第63話 どこまでやった?



ゴロゴロゴロ、カコンと。


ボーリング場内では、気持ちのいい音が鳴り響いていた。見れば、ピンは見事に全て倒れている。

『ストライク三連続』と、天井から吊るされている画面には表示されていた。


「よーし、ここまでは同点だな!」


平日金曜日の昼下がりだ。

そこに、俺たち二人以外の客は誰もいない。


だから、手を叩いて喜ぶ林の騒がしい声が場内で反響する。


「お前、やっぱりうまいよな」

「あんま褒めんなって、野上。どうせ手加減はしてやんねぇからよ」


本当は、昼飯でも奢るつもりだった。

明日香が俺を振ったという証拠動画を送ってくれたお礼をするためだ。


あれがなかったら、今頃どうなっていたか分からない。


だから金欠ではあるが、焼肉でもしゃぶしゃぶでも、諭吉さん一枚くらいは……いや金ないからせめて樋口さんくらいは……なんて思っていたのに、なぜかこうなった。


前にボーリング対決で負けたのがよほど悔しかったらしい。


林はあれからさらにボーリング場に通い、練習を重ねたのだとか。


たしかに上手くなっている。

気を抜けば、負けてしまいかねない。別に負けてもいいのだけれど、やるからには勝ちたい。


一応、このあとのラーメン奢りがかかっていることもあった。はじめ考えていた金額に比べればかなり安いが、やるからには勝ちたい。


俺は立ち上がり、ボールを手に持つと、線の前につく。

それからフォームを意識して綺麗に投げた。


イメージどおり真っ直ぐ走ったボールは、すべてのピンを薙ぎ倒す。


それで俺はほっと一息ついた。

振り返れば、林が席についたまま手を上げていた。それを軽く叩くと、彼はちっと舌を打つ。


「うますぎだろ〜、ボーリング部行けよ、まじで」

「そっくりそのまま返す。お前に至ってはずっと練習してたんだろ。まじで入った方がいいんじゃないか?」

「嫌だね。爺さん連中にプロにどうだみたいに勧誘されたけど、まじ勘弁。花の大学生生活を玉投げに費やすのは、俺みたいな人間には無理だね絶対」


こんな会話をしつつ俺が椅子に着くと、代わりに向かいの席の林が立ちあがろうとする。


そこで、ふと思いだした。

そういえば、こいつにも一応伝えておかねばなるまい。


なにせ、俺にとってはありがたい恩人だ。


「そういえば、青葉と付き合うことになった」


俺が端的にそう言うと、林は浮かしかけていた腰を一度沈める。


それで膝に肘をつき、にっと歯を見せた。

若干焼けた肌をしてるから、やたら白く見える。


「よかったじゃねぇの。ま、俺のおかげだな、ひとえに」

「ひとえに、は誇張しすぎだろ。あと、あんまむやみには言うなよ」


「任せろって。口は固いんだ。にしても、あの騒ぎ、野上が絡んでたって知った時には驚いたぜ。なに、こうあとから犯人の正体が分かる刑事ドラマ見てた感じ? 伏線回収っつうの?」


「……やめろよ。面白いことじゃない」

「はは、まぁそれは見りゃ分かる。にしても、あの子がそんな子だったとはねぇ。一部の男子の中で話題になってる。一回遊んだら、しつこく付き纏われる――ってな」


明日香の荒れていたSNSが思い返される。

その噂は大方、明日香がころっと惚れ込んだ『漣ちゃん』とかいう、チャラ男が流したものだろう。


見目はよくとも、中身はそいつもなかなかのクズらしい。


「……あいつ、学校来てんのか?」

「なんだ、元鞘がまだ気になる感じかぁ? あんな美人を彼女にしといてよ」

「違うよ。もうとっくに振り切れてるし、なんともねぇ。……ただ、なんとなく聞いただけだよ」

「お人好しすぎんぜ、お前。俺がそんな振られ方したら、藁人形に釘刺して呪うぜ? まぁお前のそういうところ嫌いじゃねぇけど」


林はそこまで言うと、少し勢いをつけて立ち上がる。

またしても簡単にストライクを決めて帰ってきたから、ぱちんと手を叩き合った。


「ほら、いったいった」


と促されて、11ポンドの球を掴むと、開始線に立つ。

球を投げようと動き出したところで……


「で? どこまでやったんだ? ABC?」


こんな質問が飛んできて、心もフォームも乱された。

そのせい少し軌道のずれた球は、並ぶピンの端にだけ当たって、六本しか倒れない。


やりやがった、こいつ。

完全に狙い澄ましていやがった。


俺がぬっと後ろを振り向けば、彼は歯を見せて笑う。


「もちろん、今カノとの話な」

「……お前なぁ。答えるわけねぇだろ」

「あ、やっぱり?」


こうなったら、しょうがない。

せめてスペアを取るため、より慎重に投げるしかない。


俺は戻ってきたボールを手にして、再びステップを踏み出す。


「お、愛しの彼女からメッセージ来てんぞ」


そこで、再び謀られた。

さっきよりもひどく投げ損ねた球は、いつかのひかりが投げた球みたくガーターに吸い込まれる。


「お前なぁ……」


と、今度は呆れて振り返れば、俺が机の上に置いていたスマホ画面をこちらに掲げて満面の笑みだ。


「お、ハートマークついてんぞ。明後日のサークル活動どうするってさ。お熱いねぇ」

「……ハートマークじゃないし。びっくりマークだろ、その絵文字。赤い以外に共通点ないと思う」


「こまけー男だこと。同じようなもんじゃね?」

「俺が細かいなら、お前は姑息な男だよ。こんなことして、勝って嬉しいか?」

「嬉しいね、ちょー嬉しい! ラーメンに乗せるトッピング、ウキウキで考えれるくらい」


俺はため息をつきながら、林からスマホを奪い取り、席につく。


本当は少し恋愛相談でもしてみようかと考えていたことがあったのだが、こいつにするには、あまりにも馬鹿らしかった。


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