第64話 付き合ってるよ、俺たち


「よ、一昨日ぶりだな、俺の大親友、野上くん〜」

「……なった覚えないんだけど?」


「いやいや、あれだけ熱い投げ合いしたら、もうダチじゃね? お前、高校野球の漫画見たことない? ライバルは試合が終わったら、ダチだぞ」

「そりゃあるけどボーリングだとなんか締まらないだろー」


日曜日、俺は林と再び顔を合わせていた。


その理由は、半ば反則的な妨害により負けてしまい、結局ラーメン半チャンセットのチャーシュー海苔トッピングを奢らされたときのリベンジーーーーではなくて。


サークル活動の集まりでの話だ。


今日の活動は、高校生、中学生を相手にした学習支援のボランティアである。


全体の集合は十四時。


だが、どういうわけか一年連中だけ十三時に呼び出されたため、駅前に集まり集団で公民館へと向かっている最中であった。


男子と女子、大学生になっても同じグループの中で、なんとなくそれぞれに分かれてしまうのは変わらない。


男子が前で、女子が後ろの組になって歩く。



そうしていたら、いきなり一人の女子に左肩を叩かれた。

なんだよと振り返ると、いつかの金髪ピアスのイケイケ女子。


これで名古屋の田舎寄りの出身で、家の周りは森な、上京ギャル。


確か名前は三田柚。「みた」ではなく、「さんだ」。関西人からすると、馴染みのある名前だ。


彼女は、やけににやにやとした表情で俺の顔を覗き込みながら、俺の隣を横歩きする。


……まるでキャッチのお姉さんだ。

それも、居酒屋に勧誘する気満々の、ごりごり違法なやつ。


もう予約してる店あるんで、と逃げたくなる。


「……なんだよ」

「別に理由ないから気にしないで」


というが、理由はだいたい察せられた。


俺は後ろを振り向く。

そこには、女子たちに囲まれて、顔を赤くしながら肩を窄める、ひかりの姿がある。


ちらり目が合う。

火照った顔でぎゅっと目を瞑るのだから、なんとも分かりやすい。


一応、付き合っていることは、あんまりむやみに言いふらさない方向で話をしていたのだが……


あのテンパりようだと、すぐに吐いてしまったのだろう。

まぁどうせいつかはバレる話といえば、そうだ。


「……付き合ってるよ、俺たち」


だから、三田さんにそう言う。


すると、後ろからは「やっぱり?」「だよねぇ」「陽動成功!」なんて、キャピキャピした声が聞こえてきた。


……もしかしなくても、はめられたらしい。


ひかりは口を割っていなかったようだ。


「三田っち、さすがだぜ。やるなぁ」

「ま、うちにかかれば余裕ね」


三田さんが俺を挟んで林と話し込む中、後ろから、つんとつつかれる。


振り返れば、ひかりが目を尖らせていた。


「なんで言ったの」


ぷくっと軽く膨らんだ頬まで含めて、怖いというより、ただただ可愛らしい。


俺は少しペースを落として彼女の横に並び、


「どうせ、ばれてたことだよ。というか、ひかりが分かりやすすぎるんだ」


こう宥める。


「む……。だって彼氏できたの初めてで、どう言ったらいいのか分からないし、誤魔化したこともなかったんだもん」

「だよな。責めてないよ、別に。そもそも言ったのは俺だし」


「むぅ余裕ぶってる。ちょっとムカつく。自分が彼女できるの二回目だからって先輩ヅラはよくないと思います〜」

「そんなのしてないって。ただ……」


俺はちらり、あたりに目を配る。


すると、その瞬間に視線を逸らした人間が、多数いた。


ちょっと歩いて、またちらりと見れば、今度も一斉に視線を逸らされる。


完全に注目の的だ。

こうなってくると、ちょっとした話すらやりづらい。


高校生の頃にはおよそ卒業したといっても、どこまでいってもメンタルは、元ぼっちのままだ。大勢の視線を気にしないなんてできない。


こういう環境に晒されると結局は弱いのだ。



俺は喋れなくなり、ひかりもひかりで恥ずかしそうに、もじもじとする。


そして、そんな様子まで彼らには餌になるらしい。

やっぱり視線を感じ続ける。


そうして見る、見ない、の攻防を繰り広げていたら、そのうちに目的地である公民館にたどり着いていていた。





館内へと入り、うちのサークル名・『ティアナ』で予約されていた部屋まで向かう。


外から見る限り、すでに電気はついていた。

だから、一応全員で顔を見合わせて頷き合う。そののち、


「失礼しやーす」


林を筆頭に部屋へと入った俺たちは、たいそう驚かされることになった。


そこには、ひと席に一冊ずつ、冊子とペン、マークシートが置いてある。


そして、一番後ろでは色んな意味での凸凹先輩コンビ、長野会長と静岡副会長が並んで座っていた。


「きたか、一年! さぁ一人一人席についてくれ!」


長野会長が腕組みをし、瞑目して言う。

この人の言葉は無駄に暑苦しく、そしてちょっと分かりにくい。


だから俺たち一年の視線は、隣の小さな先輩、静岡副会長へと向く。


「……今日は、中高生への指導だからどれくらいできるのか確かめる為に呼んだ。テストの結果で、割り振りを決める」


なるほど、そのために一年だけが早く集められたらしい。


「ちなみに問題は、文系と理系で分けてあるからな。うちの大学の過去問とか共通テストを参考にして、自作した。まさに俺の努力の結晶だ!」

「……無駄な努力だとは言わないであげてね」


相変わらずコントを披露している二人をよそに、一年連中はざわざわとする。


「テストとか聞いてねぇ」と不満げなのは林、「テストかぁ、久しぶりだなぁ」と少し楽し気なのはギャル三田さん。


そんななか、ひかりはといえばーー


「リヴァイアサン、絶対王政、ルソー…………」


などと、真顔でぶつくさ呟き始めていた。

ピンポイントすぎる知識だ、あまりにも。


「間違ってるぞ、微妙に。ルソーじゃなくて、ホッブスだろ」


思わずつっこんでしまってから、気づく。

ルソー、社会契約論……つまり社会学部だから?


いやいや、それにしたって無理矢理な理由づけだ。単に、急なテスト宣言に混乱しているのだろう。


「あぁそうだった、それだ……。いつもごちゃごちゃになるんだよね」

「『ホップステップリヴァイアサン』って覚えてたなぁ、そういえば」


俺はそう何気なく呟きつつ、近場の席へ着こうとする。

が、なにやら空気が凍りついているのを感じて後ろを振り向いた。


するとそこでは、ひかりが吹き出すように笑っている。


「あは、ちょ、やめてよ、啓人くん。なにその覚え方!」

「……え、なに? そんなに変?」


俺がそう問い返すのに、他のメンバー含めてみんなが首を縦に振る。


……たしかに、俺の中での独自の覚え方だったけれど。まさかここまで、ウケてしまうとは思わなかった。


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