第57話 言い逃げ?


簡単には理解しえない話であった。

わけがわからなくなって、


「……い、いつから」


俺はこんなことを聞いてしまう。

聞く意味なかったなと後悔するが、もう遅い。


「それは……分からないかな。私、これまで恋なんてしたことなかったの。だから、なにが「好き」ってことなのか分かってなかった。だけど、啓人くんといると、どきどきして、ぽかぽかして、離れたくなくて、独り占めしたくて。それを色々考えて、やっと分かった。この気持ちが、恋なんだって」

「……ひかり」

「だから、あのね。付き合うってやつをしてほしい……かな」


青葉は背中の後ろで手を結び、少しもじっと腰を揺すり、俺のほうへとちらり視線をよこす。


が、そこでなにかが限界点に達したらしい。

青葉は、唐突に走り出した。


「へ、返事は明日! 山で聞かせて!」


そのまま、どんどんと遠ざかっていく。

要するに、言い逃げだ。


しかもこれが、めちゃくちゃ速かった。

そう言えば、ドジでこそあるけれど、基本的に運動神経は抜群なのだ、あの美少女は。


そのうえ、天すらも彼女を味方する。

彼女が横断歩道を快速飛ばして渡り終えたところで、赤にかわり、追いつきようがなくなる。


その姿はどんどん遠ざかり、そして路地裏へと消えていった。


「……どうしろって言うんだよ、まじで」


今頃になって青に変わった信号を見つめながら、俺はしばし茫然とする。


返答に迷いがあるわけじゃない。


いろんなものをかなぐり捨てて、自分がどう思うのか。


そうシンプルに考えたら、答えは案外あっさり出た。

というか、出ていたのに先送りにしていただけで、ここに確かな答えはある。


ただ、それを伝える場面は一方的に延期されてしまった。



まったく、いつも勝手な奴だ。


「まぁそんなところも、あいつらしさなんだろうけど」


俺は独り言を漏らしつつ、冷静さを取り戻す。

そこへ、一つ名案が空から振ってきた。


それはきっと、今ここで追いかけたり、電話をして返事をするよりも、よっぽどいい方法にちがいない。


とりあえず、同窓会会場へ戻ることとする。

扉を開けるとそこで待ち受けていたのは、


「おいおい、けいちゃん! なんだよ、あれ!! あの美人ってたしか隣の高校の、青葉ひかりだよな!? いったい、どういう関係なんだよ!」

「ほんとびっくりしたわ! え、なに、あの子と付き合ってんの? 許せん!」

「明日香ちゃんから乗り換え……にしてもちょっと早すぎない?」


……予想通りとも言える反応の数々であった。

男子女子問わず、俺の周りを取り囲む。


「いや、えっと、大学の同期で……」


これまでサークルの集まりでこんなふうに揶揄われたときは、真っ向から否定できた。

それは、実際に付き合っているわけでもなんでもなかったからだ。


ただ今はどうだろう。

この告白されて返事を保留にされているこの状態は、いったいなんというべきなんだ……?


そんな迷いのせい、言葉がつい弱くなるのを、


「おいおい、どうやらまじらしいぞ、これ」

「怪しすぎやん、その反応!」


さらに追及される羽目になった。

そういえば、こういう連中だったわ、こいつら。


とにもかくにも、そうこうしているうちに、雰囲気はすっかりと賑やかしいものへと戻る。


そうして、同窓会は無事に終了したのであった。


店の外へと出る。

カラオケ? ボーリング? と、同級生たちは二次会について盛り上がっていたが、俺は断りを入れて、その輪を抜け出した。


友人たちには強く引き留められたが、しょうがない。

来たる明日を迎えるためには、どうしても準備が必要だったのだ。


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