第71話 妄想大爆発?



突然下された禁止令にしばし唖然としたのち、


「なんでだよ」


俺はこう聞き返す。

だめな理由が思い当たらなかったからだ。


「バイトって、そんなにダメなことだったか? というか、『やりたいことリスト』のなかにも書いてあっただろ、バイトがしたいって」

「……それはそうだけど、そうじゃなくて。だって、だって……。バイトなんかしたら……」


ひかりはどんどんと声のトーンを落としていく。


「私との時間が減っちゃうじゃんか」


そののち受話器の奥から漏れ聞こえてきたのは、これだ。


まるで爆弾だった。ありったけの思いが込められた、いわばお気持ち爆弾。

俺の胸へと的確に投げ込まれたそれは、裏側で大爆発を起こして、なんとなくもやもやとしていた気持ちをすべて吹き飛ばす。


同時に、バイトなんてもうどうでもよくなっていた。

俺の中で優先順位をつけるなら、バイトはせいぜい家事の下で、十位圏外。


逆に、ダントツ一位は彼女だ。


なんでもいいなら、やらなきゃいい。


というか、そもそも彼女との関係を進展させる目的で始めようと思っていたのだ。


そのひかりを悲しませてまでバイトに固執するのは、本末転倒だ。

そう思いかけていたのだが、


「もしも、の話だよ? たとえば啓人くんがコンビニでバイトするとしてね。そこにいつも通ってる常連のOLさんと、雨の日とかにふとしたきっかけで会話が生まれて、そのまま仲良くなったりして、ラブレターもらったりするかもしれないじゃん?」


……始まったのは、謎の物語だった。

彼女の口からつむがれるのは、漫画でしか見ないような展開で、現実にある話じゃない。


「えっと」


俺は戸惑いから、こう漏らすのだが、彼女はなおも続ける。


「だからって、ファミレスのキッチンに入ったら、今度は料理ができるって分かって、同僚の女の子にモテちゃったりするかもだし。夜遅くなって、うっかりご飯作りに行く関係になったりするかもしれないじゃん」

「……どんな妄想だよ。なにそのラノベみたいな話」

「むー、本当になるかもしれないじゃんか。他にもパターン浮かんでるよ。たとえばチケットのもぎりだったら――」

「まだ続けるのか、これ」

「だって、思い浮かんだんだもん」


ひかりは、少しだけ不満の乗った声で言う。

それだけで、むすっと少し頬を膨らませているのが想像できて、俺は少し笑う。


「笑わないでよぉ……」

「悪い。でも、あまりにも、ありえない話だったからさ」


そう、どれもこれもたとえもし可能性があるとしても、ひかりが側にいる限りは起こりえない。

それこそ物語で言うなら、ヒロインはただ一人に決まっている。


俺がずっと側にいてほしいのは、彼女なのだ。


それで一つ、はっと思い付いた。


「じゃあさ。バイト、一緒にやるっていうのは、どうだ?」

「……へ」

「それなら、同じ場所で働けるから、会う時間も増える。それにお金も手に入るだろ」


我ながら、なかなかの名案だ。


なにも彼女は、バイトそのものを否定しているわけじゃない。二人の時間を減らさないことは、バイトをしながらでもやりようはある。


そもそも、二人でやるという前提で、『やりたいことリスト』は作ったのだ。


「たしかにそうだけど、バイト……。バイトかぁ……。なんにも考えてなかったよ、私」

「それは俺もだよ。正直、なんにも思いつかなかった」

「だねぇ。あ、でも憧れてるのなら一つあるかも!」


そこで、ひかりからメッセージが飛んできた。

なにかと思って開いてみると、そこに表示されていたのは、いわゆる治験の求人だ。


三日で十万円というのはたしかに魅力的ではあるが、正直、普通に考えたら第一候補に出てくるものじゃない。


「いきなりにしては、すごいチョイスだな、おい。否定はしないけど、一回目のバイトに選ぶものじゃないと思うけど」

「えー、だって寝てたらお金貰えるって聞いたことがあって、いいなぁって思ってたんだよね」


「リスクも大きいこと忘れるなよ。それに、生活監視されるようなものらしいし。もっといろいろできるだろ、ひかりなら」

「うーん……、たとえば?」

「遊園地のキャストとか?」

「無理無理! そもそも踊れないし、あぁいう人ってみんな、すごいきらきらしてるじゃん? あんなところ立てないよ」


ひかりはこう言うが、俺からすれば、イメージするのは容易い。


多少踊りが下手でも、関係ないだろう。

着ぐるみのキャラたちよりも、人目を引く存在になってもおかしくない。


でもまぁ、やってほしいかといえば、NOだ。


あんまり目立って、色んな人の目に触れてほしくない。できるならその輝きを独り占めにしていたい。

そんな、彼氏としてのちょっとしたエゴも持ち合わせている。


「まぁ勧めておいてなんだけど、俺は絶対にキャストは無理だから、別のがいいな」

「うーん、じゃあなににしようか」

「ちょうど二人以上募集してるところじゃないといけないな」

「あ、たしかに」


その後、ひかりとのバイト談義は続く。

が、結果として答えが出ることはなかった。


バイトという共通の話題が出たことにより、久しぶりに、相手を強く意識せずに会話ができたことが大きかった。

単純に会話を楽しんでいるうち、気づけば深夜になっていて……


明日の授業のことを考えて、俺たちはそこで話を切り上げたのであった。


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