第65話 うちの彼女は格好よくもなれるらしい。
そうして始まったテストの出来は、確かに気合が入ったものだった。
いろいろな科目の問題が程よく取り入れられており、自作とは思えないクオリティをしている。
時間は一時間ちょうどが設けられていた。
俺はその全ての時間を使い切り、問題に取り組む。
その結果はといえばーー
「うむ、文系の一位は文句なしだな。野上! 他のやつの点数は言わないが、お前だけは言おう。満点だ!」
これだ。
長野会長が大きく頷きながら答案を返してくれるのに、俺はほっとする。
久しぶりだったから少し記憶が揺らいでいる部分もあったが、どうにかなったらしい。
おぉ、と背後で固まって座っていた一年連中から声が上がる。
「頭いいなぁ、まじで。なんとなくそんな気がしてたけど。さすが俺の親友にして、リヴァさんだぜ」
もともと座っていた席に戻ったところで、後ろからそう茶化してくるのは無二の大親友ーーじゃなくて、同期の林だ。
「あだ名みたいにリヴァイアサンを約すなよ。つーか、リヴァイアサンって怪物だからな、たしか。うれしくない」
「いやいや、ある意味、怪物だぜ? 受験終わって一ヶ月経って、その成績は。もっと上の大学行けたんじゃね?」
「……さぁどうだろうな」
それ以上は、ここで突っ込まれたくない話だった。
そりゃ自分でも行けたとは思うし、それなりに自信もあった。なんならより偏差値の高いとされる大学に受かってもいた。
それでも結果として俺は、明日香と一緒になるため、ここへきたのだ。
だが、そんなものはあえて喋ることではない。
俺が言葉を濁していると、
「啓人くん、さすがだね! 私は全然だ〜」
そのうちにテスト用紙を返却されたらしいひかりが、右から割って入ってきた。
へらっと笑いながら、答案用紙を折りたたむ。
「お、青葉っちは何点よ?」
「だめだめ、見せられないよ。林くんは自信あるの?」
「ねぇ。まったくねぇ。悲惨なの目に見えてんだよなぁ俺。推薦の時以来、遊んでただけだし。たぶん三十ねぇぜ?」
……もしかすると、俺が答えづらそうにしているのに気づいて、助け舟を出してくれたのかもしれない。
彼女は、軽く俺に目配せをくれる。思わずどきりとする。
それはいつもの鼓動とは少し違う。乙女なドキリだ。
林が答案をもらいに席を立ったところで、
「ありがとうな」
俺はひかりに小声で言う。
すると返ってきたのは、ほんのり口端を上げるような軽い笑みだ。
「ふふ、いいんだよ。これくらい。私は自分のやりたいことしただけだもん」
……どうやらうちの彼女は、格好よくもなれてしまうらしい。
いつもはラブコメ映画のヒロインみたく、とにかく可愛いくせに、今日はまるで少女漫画のヒーロー。ずば抜けて可愛いうえに格好いいとか、もしかしなくても無敵なのかもしれない。
「それで、ひかりの点数は?」
「……それは啓人くんにも秘密! 点数教え合うのって中学生っぽくていいなぁって思わなくもないけど、やっぱダメ!」
「『やりたいことリスト』に中学生っぽいことをする、って追加してたのに?」
「それはそれ! これはこれだよ」
ひかりはそう言うと、さらに細かく用紙をたたみ、スカートのポケットへとつっこみ、目を瞑って、つんと顎を反らす。
仕草自体は可愛いが、同時に恐ろしい未来も見える。
……これは、あれだ。
いずれ洗濯物の中から、くしゃくしゃになって出てきて、そこらじゅうの洗濯物に、紙クズがつくやつだ。
「悪いこと言わないから、せめて鞄に入れとけよ。洗ったらスカートにインク染みるぞ」
俺は彼女に、そう進言する。
「……うぅ、たしかに」
すると、ひかりはそれを聞き入れて、再び用紙を取り出す。
そしてそれをそのまま、今度は机のフックにかけていた手提げのかばんにつっこんだ。
まぁあの魔窟部屋を作り出すのだ。これくらいは平気でやるよね。
間違いなく、いつかくしゃくしゃになって出てくるやつだ、これは。
そうは思えど、あんまり言っても、いびりが趣味の姑みたいになりかねない。
恋人同士でそれはどうなんだと思って、ぐっと堪え、ここは黙っておいた。
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