第66話 やってきた生徒は、ザ・女子高生?




それからしばらく、俺たちは席に仕切りを設けてブースを作るなど、授業の準備に入った。


日曜という事もあり、途中からは先輩たちも加わって総勢十名体制。

俺たちはブースごとに分かれて、生徒を待つ。


俺が任されたのは高三生、つまりは受験生への指導だ。

長野会長の言うところによれば、もっとも頭のいい人間が担当することがきまりらしく、前までは静岡副会長が担当していたようだが……


「……困ったら言って。結構難しいかも」


いつも頼れる冷静な先輩がこんなコメントを残していたから、よほどプレッシャーがかかることらしかった。


難しい内容になってくるうえ、絶対に間違ってはいけないからだろう。

もし間違って指導してしまったら、そのミスが人生にかかわることになりかねない。


そして、さらにハードルを上げるのは自分が理解するだけじゃ足りないという点だ。

相手に理解してもらおうと思ったら、うまく言葉にして説明するという、また別の技術がいる。


テストをただ解くのとは、訳が違う。

一応、元カノ・明日香にはよく勉強を教えていた。結果として、勉強嫌いだった彼女を桂堂に入れることはできたが、まともな経験はそれだけだ。


だから不安に思っていたら、もっとも離れたブース、入口に近い付近から、ひかりの笑い声がする。


見れば、三田さん、林と談笑していた。

一番端は、中学一年~二年生向けのブースだ。


およそ点数順に上の学年から振り分けられているから、さっき点数を隠した理由がなんとなく分かったが、まぁいい。

今はなにか、受験生の頃の復習でも――とスマホを取り出したところで、中高生らが入ってきた。


どきりとしつつ、俺は呼吸を落ち着けて待つ。

すると、そこへやってきたのは一人の女の子だ。


「あ、今日はよろしくお願いしまーす」


ぱっと見で抱いた印象は、『ザJK』であった。

彼女は、赤いリボン付きの白シャツに、チャコールブラウン色で縞模様のプリーツスカートという、スタンダードな制服姿だった。


華奢な身体に比して大きく見えるリュックを背負っており、そのリュックの脇には大きなぬいぐるみ(最近SNSで流行りの、うさぎのゆるキャラ)が揺れる。


顔立ちはすっきりとした印象ではあるものの、化粧が行き届いていた。

まつげは綺麗に反り返り、その目元はきらきらと光って、うるると潤んで見える。


……いたなぁ、こういう子。

と、思い浮かべるのは先日の同窓会だ。きらきらしていて、クラスの中心女子を形成していた一人の顔を、目の前の女子に重ねる。


そうしていたら、


「どうかしました? 顔になんかついてます?」


俺の隣に座った彼女が顔を覗きこんできて、きらきらの爪を見せるように自分を指さして言う。


「……いいや。こちらこそ、よろしく」


俺はぺこりと頭を下げる。

すると、「よろしくです~」と彼女も頭を下げてきた。


「なんか固すぎですって。あと、自己紹介してください。名前は?」

「……野上だよ」

「野上さんね。わたしは、千種(ちぐさ)。下の名前は、葉月(はづき)ね。で、下の名前は?」


いや、聞く必要ある……?

そう思いたくなる質問だったが、答えない理由もない。


「啓人だよ。それと、年齢は大学一年生だ」

「質問先回りされた……。なかなかやるなぁ。でも、そっか学年一つ上かぁ。じゃあ同い年じゃん実質」


どういうことだろう。


まさか留年?

そう思っていたら、彼女はにこと笑いながら、自分のスマホを取り出す。

見せてくれたカレンダーの画面、四月二日の場所にはホールケーキのマークが描かれてある。


「ほら、わたし、ぎりぎりこの学年で。だから、今のところ、一つ上の学年に同じ十八歳の人が多くて。野上さんは?」


俺の誕生日は、十一月だ。たしかに、今は同い年とも言えるかもしれない。

俺はこくりと首を縦に振る。すると、なぜか不満顔だ。こうして目を細められると、なかなか圧を感じさせる。


「普通今の流れは誕生日の話で盛り上がる流れだし」

「……えらい聞いてくるなぁ」

「今、『えらい』って言った? あ、もしかして関西人? 大阪の人じゃん、はじめて話すかも」

「兵庫の人だけどな」

「そっか兵庫かー、てことは神戸?」


関西人という部分に興味を持たれたらしい。

千種は俺のほうへとぐっと身を乗り出してくる。


そのときには、少し巻いたミディアムの髪から香水の甘い匂いが、強めに香ってきて、俺は思わず少し椅子を引く。


そこで、自分の行いに気付いたらしい。


「あ、ごめんなさい。ちょっと距離感間違えちゃいました~。いつもの癖で」


千種は、にこにこ笑いながら、こほんと咳払いしたのち、元の位置まで戻る。

ローファーのつま先を床につけて、椅子の前脚を浮かせたと思うと、椅子を斜め後ろへ傾けた。


そうして、彼女は他のブースの様子を確認する。

同じタイミングで周りを見渡せば、もうブースによっては静かになっていたから、勉強を始めているらしい。


「っと。そろそろ、やらないと。科目、英語でいいです?」

「あぁ、文系の科目ならだいたい大丈夫だよ」

「おー、できる人だー」


と口をすぼめながら彼女は後ろを振り返り、椅子の背に掛けていたかばんの中から教科書を探ろうとする。

中には、ほとんどの教科の参考資料が詰められているらしい。


えーっと、と呟きながら、それを引っ張り出そうとする千種を見つつ、俺はほっと一息ついた。

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