第55話 元カノの嘘、暴かれました。
♢
こんなところにいるわけがない。
そう思うのだが、間違いなく彼女はそこにいた。
短い茶色のショートも、高く綺麗な鼻も、綺麗なフェイスラインも、そして大きく丸っぽい瞳も、見間違えるわけがなく、青葉ひかりだ。
彼女は、手に腰を当てて、肩幅よりも大きく足を開いて、いわゆる仁王立ち。
にっと白すぎる歯を見せる。
「……ひかり。なんで」
「昨日言ったでしょ。友達が来てるって。その子たちがメッセージで教えてくれたんだ。啓人くんがピンチだよ、ってね。それで、居ても立っても居られなくて、うん、来ちゃった!」
青葉ははっきりと、そう言い切る。
青葉の顔自体を知っている者自体は、たぶん多い。
なぜならその美貌は他校にもとどろくほどで、わざわざ見に行くような猛者が後を絶たないくらい話題になっていたからだ。
が、それでも、ここは彼女にとってみれば他校の同窓会会場だ。
完全なるアウェーである。
「……なに、あんた」
俺を追い出さんとしていた女子が、青葉に胡乱な目を向ける。
そして、その登場にはさすがに黙っていられなかったらしい。これまでは奥に引っ込んでいた明日香も、前へと出てくる。
「あんた、レンカノの……」
「だから違うって言ってるでしょ。……まぁ彼女でもないんだけど」
「じゃあ、なになわけ? うちの高校じゃないなら、帰ってもらえる?」
明日香は、あからさまに機嫌が悪そうだった。
眉の間に深いしわを寄せて、目をきっと尖らせて、きつい言葉で問いかける。
それに対して青葉は、怖気づきもしない。少し考えるように「うーん」と呟く。
「仲間、かな。今のところは」
それから、軽く口角をあげてこう答えた。
「あ、大学のお友達でもあるね。中学校も同じだよ」
「……はぁ、そのあんたがなんでここにいるの」
「啓人くんの無実を晴らすためだよ」
俺に対して、彼女は「いいよね」と確認をとってくる。
どうやってだろう。もうメッセージが残っていない以上、どうしようもない。
そう思うのだけれど、とりあえず首を縦に振った。
青葉はそれに頷き返して、それから胸に手を当てて語り始める。
「私はね、啓人くんに救われたんだ。入学早々、お酒飲まされて襲われそうになってるところを助けてもらった。そのとき啓人くんはね、この子の身勝手で振られたあとだったの。
すごく落ち込んでたし、すごく傷ついてた。でも、そんな状態でも、私を助けてくれたんだ」
よく通る声が、しんと静かになった店内に響く。
「それからも、啓人くんは色々と私を助けてくれた。家にアレが出た時も、風邪を引いたときも、本当に毎回助けてくれた。そういう人なんだよ、この人は。本当にどこまでも優しくて、いい人なんだ」
こんな状況であるにもかかわらず、胸奥がじんと熱くなるのだから困った。
青葉の言葉が、ささくれだっていた心の傷をみるまに埋めていく。
「たぶん優しいから、あなたにひどい振られ方をしたことも誰にも言わなかったんだ。あなたの立場がなくなることまで考えてたんだよ、啓人くんは。その優しさにつけこんで、こんな嘘を言うなら、私はあなたを許さない」
青葉は、明日香をまじまじと見つめて、そう言い切る。
それを受けて、明日香は目を見開いて俺をしばらく見つめた。
それから、ちっと舌打ちをする。
さすが青葉、天性の人気者だ。
彼女の言葉には、人を信じさせる力がある、不思議と。
こんなアウェー空間にもかかわらず、この数分だけで場の空気は、すっかり青葉が掌握していた。
が、しかし。
「……証拠ないでしょ。あたしがやられたんだから、あたしが一番知ってるし」
明日香はそれでも嘘をつき通すつもりらしい。
たしかに、それを言われると弱かった。
実際、証拠といえるものは思いつかない。
俺はそう思っていたのだけれど。
ふふふ、ふふふ、と青葉は不敵に笑う。
「……なによ、気持ち悪いわね」
「さっき言ったでしょ。私、あなたと同じ大学なの。桂堂大ね」
「だったらなに」
「あなたと啓人くんがやった経済学部棟でのやりとり、見てた人がいたって言ったらどうする?」
それは、思いがけない切り口であった。
そういえば、そうだ。なにもメッセージだけではない。俺はあそこで、経済学部の人間に公開するような形で、振られたのだった。
あれだけ、目立ってしまった以上、撮影している人がいてもおかしくはない。
「うちのサークルの林くんが、経済学部なんだけど、いろいろ掛け合ってくれたの。もう、証拠出てるよ? 面白がって撮影してた人もいたってさ」
は、は、林~~!!!!!
と、俺はなかば感涙しそうになる。
東京に戻ったら、飯をおごってやろうと決める。ラーメンでも焼肉でもどんとこいだ、こんなもん。
まさかこんなところで名前を聞くとはつゆも思わなかったが、そういえば、あいつ経済学部だったわ。
しかも、あの軽いノリだ。たぶん、友人も多いのだろう。
「動画もあるけど?」
青葉は、もはや勝ちを確信していた。
スマホを掲げながら、林から送られてきたらしい動画の再生ボタンを押そうとしている。
彼女の人差し指が画面に触れかかったところで、
「もういい。……そうよ、あたしの嘘。あたしがこいつを振ったの」
明日香がそう白状した。
……正直、めちゃくちゃほっとした。
俺は俺で、あの情けなく理由を尋ねる姿を晒されずに済んだのだから。
高校の友人に見せたい姿ではない。
「だって、楽しみたかったの。大学生活のキラキラ感を味わいたかった、もっと格好いい人と。悪い!? 別に普通のことでしょ!?」
明日香が勝手な事をわめく。
が、すべてが嘘だと判明した以上、さっきの女子たちももはや味方しない。
彼女と仲の良かった子たちも、さすがにフォローできないようだった。
非難するような目が明日香に注がれる。
「…………もう帰る」
その状況に、さすがに居づらくなったのだろう。
明日香は、さっさと荷物をまとめて店を後にした。
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