第62話 友達へのご報告
授業終わり、昼休み。
俺たちはいつも通りの流れで、同じ館内の地下一階にある食堂へと向かった。
そこで思い思いのメニューを頼み、先に取っていた席に着く。
今里さんの向かいに、俺とひかりが座る形である。
今里さんはトッピングメニューをやたら注文するので、二人分の席を要するのだ。
「わ、今日もすごいね、聖良ちゃん。というか、いつもよりなんか粘度増してない?」
「……これくらい普通。今日はめかぶも入れてみました」
もずくとろろ納豆オクラめかぶ温泉卵カレーを独自に錬成しているご令嬢を前に、俺とひかりは同じメニュー・関西風うどんを頼んでいた。
やはり、出身地が近ければ趣向も似るらしい。
東京でお目にかかることはめったにない、透き通った出汁に惹かれて、ついついそれを選んでしまった。
なんの意識もなく、それを啜っていると、
「……二人はお付き合いになったのですか?」
突然、今里さんにこう尋ねられた。
思わず麺を吹き出しそうになって、俺は口元を抑える。横を見てみれば、ひかりも両手で口を抑える同じポーズをしている。
いきなりのその質問は、想定していなかったらしい。
俺はとりあえず、口の中にあったものをごくりと飲み込む。
「……なんで分かったんだ? ちょうど報告しようと思ってたところだったんだけど」
そして、こう言った。
嘘ではない。本当に、タイミングを見て言おうと思っていたことではある。
こうして昼ご飯を囲む関係で、隠し事をしていてもしんどいだけだ。
だから今里さんには伝えておこうと、ひかりと事前に擦り合わせたうえで決めた。
人によっては、他人に言いたがらない人もいる。
実際、俺もむやみやたらには言いたくないタイプだった。
元カノ――つまりは明日香と付き合ったときには、次の日には広まっていて、正直困惑したっけ。
だから、ひかりも承知済みの話であったが……
「そ、そうなの……! 実はえっと、いろいろあって、その……」
報告する心の準備はできていなかったらしい。
ひかりは顔を真っ赤にして、箸を握る手を震わせ、えっと、えっと、と繰り返す。
椅子の立て付けが悪いせいもあり、かたかたと震えていた。
過剰なくらいテンパっていたが、それを受ける今里さんはといえば、平静そのもの。
口の中に入っていたカレーを飲み込んだあと、
「予想していたことでしたから。驚くようなことじゃないですよ」
スプーンを一度止めて言う。
「お二人が今、うどんをすすっている姿があまりにも、似ていたので、もしかしたらより深い関係になったのかと思ったんです。恋人を通り越して、もう老夫婦みたいでした」
「な、な、聖良ちゃん!? 夫婦って、そんな……」
「いいえ、夫婦じゃなくて老夫婦です」
「お、老いてはないよ~! まだ、ぴちぴちの大学生なりたてなんだから!」
ひかりはこう反論するが、さすがは今里さんだ。
それをばっさりとスルーして、何事もなかったかのように、掬うたびに糸を引くねばねばカレーを食べ始める。
まぁ過度に気を使われるより、よっぽどいい。
別に、なにか態度を変えてほしくて言ったわけじゃない。単に、事実報告をしたかっただけなのだ。
だから俺も再び、うどんをすするのに戻る。
少し遅れて、ひかりもうどんに手を付け始めたところで、今里さんの方から小鉢が一つずつ俺たちに差された。
「こちらをどうぞ。お二人へのお祝いです」
小鉢の中に入っているのは、巣ごもりオクラ。
前に一度、彼女から貰ったことのある小鉢と同じだ。
「いいよ、自分が食べたくて取ったんだろ」
「ほんの気持ちですから。それに、ねばとろを広める意味合いもあります。どうぞ遠慮なく」
ずいずいと、さらに小鉢がこちらへと寄せられる。
俺とひかりは目を合わせたあと、「ありがとう」とそれぞれ礼を言って、それを受け取ることにした。
ご好意を無碍にするのも、よくない。
貰いすぎじゃないかという気持ちもあったが……そこはすでに、俺たちにも用意しているものがあった。
ありがたく、巣ごもりオクラうどんを堪能させてもらう。
はじめての組み合わせだったが、合わないわけがない。うどんの汁にとろみがついて、ちゅるんと胃に入る。
おかげであっと言う間に、食べることができた。
今里さんがカレーを食べ終えるのを待つ。
それから俺は、かばんから一つの紙袋を取り出した。
それを差し出すと、今里さんは少しいぶかしげに目をしかめる。
「これは?」
「俺たち、関西帰ってただろ。だからお土産だ。向こうでは結構有名な、ドーナツなんだよ」
「それを私に?」
「うん。俺たち二人からな。四月はいろいろお世話になったし、これからも仲良くしてほしいから、相談して決めたんだよ」
「……なるほど」
今里さんは、袋の中からドーナツの箱を取り出し、まじまじと見つめた。
電車の形になった特別なパッケージを、いろんな角度から見るのを繰り返す。
「もしかしてドーナツ嫌いか?」
一応、あまり好き嫌いのないもので、地元らしいものを選んだつもりだったのだが……
もしかして、なにかしら粘り気のあるもののほうがよかったか?
