第70話 だめっ!!!!


さて、一人の家に帰ってきて。


俺は帰路の途中にある弁当屋で購入した唐揚弁当250円(三割引きに惹かれて、買うつもりがなかったのに気づいたら買っていた)を食べながら、スマホで調べものをしていた。


その中身は、自分でも恥ずかしい内容で……


『彼女 付き合いたて 進展』なんて、そんな中身が履歴の一覧ページにはずらりと並んでいる。


調べている理由はもちろん、ひかりとの関係について考えるところがあったからだ。


なにか悪化しているわけじゃない。

今日だってむしろ、雰囲気自体はよかったとも言える。


が、最近二人になったときの会話に、どうにもぎこちなさが生まれてしまっている部分は、やはり気がかりなところであった。


明日香と付き合っていたときは、始まり方が始まり方だったから、逆に友達のときと変わらない自然体で入れたが、そのときとは勝手が違う。



俺は、『彼女と距離を縮める方法五選』なるサイトを、藁にも縋る思いで閲覧する。

が、まぁ分かっていたことで広告を消すのが面倒なだけの結果だ。


「旅行に行こう」とか「デートの回数を増やして」とか「プレゼントをあげてみよう」とか「お泊まりデート」とか、ありきたりなことばかりが書いてある。


健全に関係を積み上げていこうと思ったら、とりあえず「お泊まり」「旅行」はなしだ。


じゃあ他の選択肢はどうかといえば、どれを選んだとしてもお金が問答無用でかかってくる。


苦学生とまではいわないが、決して多くのお金を持っているわけじゃない。どうしたものかと考えて、浮かんだのは千種の顔だ。


「……バイト」


俺ももう大学生だ。

東京での生活に慣れてきたらバイトでも始めようかなぁ、なんてうすらぼんやり思っていたが、いよいよその好機が訪れたのかもしれない。


俺はさっそく、求人サイトを開く。

地域を絞って検索にかけようとして、はたと気づいた。



バイトと一口に言っても、色々ある。

居酒屋、コンビニ、塾、工場、さすが東京だけあって求人の数も多く、選択肢は幅広い。


「……なんにも思いつかないな」


俺は箸を止めて、サイトを眺める。

今日のボランティアがあったから「塾講師」というのはよぎらないでもなかったが、その仕事がなかなかどうしてブラックらしいことは事前に調べていた。


だから、できれば避けたい。


そういう意味では、居酒屋もなしだ。酔っ払いに絡まれたくないし、夜中までハードに働くイメージがある。


コンビニ接客もイメージがつかないので、なし。強いていえば、家事代行だが……そこまでできるわけでもない。


と、そんなふうにしていると、いつのまにか画面の一番下にたどり着いていた。


つまり、なにもぴんとくるものはなかった。

ページ下部の『やりたいことをバイトにしよう!』との求人サイトのキャッチコピーを見つめながら、俺は一度ため息をつく。


やりたいこと、と言われても困る。

それが思いつかないから、すべての求人をスルーしてしまったのだ。


やりたいこと、やりたいこと……。

俺は頭の中で念仏のように唱える。


が、こんなことでなにか答えが見つかるわけもなく。

むしろそうやって考えていくうちに、思考は底の見えない渦に巻き込まれていき、


「なんか俺って、なんなんだ?」


俺はスマホを机の上に置き、後ろへと倒れ込む。


昔は、したいことといえば、クレーンゲームだったりボーリングだったり、家庭菜園だったりそれなりにあった。

だが、今はそのどれもやっていない。


受験ですべてを勉強に注いだ……というのもあるが、ゲーム関係に関しては、明日香に「それ、やめたら」と言われたことも大きかった。


「なんかださいよ」と一刀両断されて、別に禁止されたわけではないのだけれど、気づけば、足が遠のくようになっていたっけ。


灰色の煙のようなものが心の中でくすぶりだして、俺は一つため息をついて、考えるのをやめる。


身体を起こしてスマホを手に取る。


『バイトしようかな。なんかいいのないかな』


それから何気なく、ひかりに連絡を入れた。


別に、なにか明白な答えを求めてのものじゃない。

単なる何気ない会話の一つとして、投げかけただけで、別にどう返されてもよかった。


なんならスタンプなんかでも別にいい。そんなぐらいだったから、既読になった瞬間にスマホがピリリと鳴ったときには、まぁ驚いた。


俺は不思議に思いつつも、通話ボタンを押す。


「……め」


すると、第一声はこれだった。

電話の先、ひかりは小さな声でぼそりと言う。


なんだか音が遠く聞こえにくかった。だから俺はスピーカーモードにして、耳にスマホを当てて、「なんのこと」と聞き返す。


そして、


「バイト、だめっ!!!!」


食らったのは、鼓膜を破らんばかりの大シャウトだ。

しかも、まさかの禁止令だった。

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