝う気持ちを持っているだけで十分です」
……なるほど、たしかにそうだ。
別になにか特別なことをしなければいけないわけじゃない。
その言葉で落ち着きを取り戻して、俺は新郎新婦の入場から誓いのキスまでを見守る。
口づけの瞬間、ひかりが「わ」と小さく言った横顔を見て勝手に唾を飲んだが、これくらいは許されるはずだ。
そうして、無事に挙式が終わる。
俺がほっと息をついていたら、今度はそのまま、全員が外へと向かいはじめた。
「えっと、今からはなにをやるんだ?」
そんななか今里さんに小声で聞けば、
「ブーケトスの時間です。私たちは後ろの方にいましょう。受け取ってしまってもしょうがないですから」
とのこと。
たしかに俺たちが受け取ってしまっても、新婦は喜ばないだろう。
「そっかー、なんかもったいない気もするけど仕方ないよね」
ひかりもそれに納得して、俺たちは最後に会場を出る。
そうして向かった場所はさっきの大階段の下だ。
どうやらこの階段の中腹から、ブーケを放り投げるらしい。
俺たちはまず花束が届かないであろう、下段の方に陣取り、セレモニーのときを待つ。
そこへブーケを抱えて、新婦が現れた。
「わあ、綺麗なお花」
と、ひかりが口にする。
たしかに、紫と白をメインに作られたそのブーケはなかなかに美しい。
そして、それがお披露目されるや、その場の空気が変わった気がする。
女性陣、とくに若い人たちの目つきが変わったといおうか、ただのお祝いムードから、一転ぴりっとひりつく感じさえある。
「な、なんかみんな本気なんだね?」
「うん。このイベントの時はいつも取り合い。恋は戦争だから」
格言じみた今里さんの言葉を聞いていたら、司会の女性がカウントダウンを行う。
そして、「0」と言った瞬間、屋根上についたベルが鳴り響きはじめた。
そして、どうもこれが合図だったらしい。
いよいよブーケが投げられる。
それは思ったより高く放り投げられて、俺たち参列者の固まる場所へと降ってきた。
それに手を伸ばす者は、たくさんいた。無理に取ろうと、身を乗り出して、人にぶつかるような人もいる。
本当に戦場みたいだ。そう思っていたら、意外にも近いところまで花束は飛んできて……
「え」
ひかりの腕の中に、ぽすりと収まっていた。
彼女が目を開き戸惑っているうち、あたりからは拍手が起こり、歓声や指笛が聞こえる。
司会の方からは、「おめでとうございます!」とマイクを使ったコールがなされる。
「ご新婦のご友人がお受け取りになりました!」
というが、実際にはエキストラのようなものだ。
が、その事情を知っているのは新婦と俺たちだけである。
「ここは受け取っておきましょう」
と、小声で今里さんが言う。
が、喧噪にまぎれていたから、ひかりに聞こえていたのだかどうか。
彼女はそれを抱えたまま、しばらく固まる。
そこからの行動が意外なものであった。
ひかりはしばらく目を点にしていたものの、花束のブーケを持ったまま、しゃがむ。
そこにいたのは、五歳くらいの小さな女の子だ。新郎か新婦の親戚の子供だろう。
背の高い大人たちに紛れており、俺はその存在に気付いていなかったが、たぶん必死に手を伸ばしていたのだろう。
ひかりはその存在に気付いていたらしい。
「これは、あなたにあげるね」
「……いいの?」
「うん。お姉さんは、これがなくても、いつか幸せにしてもらえる、幸せになるし、するって決まってるからね」
ひかりはそう言うと、ちらりこちらを見て、ウインク一つ。それからブーケを少女へと差し出す。
その女の子がそれを受け取ると、今度はさっき以上の拍手が巻き起こった。
見上げてみれば、新婦も涙ぐんでいる。
まさに神がかり的な対応だった。
この対応には今里さんも目を丸く見開いていた。
「すごいですね、ひかりさんは」
「まったくだよ。素でこれができるのは、ひかりだけだ」
「そうですね。荷が重いですね、野上さん。この人を幸せにしなかったらきっと、なにかしらの天罰が下りますよ」
「……怖いこと言うなぁ」
でも、本当にそうかもしれない。
これだけ善意を固めたみたいな子が、不幸せになっていいわけがない。
できるだけのことはしよう、と俺はひっそりと心の中で思いを固めるのであった。
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