第73話 あなた方が結婚されるのかと。



週末、土曜日の昼下がり。


俺とひかりは、表参道駅に降り立っていた。

名前だけは昔からテレビなどでよく聞いていた。いわゆる「おしゃれ」「いまどき」という単語を簡単に連想できる超有名駅だ。


出口から地上に上がってきただけで、勝手に圧倒される。


ビルが立ち並ぶ光景は、東京なら別に珍しいものでもないのだが、ただのビジネス街という感じではない。

カフェやブティックなどが軒を連ねる並木道などは、どことなく雰囲気がお洒落な息遣いがすると言おうか。


少なくとも、これまで足を運んだどの街よりも上品に映った。



なぜこんな場所に来ているかといえば、例の結婚式の友人役バイトのためだ。


本音をいえば、一度目のバイトとしてはトリッキーすぎるし、できるなら普通のバイトから慣れていきたい。

慎重派を自認する俺は、そう思わないでもなかったが、バイト以前に友達の頼みだ。

できるなら助けになりたい。そんな思いから俺たちはその場でバイトを引き受けた結果、呼び出されたのがこの街だった。


「なんか、東京って感じだ。今すっごく東京の風を感じてるよ、私」

「あぁ、俺もだ。なんつーか、俺、ここにいて大丈夫か?」

「その気持ち、すごく分かるよ……」


完全アウェーの雰囲気を感じつつも、俺たちは事前に教えて貰っていた住所とスマホのマップを頼りに、目的地であるカフェへと向かう。


そしてたどり着いたところで、いっそう驚かされることとなった。


「……極まったな」

「うん、極まってるね、これは。お洒落を圧縮した感じだ……」


『ル・キャフェ・イマサト』。


その外観は、想像をはるかに超えるものであった。

写真は事前に見ていたし、なんとなくお洒落なカフェなんだろうなぁとは思っていたが、目の前にあったのは、明らかにカフェの次元を超えた施設であった。


最初はカフェで結婚式と言われてイメージがわかなかったが、こりゃ結婚式にも使われるわけだと思う。


もはやファンタジーで見る貴族屋敷とか、神殿とかの体裁をしていた。

というか、それそのものだ。


ガラスアートのあしらわれた長い石畳の階段も、その先にあるアーチも、立派な塔のついた白基調の建物も、まるでお城のよう。


その屋根部分を見上げてみれば、大きな鐘がついていた。

たぶんウエディングの際には、あれが鳴るのだろう。


俺は階段の下から建物を見上げながら、半ば放心してしまう。



「分かってたけど聖良ちゃんってとんでもないお嬢様だったんだね……。だってこれ今里家の持ってるカフェってことだもんね。もはやカフェじゃないけど」

「あぁ、生きてる世界が違いすぎるな、これ。今すごく痛感してる。えっと、とりあえず行くか、カフェの入口。……カフェじゃないけど」


「そ、そうだね。この階段、使っていいんだよね。これ、新郎新婦様専用だったりしないよね?」

「たぶん大丈夫じゃないか? 階段のぼった先だって、今里さんに聞いてるし」


たぶん結婚式の本番では、ここを新郎新婦や家族がのぼっていくのだろうが、少なくとも今はまだ大丈夫のはずだ。


俺の返事に、ひかりは一つ頷く。

それから階段を上がり始めるのだが、その足取りは見るからに不安定だ。


膝を軽く震えさせながら、腕を少し広げて、よろめきつつ歩く。


「どうしたんだよ」


と聞けば、


「ここを花嫁様が歩くんだと思うと、なんか緊張というか、変な感覚になっちゃって……」


とのこと。

すぐに見ていられなくなって、俺は彼女のもとへと駆け寄り、手を取った。


「ひかり、気をつけろよ」


俺としては、助けたつもりだった。

しかしどういうわけか、彼女はその段からぴたりとも動かなくなる。


「えっと、なにやってるんだ? ほら行くぞ」

「……むぅ、啓人くんのせいだよ。そもそも緊張してたのに、もっと緊張しちゃうじゃん」


「わ、悪い。離そうか?」

「……それも、だめ。一回握ったんだから、最後まで握ってて」


ひかりはそう言うと、ぎゅうっと手を握り締めてくる。


あんまりにも、可愛い、そして愛おしい。

その仕草も言葉も、俺の心を簡単に撃ち抜く。


一気に心拍数が上がっていた。

なんなら俺のほうが動揺して、足元がおぼつかなくなりそうだ。


それでも心を落ち着けて、やっとのことで階段をのぼりきる。

そうしてほっと一息ついたところで


「あなた方がご結婚されるのかと勘違いしたくなりますね」


真後ろから唐突に声をかけられて、俺もひかりも伸び上がることとなった。

ぱっと手を離して振り返れば、真後ろには今里さんがいる。



「せ、聖良ちゃん!? な、な、なんでこんなところに?」

「あなた方が迷ってしまうとよくないかと思い、下まで迎えに出ておりました」

「も、も、もしかして、見てた?」


「……「緊張してきたかも」と、ひかりさんがおっしゃった時から」

「それ、ほぼ最初じゃん! 声かけてよぉ」

「邪魔になるといけませんから」


ひかりは「うわぁ恥ずかしい、やり直したい〜」と声をあげて、頭を抱えながら上下に揺するオーバーなリアクションをする隣、俺は俺で込み上げてくる照れから、俯いて頭を掻く。


「キスの一つでもされますか? 式本番にはここで誓いの儀式をされる方も人もいますよ」

「し、し、しないよ!?」

「そうですか、それは残念です」


今里さんは眉を下げて、しょんぼりと少し低いトーンで言う。


なんで見たがってるんだよ……。

本来ならそうツッコミを入れてやりたかったのだが、恥ずかしさがまさって声が出ない。


ひかりの方を見れば、彼女も顔を真っ赤にしているが、そんなことは今里さんには関係のないことらしい。


「では、まいりましょう。こちらです」


先々と建物の中へと入っていくから、俺とひかりは、目を合わせられなくなりつつも、とりあえずそれについていった。

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