第49話 【side:青葉ひかり】恋って?




正直なところをいえば、かなり限界ぎりぎりだった。

なにが「楽しければいいじゃん」なんだろう。自分の発言が、一人になった今になって、自分の胸に刺さる。


手を当ててみれば、いまだに鼓動は早い。

朝からずっと、高鳴りっぱなしだ。このままこの速度で脈打てば、ひと月後には止まってもおかしくない。


時間の感覚が、変だった。

ふわふわと、まるで空の上でも歩いているかのように、自宅までの道を歩く。


家に帰りつくや、私はすぐベッドへと崩れこんだ。

仰向けになり、目元に腕を当てる。


「……ちょっと、やばかったなぁ、今日の」


そもそもは、彼女のふりをするつもりなんかなかった。

単純に、仲のいい友達とのお出かけを楽しみにしていたはずだ。


だが、その初っ端で元カノさんに遭遇したことで、どういうわけか変に頑なになってしまった。

そう、啓人くんの言っていたとおりだ。


あそこまで、彼女っぽい振る舞いをする必要は普通に考えればない。

あんなふうになってしまったのは、私の勝手な思いのせいである。


「忘れてほしかった……なんて、言えないよ」


元カノさんに会ったことで、その存在を意識しすぎてしまった。

嫌だったのだ、とにかく。元カノである女の子が、私に見せてきた「啓人は自分のもの」とでも言いたげな顔が。


今、彼の横にいるのは私だ。

今さら出しゃばってこないでほしいと、そう思った。


その結果が、過剰な行動になった。

彼女らしい振る舞いをしてデートを演出すれば、啓人くんの記憶に残っているだろう、あの子とのデートの思い出とか、そういうものすべてを上書きできる。



そんなふうに考えてしまった。


なんで、そんな感情になったかは自分でも分からない。

ただ言えるのは、これがほとんどはじめての経験だということだ。


いまだに胸の裏が熱かった。

もうどうしようもなくて、ただ手を当てる。


ここまできたら、いよいよおかしい。

私はそう思って、スマホをかばんから引っ張り出すと、検索サイトを開く。


『お出かけ 動悸 同級生 手を繋ぐ』


その窓に色々と入れて、検索してみると、どうだ。


いろいろな記事や投稿が出てきたけれど、それに共通する単語はやっぱり、というべきか。

『恋』だ。


腕から力が抜けて、スマホがぽてっと顔の上に落ちてくる。

鼻頭にあたって、結構ちゃんと痛いけれど、それに反応すらできなくらい、頭の中は勝手にぐるぐると回る。


誰かに好意を向けられることは、正直言えばかなり多かった。

一か月に数回以上は告白されてきたけれど、それらはすべて断った。


男友達ならいる。でもその人のことを、今みたくどうしようもないくらい考えてしまうことはなかった。


あくまで、集団の中の一人にしか思えなかった。


恋なんてしたことがないから、分からないけれど、これがそうなのだろうか。ラブソングの歌う、切ない思いがこれなのだろうか。


考えてみれば、しっくりときてしまうところもある。

ただの友達とのお出かけ。


そう思いながらも私は、今一番流行りに乗っていて、しかも可愛いワンピースをわざわざ事前に購入して、美容室に行って髪を少しカールさせてボリュームアップまでして、今日に臨んだ。


それも『恋』が理由なんだとすれば、矛盾はしない。


いつか高校の同級生が言っていた「好きぴには、最高に可愛い自分を見てほしいじゃん?」という言葉が、そのまま当てはまっていた。

そんなふうに思ったことがこれまで一度もなかったから、気づいていなかっただけらしい。


「好き、なのかな」


口にしてみると、いっそう身体が熱くなる。


今の彼の姿が頭に浮かび、それに中学時代の彼の姿が重なった。

そういえば、彼はクラスの緑化委員で、ベランダに置いていた花のお世話を一人でやっていたのだっけ。


つまらなさそうな顔で水をやっていたのを覚えている。それでも、花は立派に咲いていたから、なんだかんだできちんと世話をしていたのだろう。


今にして思えば、実に彼らしくて、私はくすりと笑ってしまう。


そんな折、スマホが小さく震えた。

なんだろうと手にとれば、その啓人くんからのメッセージだ。


『家ついたか? ついたら一応、連絡してくれ』


「……もう心配性だなぁ。親じゃないんだからさ」


そう言いながらも、嬉しいのだからずるい。

私はメッセージ欄に「好き」と入力してみる。


残念ながら、そのまま送るほど勇気もなかったから一度完全に消して、代わりに当たり障りのないスタンプを送った。


その返事が気になるあたり、いよいよこれは本当に『恋』というやつなのかもしれない。


ただ経験がないので、確信は持てないのだけれど。



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