四章

第50話 とにかく静岡は長い。




その日の東京駅は、人、人、人で溢れるくらいにごった返していた。


さすがは、日本の中心とも言われる駅だ。

上野駅でも大概な混み具合だと思っていたが、正直比にならない。


今日がゴールデンウィークという大型連休の初日であることもあろう。

東海道新幹線の入場口にたどり着いてから、中に入るまでに二十分、そこから空いている自由席を確保するまでに二本を見送り、俺と青葉はどうにか、のぞみ号新大阪行きの自由席に乗りこんでいた。


列車は、さっき発車したばかりである。

一応、指定席をとっていた時間とは後ろにずらしたから、明日香とバッティングすることはなかった。


家を出てから、ここまでなんとおよそ二時間だ。

まぁその主な理由は、別にあるのだが。


俺は二人席の足元に大量に並べられた、お土産袋に目を落とす。


「……こんなに買う必要あったか?」


それから窓際側の席に座る青葉へと疑問をぶつけた。

買っている最中から思っていたことだ。


「だってさぁ、結構友達に会う予定入ってるんだよ? なにも持って行かないわけいかないでしょ」


お土産の購入に迷い、人気店の長蛇の列に並び、そんなことをしていたら、この時間になっていた。


俺が買ったのは、迷った結果、どうせ外さないからという理由で「ひよこ」を一箱なのに対して、青葉は流行りらしいイチゴのタルティン、レモンのミニタルトなど、合計五箱ほど。


色々な店で購入したから、袋も三つに分かれている。


「あ、別に啓人くんに友達がいないって言ってるわけじゃないよ?」

「じゃあ、わざわざ付け足すなよ。というか、俺も一応、高校の友達に会う予定はあるよ。同窓会というか、クラスの集まりがあるんだ」

「へぇ……。それってさ、あの子も来るの?」


あの子、が誰をさすかぐらいはさすがに分かる。


「いいや、欠席するらしいから行くことにした。鉢合わせてもいいことないからな」

「なるほどね。じゃあ高校の友達にも、中学の友達にも会うんだね」


いや、そんな予定はない。

中学も高校も同じ奴ならいるが、それを中学の友達とは言わないだろう。


そう答えようと思っていたら、青葉は自分自信を指さしている。


「ひかりは別枠だろうよ」

「まぁね、大学の友達でもあるもんね。私は君以外にも中学の同級生に会うよ。女子会があるんだよねぇ、啓人くんも来ちゃう?」

「クラス会にも呼ばれない人間だぞ。行くわけないだろ」


というか、だ。


「中学の女子で、俺のこと覚えてる奴がいたら珍しいとおもうけど」

「そんなことないと思うよ。私は覚えてたじゃん」


青葉は小首をかしげるが、彼女はその珍しい側の人間だ。

だって、同じクラスに所属してたときすら、「ノジマくん」とか呼ばれたことあるし。

「家電メーカーじゃねえよ」とつっこんだら、普通に謝られて、なんとなく気まずくなったっけ。


俺がそんな苦い青春の記憶を振り返っていると、青葉はそのうちにスマホをポケットから取り出していた。

なにかと思えば、それをインカメにして、こちらへと向ける。


「一応聞いておくけど、どういう理由? インスタ?」

「残念、私そういうのは、見る専門なの。みんなに会ったとき、ちょっと見せたいんだけど、どうかな」

「……それって断ってもいいのか?」


もはや、俺からしたら他人だ。

正直、あまり嬉しい気分になるものではない。


「えっと、じゃあ見せない! 見せないから、撮ってもいい?」

「……そういうことならいいけど。それ、撮る意味なくね?」

「いいじゃん、ほら撮るよー」


半ば強引だったが、別に誰かに見せるわけでもないなら、拒否するほどのことじゃない。

俺は、自分の顔が画面に収まっていなかったから、少し彼女の方に寄る。


すると、どういうわけか、彼女は逆にじりっと少し窓のほうへと身体を逃がす。

おかげでまた俺は、画面からはみ出た。


「……悪い、近かったか?」

「う、ううん。そうじゃなくて、えっと、これは私の事情というか……そう! ちょっと準備したくて!」


青葉はそう言うと、スマホを手鏡代わりにして、髪を整える。

その顔はどういうわけか、りんごのように真っ赤に染まっていた。


どこに恥ずかしい部分があっただろうか。


これまでの彼女の行動を振り返れば、これくらいなんてことはないはずだ。

そんなふうに思っていると、青葉は再びスマホを前へとかざす。


「今度こそ大丈夫だよ! もうちょっと寄って?」


セリフこそ自撮りに慣れているふうのものだったが、身体はそうはいかない。

スマホを握る腕は震えているし、相変わらず顔は赤いし、なんならがちがちに目を閉じていた。


「……いいのかよ、それで」

「いいったらいいの!」


青葉はそれでも撮影を強行する。


が、目を瞑っているせい、シャッターを押すこともままならないときていた。

俺は、もはや大きすぎるスマホ置きと化した青葉に代わり、ボタンを押してシャッターを切る。


撮れた一枚は、いろいろと残念だ。

最高級の美少女である青葉は目を閉じているうえ、小刻みに震えているせいで、ぶれているし、俺はといえば、なんの変哲もない面白みのない顔をしている。


誰が見たって、いまいちな仕上がりだ。


「……撮りなおすか?」


もっとも青葉がこの状態では撮りなおしたとしても、うまくいくきはしないが、俺は一応こう提案してみる。


「う、うん!」


そこからは、本当に何枚も写真を撮った。

シャッター音のしないアプリを使って撮影をしていたから、周りに迷惑はかけていなかったはずだが、若干視線を集めていたくらいだ。


撮影が終わったのは、列車が新横浜を通り過ぎ、静岡県内へと入ってからだ。

しかも結局、撮れ高は芳しくなかった。


疲労感、いや徒労感から俺は持参していたチョコレート菓子へと手を伸ばして頬張る。


「わ、すごくいいのが撮れた!」


そんななにげない行動を、カメラに収められていた。


画面を見せてもらえば、ちょうどチョコレートのかけらを口に入れたシーンだった。

撮られているとも思っていないからか間抜けな顔をして、撮影者である青葉のほうを見ている。


個人的には、とくにいい出来とは思えないが……


「ふふふ、最初からこうしてればよかったんだ~」


なんて、青葉は勝手に満足していた。


「面白いかよ、それ」

「面白くはないよ、でも啓人くんっぽくていい感じなの。あ、メッセージのトプ画にしちゃお~」


彼女はさっそく、設定をはじめようとする。

やっぱりなにが面白いかは分からないが、それでも、ほんのりほほ笑んでいる今の彼女の顔は、さっきまでの無理に作っていた顔より魅力的だ。


そう思ったら、ほとんど無意識的にポケットの中に入れていたスマホを取り出していた。

勝手に撮られたわけだから、やり返したっていいはずだ。


俺はカメラを起動して、シャッターを切る。

撮れた写真を見てみれば、


「いや、結局そうなるのかよ……」


結局、思いっきり目を瞑った青葉がそこには写っていた。


「だってぇ。撮ってるの、バレバレだったんだもん。もうちょっと、こっそり撮ってよ~」

「……善処する」

「って、もう意識しちゃってるけどね」

「じゃあ雑談でもするか……?」

「うん! じゃあ、まず私が昨日見た夢の話しから聞いてほしいかも」


なんてことない、いつもの会話が弾みだす。


――こうしている間にも、新幹線は走る。

まぁ、それでも、掛川。静岡は全然抜けてくれないのだけれど。


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