第56話 大好き!


「逃げ足早い……。盛大に反省させるつもりだったのに。ね、謝らせなくてよかったの?」


と、青葉が聞いてくるが、俺は首を横に振った。


そんな謝罪を貰ったって、別に何かが変わるわけではない。

振られた過去はなくならないし、すべて水に流すこともできない。


さっきまでは明日香に対する怒りが湧いていたが……、それも青葉の登場ですっかり立ち消えになっていた。むしろ穏やかな心持ですらある。


ならば、別にこれでいい。

明日香には、今回の事件そのものが十分な罰になるはずだ。


少なくともクラス同窓会には来られなくなっただろうし、それどころか地元の集まり自体に出にくくなる可能性もある。


だが、それはもう俺には関係のない話だ。

今回の一件で今度こそ、縁が切れたといっていい。


「……ごめん、野上。あたしら、この一か月、明日香から色々聞かされてて、それで信じ込んじゃって…………」


さっきまで俺を責めていた女子たちが、平身低頭、頭を下げてくる。


そりゃあ話を聞いてもらえなかったのはむかついたが、根本的には彼女たちが悪いわけじゃない。

より自分に近い存在であった明日香の方を信じる気持ちはよく分かる。


それに、人に依存しがちな明日香のことだ。

たぶん本当にたくさん、色々な嘘を彼女たちは聞かされていたのだろう。


「いいよ、別に。あんまり気にしないでくれ。分かってくれたらいいんだ」


俺がこう言えば、「お前はそういう奴だよなぁ」と男友達の一人が言う。


「青葉さんの言うとおりだな。優しすぎるぜ、まじで。俺だったら許してねぇ。タコ殴りだ」

「心狭すぎだろ、お前。まぁでも、のがみんはたしかにこういう奴だよ。じゃないとそもそも、付き合えないでしょ、あんな梅野さんと」

「まじまじ。女だったら俺の嫁にしてたわ。あ、今なら籍空いてるぞ」

「いや、それはきもいって男子」


なんて声が上がったところで、ひと笑いが起きて、これにより、一応、騒動は収まっていった。


まだぎこちない空気は残しつつも、みんなが元の席へと戻っていく。

気まずかったからか、厨房の奥に引っ込んでいたのだろう、店員も数名、フロアに出てきて、料理の提供を再開していた。


「……ありがとうな、わざわざ。まさか、こんなところに来てくれるとは思わなかったよ」


そんな光景を見つつ、俺は青葉に礼を言う。


「正直、いくら礼を言っても足りない。来てくれてなかったら、どうしようもなかったと思う」

「へへ、これでいつもの借りを少しは返せたかな?」

「十分すぎるよ。なんなら、俺の負債のほうが増えた」

「……じゃあ、さ。そのぶん、今使う!」

「なに、お金?」

「違うってば。え、えっと、ちょっと外来てくれる?」


どんな理由かは見当もつかなかった。

それでも俺は首を縦に振り、青葉の後ろをついて外へと出る。


彼女は少し迷った末、店の裏にある駐車場まで俺を連れて行った。

貸し切りだからだろう、まったく車は止まっていなかった。


当然、人気もなく、だだっ広いスペースがあるだけだ。

横の道路を車が走り抜ける音がするなか、彼女はコンクリート塀の前まで行って、そこで立ち止まる。


「こんなところで、なんだよ」


と言えば、青葉はくるりこちらを振り向いた。


その顔に、ぎょっとする。

日陰になったこの場所でも分かるくらい、頬がはっきりと赤らんでいたのだ。


「今さらになって、さっきのスピーチが恥ずかしくなったか?」

「ううん、そうじゃない。それはもう関係ないよ。もっと大切な事」


なにかあったろうか。俺が考えていると、あのね、と青葉は前置く。

少しだけ、もじっと腰を揺する。


「好きだよ、啓人くん。大好き!」


それから、その言葉は放たれた。

満面の笑みとともに。


はっと一拍、俺は息を呑む。

その間、思考まで完全にフリーズしていた。


なにを言われたのか、理解するまでにたっぷりの時間を要する。


「俺が……? 青葉が、俺を?」

「そうだよ、当たり前じゃん! この状況で、私以外なことある? 本当はね。明日、言おうって思ってた。でも、ごめん、思い余っちゃって。それくらい好き! 今言いたくなった!」


とんでもないことが起きていた。

あの青葉ひかりに、誰もが憧れる、どう伸ばしても手の届かないまるで太陽みたいな存在の青葉ひかりに、俺が告白されたのだ。

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