第54話 そこにいるはずのない人。
♢
「なんのことだよ」
と言い返しつつ、どういう事態が起きているのかはもう、なんとなく分かっていた。
「しらばっくれても無駄だけど? うちら、明日香ちゃんから全部聞いてるから」
「東京行った途端にレンカノにはまって、こっぴどく振ったんでしょ。ありえない」
「奥に明日香ちゃん来てるから。お前は帰れよ」
……やってくれるじゃねぇか、明日香のやつ。
これが、メッセージを無視した仕返し、ということなのだろうか。
俺は店内奥の方で、女子数人に囲まれている彼女のほうを睨む。
「見てんじゃねぇよ、クズ」
完全に、話がでっちあげられていた。
実際は明日香のほうから唐突に振ってきたわけだし、青葉はレンカノじゃないし、もうめちゃくちゃだ。
奥から、俺の男友達が現れて「いや、梅野から振ったらしいぞ」と言ってはくれているが、悲しいかな。
彼女たちは、聞く耳を持ってくれない。
悪質極まりない嘘だった。
しかも、ちょうど俺があまり仲の良くない女子たちを中心に吹き込んであるのが、また厭らしい。
そのせいで完全に明日香のことを信じ込んでいる。そして女の共通敵のように、俺は思われているらしい。
だが、あの入学式の日に届いた忌々しいメッセージを見せれば、さすがに分かるだろう。
そうは思うのだが、しかし。
明日香とのメッセージはすべて削除したうえ、ブロックまでしていたのであった。
つまり、もう見ようがない。
……もしかしなくても、潔白証明ができないね、これ。
そういえば明日香には、俺がメッセージを消したことも伝えていた。
それを踏まえたうえで、こんな嘘をついたのかもしれない。
たぶん、メッセージを無視した仕返しのために。
「早く出て行けよ!」
女子の一人が大きな声を張り上げる。
そのせい、注目を集める羽目になっていた。
店内にいた元クラスメイトら全員の視線が、俺と女子たちに注がれる。
「……俺じゃない。むしろ、あいつが突然振ってきたんだよ」
「この期に及んで、まだそんなこと言うの? あの子がどれだけ苦しんだか分かる? SNSもひどいことになってたでしょ」
「ひどいことになったのは、こっちのほうだっての」
俺はついわき起こってくる苛立ちを、歯を噛んで押し殺す。
あのSNSだって、俺のことじゃない。
あいつにひどいことをしたのは、どこの馬の骨とも知らぬチャラ男だ。
だが、それを言ったところで、この場ではもうどうしようもなさそうだった。
こいつらは、明日香の味方でしかない。
さっきの賑やかしい雰囲気はどこへやら、クラス会の場は、しんと凍り付いていた。
楽しいはずの場所が、地獄の空気と化している。
「いいから出て行けよ」
そんななか、女子の一人が扉をあけ放ち、別の一人が俺の肩を小突く。
自分が女子だから、反撃されないことを理解しているのだろう。
「おい、やりすぎだろ。だいたい、真相分からねえだろうが」
「そうだよ、ちょっと落ち着いてよ」
そこへきて、俺の友人を含む男子や、女子の一部も止めようとして割って入ってくる。
楽しいはずのクラス会の場がぐちゃぐちゃになりかけていた。
中には、泣き出してしまう女子もいる。
もはや収拾がつかなくなってきたところで、店へと入ってくる人間がいた。
俺以外にも遅刻していた奴がいたのだろうか。
そう思って後ろを振り向く。
すると、そこにいたのはここにいるはずのない人。
青葉ひかりが、立っていたのだ。
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