なんて俺が少し不安に思っていたら、彼女は首を長く束の厚い髪の毛ごと首を横に振る。
「いいえ、こうして友人から受け取ったことがなかったので。ありがたくちょうだいいたします」
それから、姿勢を正して、深々とお辞儀をした。
「いえいえ、こちらこそこれからもどうぞよろしくお願いいたします」
それに対して、ひかりもテーブルのふちに手をかけて、行儀よく頭を下げるものだから、なんとなくその場の空気に流されて、俺も頭を下げる。
これじゃあまるで取引先みたいに挨拶をするサラリーマンみたい。
なんて思っていたら、机の脇に置いてあった今里さんのスマホになにやら着信が鳴った。
彼女は「失礼します」と言って、少し離れたところで電話に出る。
帰ってきたと思ったら、
「……では、今日はもう失礼いたします。少し急用ができましたので。お土産、本当にありがとうございました。では、また」
お盆を持って、さっさと行ってしまう。
よほどの急用だったのだろうか。実家関係で、なにかあったのかもしれない。
ぼんやりそんなことを考えて、
「忙しいなぁ、今里さん」
俺はこう呟く。
が、それに対する返事が全然帰ってこなかったから、なにかと思って横を見れば……
ひかりが、腕を抱いて、やたらと縮こまっている。
それに、椅子はどういうわけか若干斜め方向、俺のほうから視線を逸らしていた。
「……えっと、ひかり?」
「な、な、なに……?」
頑なに彼女はこちらを向こうとはしない。
が、顔を見ていなくともどういう状態なのかは分かる。
態度も分かりやすいが、なによりも、明らかに血がのぼっている。
ブラウスの上、鎖骨のあたりまで、はっきりと朱色だ。
「……もしかして、照れてる?」
「い、言わないでよぉ」
「でも、さっきまでは別に普通だったろ」
「それは、隣に聖良ちゃんがいたからで……その二人きりは、えっと緊張するというか、なんというか……。とにかくこれはしょうがないの!」
ひかりはそう言うと、ぎゅっと目を瞑り俯く。
……こんな姿さえ、可愛く思えるから困ったものだ。
俺がついまじまじ見ていると、ひかりは、片目だけを開けてこちらを見て、またすぐに閉じる。
「見すぎだよぉ……」
「わ、悪い……」
「悪くはないけど……見てほしいし……。でも、もうちょっと控えめにしてほしいかも」
なるほど、こりゃあ重症だ。しばらくは解決しそうにない。
さっき変に意識しないよう決めたばかりだが、こんな対応をされたら、そうもいかなかった。
なにか話題を見つけようとするが、不思議となにも浮かんでこない。
「えっと、今日は天気がいいな」
「そ、そうだね。あったかいね」
「あぁ、あったかいな」
視線を合わせないまま、こんな当たり障りがないにもほどがある会話に終始する。
そのうちに次の授業が近づいてきて、俺たちは別々の教室へと足を向けたのであった。
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