第59話 消えることのない光(一旦、一区切りです)


「……もっと雰囲気のある言い方すればよかったか?」


俺は、首元をかきながら言う。

が、青葉は首をぶんぶん横に振ると、


「全然いい! なんでもいい!」


目に涙をにじませて、俺の胸に飛びこんできた。


そこで今しかない、と思った。今なら自然な流れで、やれるに違いない。

俺は胸ポケットに手を突っ込み、そのなかに忍ばせていた箱をどうにかして取り出さないまま開けんとする。


「えっと、なにやってるの。啓人くん」


……が、そこで気づかれた。

やっぱり、俺みたいな奴がやるにはハードルが高すぎたらしい。


青葉が俺から少し離れて小首をかしげる。


「……ちょっと、あっち向いててくれるか? あと目も瞑ってくれ」

「いいけど、なんで?」

「なんでもだよ」


まだいぶかしみながらも、青葉は俺の言う通りに、後ろを向いてくれる。


それを確認してから、俺がポケットから取り出したのはネックレスだ。

四葉のクローバーではなく、葉っぱの形をしたエメラルドグリーンのチャームがついている。


昨日の同窓会終わり、俺はこれを手に入れるために、ショッピングモールへと出向いたのだ。


そしてさんざん悩んで、決めた。

たぶん二次会に行っていたら決められなかっただろう。


俺は震える手で、その留め金を外す。

それから彼女の首元に腕を回すと、それをつけた。


一応前に回って、きちんと止まっていることを確認する。


「もういいよ。目開けて」


俺がこう言えば、彼女はそっと目を開けた。

自分の胸元を見て、はっと小さく息を呑む。


「啓人くん……、これって」


それから彼女は顔を上げて、俺の顔を覗きこんできた。

そんな視線から逃れるように、俺はあたりに生える木々に目を泳がせながら言う。


「前渡したネックレスは、元カノにあげるためのものだったろ。だから今度はちゃんと、俺からひかりに贈りたい。そう思ったんだよ」


我ながら、少しキザな真似をしたかもしれない。

やっておいて今さら、恥ずかしくなってくる。


しかも、なかなか返事がなかった。

そのため俺がちらりと彼女のほうを見れば、ネックレスのチャームをぎゅっと強く握りしめて、胸に手を当てている。


「……しい」

「えっと、今なんて?」

「……嬉しい。すごく、すごく嬉しい。それだけだよ」


甘い、とても甘い声音であった。

その音は優しい響きでもって、耳奥に残り続ける。


俺がその余韻に捕まって、なかばぼーっとしていたら、


「大事にするね、今度こそ。人生で一番うれしい贈り物だ!」


青葉は俺に向かってチャームを掲げて笑顔を見せてくれた。


「……大した代物じゃないぞ」

「お金で価値が決まるわけじゃないもん。私がそう思うから、そうなんだ」

「……ひかりらしいな」

「それで? まだ答え聞いてないよ」

「え。言っただろ、さっき」

「むぅ、忘れてるよ。その……付き合うかどうかのお話」


そういえば、答えていなかったような……?

俺が少し会話の流れを振り返っていると、


「え、もしかして私、この流れで断られる!?」


青葉が勝手に勘違いをしはじめる。

こうなったらもう、言ったも言っていないも、些末なことだ。


「断らないって。……付き合ってほしい、俺も」


もう勇気を振り絞るようなことでもないから、きちんと言う。

どんな反応があるだろうか。ついつい予測してしまうのだけれど、


「……分かった」


返ってきたのはまさかの一言だ。

それだけ呟き、青葉は下を向く。


このさっきまでの態度とは一変した塩対応ぶりだ。

俺がその落差に戸惑う。


「…………ねぇ」


数秒たったのち、彼女はこう切り出してきた。

なに、と端的に問い返せば、


「今って私たち、付き合ってるの?」


これだ。


「……一応、そうなるんじゃないか」

「そ、そっか。ごめん、付き合うとかしたことないから分からなくて、こういう感じでいいの?」

「いいんじゃないの、どんな感じでも」

「そっか、そうだよね」


自分でやっていて、じれったくなるようなやりとりであった。


俺は少し勇気をもって彼女のほうを見る。すると、ちょうど青葉も俺の顔を覗きこんでいた。


そのまま、しばらくお互い見つめ合う。

そして、新緑の風が吹く中、照れくさくなって笑った。


俺はこめかみを掻いて、視線を空に移す。

今後、俺たちがどうなっていくかは分からない。


けれど、希望は開けている。

未来には、今見上げている青空を輝かせる太陽みたく、さんさんと光がさしこんでいる。

そして青葉ひかりがいる限り、その光はきっと消えることはない。


「ね。もう一回、抱き着いてもいい?」

「……誰もいないし、いいんじゃないか。付き合ったわけだし……」

「そ、そうだよね。付き合ってるもんね」


そう言いながら、青葉は両手を広げる。

それから、ちょこちょこと小さなステップを踏んで、俺の身体にしがみついてくる。


ひたすら、ぷるぷると震えていた。

そして、身体全体が熱い。抱き着かれるやすぐに分かるくらいの温かさだ。


頬に至っては、熟れすぎたリンゴみたいな色味をしているから、どうにも気になって俺は人差し指で軽く突っつく。


「にゃにするの、啓人くん」

「……悪い。赤すぎたから気になって」

「むぅ、それ君も一緒だからね? ほら、私にも突っつかせて!」


……可愛すぎるな、この生き物。

いや、可愛すぎるな、俺の彼女。

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